作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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”あなたは生き延びなければいけないのです”
母さん
”生きて歴史を作るのです。そのために生まれたのですから”
母さん
”あなたは生きるのです。そのためには強くならなければいけない”
僕は?
”あなたは剣です。先駆者となり皆の盾となる。だからあなたは強くならなければいけません”
僕の心は?
”強くなって。決して死んではいけません。あなたはただ一族のために命を繋げばいいのです”
僕の心はどうでもいいの?
”生きるのです”
母さん
”簡単なことでしょう?”
僕は僕のために生きてはいけないの?
小さい頃は、大きなプレッシャーでよく加呼吸を起こしていた。
母は厳しい人で、そんな俺に優しい言葉をかけてくれたことは一度もなかった。増していく呼吸に朦朧としていく中、上から冷ややかな視線で見下ろして、意識を失うまで医者さえ呼ぼうとしない。
ただ無関心に僕を見つめ説法の如く呟きながら、俺に大きな剣を向けた。
そしてまた剣をぬけという。
母は死んだ。
隣のおばさんも。
向かえの女の子も。
飼っていた馬も。
投げ込まれた沢山の爆薬の餌食となって、全部が一気に吹っ飛んでしまった。
俺はどうすればいいかわからなかった。
言われるままに生きて来たのに。
一人になって始めてその有り難さに気がついた。自分で道を切り開くことの難しさを知った。
ウルボスという種族がいた。
昔、ルッカレイヤターカという国が滅び、そこからから逃げてきた一部の戦士たちが集まりできた種族だ。人の数は少なくとも武術に長け、戦士たちはわずかな集落を築き静かに暮らしてきた。
ウルボスは強かった。彼らに敵う国はないとまで言われていた。だが彼らは決して様々な力を欲していたわけではない。ただ、仲間を守る力を欲し、強さをもとめていただけだったのだ。
しかし種族は長くは続かなかった。
協定を結んだ他の国々が押し寄せ、宣誓布告もなしにいきなり奇襲攻撃を仕掛けてきたのだ。
たくさんの爆弾が雨のように空から降ってくる。それに気づいた頃にはもう何もかもが手遅れだった。きっと誰もが、死ぬとも思えないままに命をおとしていったのだろう。
たまたま集落を離れていたロブ=カバーは、凄まじい爆音と遠目にもはっきりと見える燃え立つ炎を見つけると一目散に走った。
息もきれぎれに目の前に映った光景に、ロブは脱力して地面に座り込み手をついた。
家々は燃え、地面は爆撃のあとで黒く染まっていた。まるで墨でも撒いたように辺りは黒く、汚い煙が空気を濁らせている。倒れた人がここから何人も見え、急に嘔吐感が込み上げ、それを我慢すると代わりに涙が湧き出てきた。
やがて焼け野原で途方に暮れるロブの元に、血相を変えて走り寄ってくる人がいた。
久しぶりに生きた人間に、ロブは言葉も発せず死んだ瞳で見つめることしかできない。
彼はロブを抱き上げると辺りを見回す。
「怪我は?何があった?他に、他に生きている人はいないのか?」
生存者。
小さなロブはその言葉を停止中の脳で懸命に理解しようとした。そして少し前の自分を思い返す。
絶望にうちひしがれながらも、彼が来るまでにロブは何度も村中を回って生き残りを探してみた。しかし一人として生存者はいない。ばらばらに砕けたものや火傷で爛れ性別すらわからない遺体の山ならそこいらにある。遺体を見つけるたびに吐いて、もう胃液も底をついた。
そのことを思い出すとまた嘔吐感がかえってきた。それを振り払うように俯いて首を振ると、彼は小さく悪態をついてここから離れた。
「じきに兵隊が送り込まれる。あそこにはもう帰らない方がいい」
そういうと彼はロブの震える体をしっかりと抱きかかえ、とおったことのない道を行きとおったことのない森を抜け見知らぬ岩場を歩いた。
着いたところは岩肌を削って作った家。よく探さないとわからない。中に入ると真っ暗で、電気をつけなければ何も見えなかった。そして少し埃っぽかった。
彼は俺をベッドに座らせると、体中の傷や火傷の手当を始めた。
「大丈夫、僕もウルボス族だから」
俺の不安を察知したのか、優しく見上げてそう言った。瞳の色が、よく似ていると思った。
「どうしてみんな死んだの?」
気が付くと俺は泣いていた。先ほども散々泣いていたのだが、気づく余地もなかった。当然といえば当然だ。家族のみならずウルボス全ての人間が一瞬に死んでしまったのだから。
ただ一人、川辺で遊んでいた自分を除いて。
けたたましい轟音に導かれ着いた村に、ただ一人だ。
「…いつかはこうなるはずだったんだ。それが、君が大きくなるより早く起こってしまった。一人でも、それも君が生きていたことが奇跡だ、ロブ君」
「どうして名前を知っているの?」
「それは君がロブ=カバーだからだよ。一目でわかった。ウルボスで君を知らない者はいない。ルッカレイヤターカの剣の直系だからね。わかるかい?」
俺は首を左右に振った。わからないと否定のジェスチャー。
「ああ、そうだね。わからなくていい。ただこれだけは覚えておいて」
涙の流れる俺の瞳をしっかり見つめながら、真面目な声で言った。
「決して、仇をとろうとなんてしてはいけない」
彼は真剣だった。
「憎みたい気持ちはわかる。その方がとても楽だから。でもいいかい?君は生き残った一人だ。それを忘れてはいけない。ウルボスの、いいや、ルッカレイヤターカの誇りにかけて、君は生きることだけ考えるんだ」
「…」
「自分のために生きるんだ。先に行った人の気持ちを考えるのは、自分を精一杯生きて、心に余裕を作ってから」
でなければ憎しみはすぐに幼い心を食いつぶす。
「約束だよ」
「…うん」
俺が頷くのを見ると、彼は今でも張り付いてとれない笑顔で、小指だけ立てた指を俺の顔の前に持ってきた。
俺は彼に習って立てた小指を同じ高さまで持っていくと、当たり前のように指切りげんまんをした。
ごめんなさい兄さん。
約束、守れなかった。
だって俺はいい子じゃない。
闇になんてすぐに捕まるさ
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