作品名:雪尋の短編小説
作者:雪尋
← 前の回  次の回 → ■ 目次

「春の兵器とテロリズム」


「お前を親友と見込んで頼みがある」
 吉田はまるで殺人鬼みたいな真っ赤な目と面構えでそう言った。嫌な予感しかしない。だけど僕はいちおう彼の親友らしいので「頼みって?」と聞き返した。
「手伝ってほしいことがあるんだ。裏山を燃やす。詳しく言えば、全焼させる」
「ちょっと待て。全然詳しく言ってない。裏山を全焼させるだと? なんだそのテロリズム」
「違う! これはテロなんかじゃない! 正当防衛だ! ぶぇっくし!」(くしゃみ)

 吉田は鬼気迫る表情で「裏山はスギ花粉という名の生物兵器生産工場だ!」と叫んだ。その瞬間、彼の鼻から一筋の液体がスーっと流れ出る。……ああ、なるほど。花粉症のせいで脳みそをやられてしまったのか。かわいそうなヤツだ。
 僕は丁重に「悪いな親友。裏山は子供の頃からの思い出で溢れているから燃やしたくないよ」と告げて席を立った。後ろから「俺だってあの山には愛着があるよ……」という悲しげな呟きが聞こえてきた。

 数日後。裏山の五分の一が燃えた、というニュースが新聞に載っていた。

 僕はすぐさま吉田に電話して、呆れと怒りブチまけた。

「何考えてんだよ! 誰か死んだらどうする! 放火の罪の重さを知らないのか!」
「…………知ってるし、分かってる。配慮もしてる。だが俺は被害者なんだ」

 僕の中から怒りが消えて、呆れだけが残った。被害者だって? おいおい。花粉はお前を苦しめるために存在するんじゃなく、彼らの繁栄の為に行われてる生産活動だぞ。

「人は生きるだけで罪を背負う、という言葉がある。花粉だってそうだ。罪深いんだ」
「お前ほどじゃねーよテロリスト。いいか、もう馬鹿なことは考えるな。僕も黙っておくから」

 ――――――――数日後、また裏山が燃えた。これで山は半分黒く染まった。
 ――――――――――――そして見事、吉田は逮捕された。警察は優秀だ。

 僕は後悔した。あの時、警察に速攻で通報していたら彼の罪は加算されず、また山も燃えなかっただろう。報道によると容疑者の吉田は「復讐は我にあり」などと意味不明の供述をしており、警察では被害者の心神喪失を疑っている、とのことだ。南無。

 言いようのない後悔と、罪悪感。僕は親友として彼を止めるべきだったのだ。だが現実と結果は変わらない。山は半分燃えた。たくさんの木が燃えて、動物や虫が死んでしまった。
 僕はせめてもの罪滅ぼしと、植林のボランティアを始めた。町にはたくさんの有志がいて、つか必ず山は再生するだろうと、皆が信じた。吉田よ、僕の親友よ。いつかお前に教えてやろう。世の中には花粉が存在しない地域というものがあるから、そこに引っ越せって。
 僕は杉の苗を植えながら山が再生する日を、吉田が出所する日を想像した。
 あ、鼻がかゆい。
「へっくしょん! ぶぇっくしょい! ……ぶぇっくし! うぃっきし! はぁはぁ、ズーっ」

 …………いやいや、まさかね。風邪でも引いたかな。

「ぶぇっくし! へっ、くしゅん! やべ、鼻水がすごっくし! 目ぇかゆっ!」

 僕は思わず杉の苗を握りつぶした。そして連鎖的にキャンプファイアーの作り方を思い出す。


 ――――――――吉田。僕の親友。類は友を呼ぶって言葉知ってるか。
 僕の顔を見たボランティアの方が「殺人鬼みたいな顔してるよ」と言ってきた。
 


← 前の回  次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ