作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
← 前の回  次の回 → ■ 目次
 その頃、但馬屋では、刃物を持った清十郎が、九左衛門を差す事件を起こすのだが、
 江戸時代、後の姫路藩の故老聞き取り集の中に、事件当日が、生々しく書かれている。
 
「米問屋但馬屋へ、以前、手代をしていた清十郎が刃物をもって斬り込み、驚いた主人の九左衛門は表に逃げたが、向かいの店の麦を干してある筵(むしろ)につまずき倒れる。(このことから、向かいの店は雑穀問屋ではないか?と、ある本に書かれていた)と、後を追ってきた清十郎が、背後から肩めがけて刀(小刀か?)を振り下ろして深い傷を負わせて、逃げた。逃げた清十郎を一時かくまった野里久昌庵は閉門の罰を受けた。……」である。が、肝心の原因が記されていないのである。
 
 逃げて、野里の住職を頼った、清十郎は、間もなく捕まり、町奉行邸で、取り調べを受ける。清十郎が、奉行にすなおに自供しているのを、襖の陰で聞いていた、村上弥右衛門は、ため息をした。
                 
 それからまもなく、村上弥右衛門は夕刻、一人お忍びで、但馬屋を訪れた。
 伏している九右衛門に、若殿の側近の早合点から、お夏の側室話が起こったことを、謝り、
「わしに、すぐさま、側室話の相談に来ていてくれたら、こんな事には、ならなんだのに」
「徒目付さまが口外するなと、言われましたので」
 弥右衛門は、ため息をついた。

「まことにすまぬが、ご当家(藩)の醜態は黙っててもらえぬか。世間に知られると、側近の切腹だけではすまぬ。大殿は、我が身にも厳しい。若殿の廃嫡問題が、また蒸し返されると、ご当家は立ちゆかぬようになる」
「わかりました。清十郎を嫌って、わたくしが、解雇したことで、押し通します。悪いのはわたしめ、にしておきます」
「ありがたい……」

← 前の回  次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ