作品名:吉野彷徨(U)若き妃の章
作者:ゲン ヒデ
← 前の回  次の回 → ■ 目次
 天智五年(六六六)は、近江の新宮造営で、官人らは、忙しかった。その年末、大海人邸では、太田姫の病状が悪化して、讃良らは看病に励んだが、翌、天智六年二月初め、太田は亡くなる。
 臨終のとき、王家の者、全員が集まっていた。太田の枕辺で、号泣し疲れた天智は、母の死を知らず、自分の子・川島皇子にあやされて笑う三歳の大津を見て、
(母の死も知らず、哀れな。……そうだ、色夫古(いろしこのいらつめ・大江皇女、川島皇子、泉皇女の三人の母)に、大伯と大津を育ててもらおう。川島と泉が一緒なら寂しくはなかろう)
 
 この父の指図に、二人を引き受けるつもりだった讃良はあえて逆らわなかったが、何故か不安を覚えた。
 遷都が迫っているのか、急ぐように、その月の内に、太田は間人とともに、斉明陵のそばに合陵された。
 
 そして、三月には、遷都の長い行列が、近江を目指した。山辺の道の東に見えるなだらかな円錐の三輪山は、飛鳥への入り口の象徴である。その日は曇り空であった。
 行列が過ぎるとき、額田王の朗々とした和歌が聞こえる、

    「♪うま酒 三輪の山 あをによし 奈良の山の 
     山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) 
    い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを 
    しばしばも 見放(さ)けむ山を 心なく 雲の
    隠さふべしや♪」
(三輪の山は、いつまでも眺めていたい。奈良坂の、山の間に隠れるまでも、道の曲り目が幾重にも重なるまでも、この三輪の山はつくづくとよく見ながら行きたいのに。何度も眺めやりたい山なのに、無情にも、雲が隠すなんて、そんなことがあってよいものかしら)
 次ぎに反歌は
  「♪三輪山を しかも隠すか  雲だにも心あらなも 隠さふべしや♪」
 (三輪山を、まあそんなふうに隠すもの? せめて雲だけでも情けがあってほしいわ。隠すなんてことがあっていいものかしら)           *注4
 
 長年住んだ故郷を離れる悲しさを、この歌でさらに深められ、讃良は涙を流した。抱える草壁・5歳は、馬に揺れ喜んでいる。
 
 数泊後、背後に青い琵琶湖が広がり、いぶし銀の屋根と朱色の建物群の大津の宮が現れたとき、女たちは息を飲んだ。まるで、夢の竜宮城が出現したかのようであった。讃良は、何故か、消え去る幻の世界のように、ふと感じた。
 
 百済の敗戦の危機感から、朝廷は、諸国の豪族への支配力を強め、中央集権化を進めていった。
 そして、この大津の宮での、讃良は、草壁を育てる平穏な暮らしであった。
 
  *注4(原文、訳、共に『平成万葉・千人一首』さまのサイトからの引用)
 
← 前の回  次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ