作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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「殺したのがお前だとわかったときは、本当に嬉しかったよ」
「ロブ…さん?」
ロブはベッドからゆっくりとおりると、まだ直りきらない体に無理をさせてまっすぐ立った。
「俺が本当にお前に興味を持って近付いたと思っていたのか?」
物凄い形相で睨みつけてくる。
タンラートは思わず息を呑んで二歩後退する。それを追うようにロブがゆっくりとタンラートに向かって歩き出した。
そして次の瞬間、タンラートは今までの人生の中で、最も衝撃の言葉をきくことになる。
すべてを裏切られるような、絶望に染まった漆黒の言葉。
枯れ果てた涙を、再び呼び起こすには十分すぎる残酷な言葉。
もしこの場にいなければ、こんな質問を投げかけなければ、これほどの悲しみを知ることはなかったかもしれないと、タンラートは激しい後悔に苛まれた。
「俺はなタンラート、お前を殺したいほど憎んでるんだよ」
逃がさないとでも言うように、タンラートの頬に手を当てる。
ひんやり冷たい手に触れられ、額から一筋の汗を流した。まるで呪縛霊にでも取り付かれたように体が動かない。
「お前が殺した最後のウルボス、タスカ=ジジャンは俺の兄だ」
長い休暇をとった。
毎日の仕事にいい加減疲れた。
ここらで休暇をとって心を休ませようと思っていた。
知らない土地へ足を向け全てから自分を開放した。それはとても気持ちがいいものだった。
久しぶりに会いに行こうか…
そう思ったのは本当に気まぐれな発想だった。しかし今思えば、それは憎しみの連鎖を生む一つのプロセスだったのかもしれない。
もしここで会いにいかなければ、もう二度と会いにいこうなんて思わなければ、誰も傷つかず、憎まずにすんだかもしれない。
俺は片手に土産を抱えて何年かぶりに、たった一人の肉親に会いに行った。
何を話そうか。
勝手に出て行ったことを謝ろうか。まずは現状を報告するべきか。俺の頭の中で言葉には表せない喜びが沸き上がった。
しかし、
俺が見たのは、何もない荒れ地だけだった。
あるべき場所に家がない。
あるべき場所にドアがない。
いるべき場所に彼がいない。
何が起こったかわからなかった。
場所を間違えたのかと辺りを挙動不振に見回す。意味もなく腕時計を何度も見て、地面の土を掘った。
らちがあかないと、急いで本部に帰ろうとした。するとちょうど同じく帰ろうとしているニヒダの部隊を見つけた。
俺がその中の一人を捕まえて問い質すと、俺の顔が恐かったのか、聞かれた兵隊は恐怖を瞳ちらつかせながらひきつったように話しだした。
俺は気を失うかと思った。
いっそのことそうなることを望んだ。
話は簡潔だった。
俺が頑なに護ってきたウルボス駆除の禁止を、俺のいない間に反撃を恐れた上層部の人間たちが、勝手に部隊を送り込んだのだ。
生き残ったウルボスはわずか一人。たった一人に対してこの怯えようは大袈裟かもしれない。
しかしウルボスはルッカレイヤターカの直系の種族だ。戦闘力一つにおいても他とは桁が違う。
かつてルッカレイヤターカから離脱した直後、家族を殺された四人の男たちが、剣一本で部隊の本拠地へ攻め込み、部隊共々国を壊滅に追いやったという伝記もある。
その最強の力を持った者達が集まって出来たウルボスは、たった一人の生き残りといっても容赦はできないのだ。
しかし元々は平和を望む穏やかな民だ。力を持つのも自分たちの暮らしを守る為だけだ。戦う気など彼らにはなかった。
それはルッカレイヤターカの時も、ウルボスにかわってもだ。
俺は絶望を怒りに無理矢理変えた。
そうでもしなければ正気でいられない。人でいられるように精一杯の努力。
「大丈夫ですよ、作戦を行った隊員もちゃんと無事ですし」
俺の許可なく勝手に作戦を実行したことに腹を立てているのだと勘違いした兵隊が、様子を見ながら言った。
「生きてる?」
「はい」
「そうか…」
「あの、どうされました?」
「そうか、生きているのか」
「は…」
「案内しろ」
それは絶望の中に見出だした、ちっぽけな希望だった。
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