作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
← 前の回 次の回 → ■ 目次
静寂に包まれたプールの更衣室。
外では小雨が続いている。――止めば、きっと虹が出るだろう。
部屋の中に、護符によって捕縛された涼子と、彼女を見つめる舞の姿があった。
視線を合わさない二人は、ともに憔悴しきった表情を浮かべている。
ふて腐れたかのような涼子に舞はチラチラと視線を向けながらも、話しかけるタイミングを完全に失っていた。
そんな時間がしばらく続いて、先に口を開いたのは涼子の方からだった。
「‥‥ねぇ、どうするの」
涼子は舞には一切目をくれず、締め切られた小さな小窓の向こうに視線を固定させたまま。
「涼子、アタシは――」
と、口籠もる舞に業を煮やしたのか、涼子が始めて彼女を見る――いや、睨み付ける。
「さぁ、好きにすればいいじゃない! 舞は封鬼委員会でしょう!」
「って言ったって――」
「分かってるの! 私は舞、あなたの――」
「分かってるヨ!」
舞は大きく頭を振って言う。「分かってるって――」
そんな事くらい‥‥と言う最後は尻すぼみ。
「なら早く!」
ドン! と、涼子は床を踏みつけた。
――どうしろと言うのか。
舞は悲しみと苦渋の表情で涼子を見る。「涼子‥‥」
また沈黙が訪れ、その場を雨音が支配する――。
「涼子」
だが、今度は舞が続ける。「‥‥封鬼委員会はあなたに対して何もしないわ」
「エッ!?」
涼子はその言葉に驚く。「な、何を言って――」
「黙って聞いて」
舞は涼子の方に向き直ると言う。そして彼女を見据える。――舞の顔には漸くついた、ある種の決意が見て取れた。「もう二度とこんな事はしないで‥‥!」
「‥‥馬鹿じゃないの」
と、涼子は吐き捨てるように言う。しかし、そんな言葉を無視して舞は続ける。「それを約束してくれるなら、アタシはあなたの事を許す」
「‥‥」
「涼子!」
と言う問い掛けに、彼女は鼻で笑って顔を上げた。
「いいの、舞? 私は人間じゃないのよ」
放っておくとまた何をするか分からないわよ・・・・! と、涼子は自嘲する。
しかし、そんな言葉に対しても、舞は真摯な表情を浮かべて首を小さく左右に振る。
「アタシも人間じゃないよ。――でもみんなと同じだヨ」
「‥‥!」
涼子は面白くもないといった顔で舞を一瞥する。
「――ね、涼子」
舞は繰り返す。「約束して」
← 前の回 次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ