作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
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「っ!?」
涼子が素早く立ち上がり、声のする方、その生徒を凝視する。
「舞を放せ――っ!!」
それは真人だった。怒鳴りながら、物凄い勢いでプールサイドへと彼は躍り出てくる。
‥‥来たわね、封鬼委員!
涼子は舞を一瞥すると真人に向かって水面を蹴る。
真人は向かってくる涼子を見据えながらも、その背後にいる舞、そして彼女が捕らわれている結界陣のフォーマットに目を懲らす。
まこ、と‥‥、来‥‥ちゃ、ダ‥‥メ‥‥!!
もうほとんど舞の体はプールの水に飲み込まれていた。その沈み具合と比例して、彼女の力はどんどん失われていく。
「ゴルニチア式の封魔相克円陣か!」
真人は結界陣の術式を瞬時にして見抜く――。時間も無くなっていた。
「!!」
それに水魔のアレンジを加えたオリジナル――!
その言葉に目を見開く涼子。「何をっ――」
「我が護身刀『蒼神丸』よ! この水を覆う邪気を打ち払えっ!」
そう声を振り立てるなり、真人は持っていた短刀をプールの水面に勢いよく突き立てる。「神気勅令! 悪鬼無源!」
そのまま空いている左手で打ち付けるように水面に小さく素早く呪文を書き記す。
――次の瞬間、突き立てた短刀から迸る神霊気が、プールに張り巡らされ舞を捕縛していた結界陣を真っ二つに貫いた。
「なっ‥‥!」
コイツ、何て事を!!
足下で崩れ去った魔法陣を目にした涼子が怒りの形相で真人に襲いかかる。
許さない‥‥ッ!!
涼子が真人に向かって手を振り上げる。同時にその先の水面から水の刃が飛び出し、真人に襲いかかる。
「邪魔をするなぁっ!」
と、その烈水刃での攻撃を怒りにまかせて涼子は繰り返す。
「守護符散開――ッ!」
バァ――ンと水が弾ける大きな音がして、真人の作った守護結界壁に炸裂した烈水刃が プールサイドに激しい水飛沫となって飛散する。
「うわあぁっ!!」
流石にその衝撃は内側にも及んだらしい。後方へ跳ね飛んだ真人が勢いよくプールのフェンスにぶつかる。「がふっ‥‥!」
ガシャンと大きな音を立ててフェンスに激突した真人は、そのままその場に崩れ落ちた。
「真人っ!」
「っ!?」
更なる侵入者に、涼子が矢のような視線を向ける。「次々と‥‥!」
――彼らには要注意するように言われていた事を嫌でも思い出す。
鬱陶しい!!
遅れながらも駆け込んできた大地は、涼子の怒り狂った視線を無視して真人の体を支え起こす。
「大丈夫か真人!」
「先輩、遅いですよ‥‥」
支えられ、痛み堪えながらも何とか立ち上がる真人。
「何言ってるんだ、お前もの凄いダッシュだったじゃないか‥‥!」
「そ、そうですか? あ痛たた‥‥!」
「よし、まだ行けるな? 真人」
大地はそう言いながら涼子に向き直る。
「さぁ、僕が相手だ」
「――封鬼委員! 私の邪魔をするなっ!」
と、プールの水を自在に操り槍状にした水塊――烈水刃を放つ涼子。
「くっ!」
大地はその攻撃を必死で避ける。自分が相手だ、とは言っても彼にはプールの水面にいる涼子を攻撃する術はないのだ。一体どうするつもりなのか、彼は時折烈水刃を掌打で打ち払いながらの防戦一方。
水の槍が所々に刺さり、プールを囲むフェンスが段々と歪になってくる。
「あははっ! どうした! 反撃してこないのッ‥‥!」
「――うるさい! ちょっと待ってろ!」
大地は攻撃の合間を縫って水際へ駆け寄り、
「ハァッ!」
と、プールの水面に取り出した護符を気合いと共に打ち付ける。
「なっ!?」
斬魔の衝撃波が一直線に涼子を襲う。「きゃぁっ‥‥!」
悲鳴と水飛沫。――打ち付けた護符は亜由美から貰った妖斬符。先程真人が使った守護符も彼女が手渡した物である。
――どうだっ!?
大地はいつもとは違う中距離戦に今一つ手応えを感じられない。とは言え、この状況で彼は自分が為すべき事を行っている。
そして、涼子に気付かれないように自分の腕時計を盗み見る大地――。
「駄目かっ!」
大地がそう口走ったのと同時に、ザンッと水面が大きく突出する。
「やってくれたわね!」
でも――私には効かないっ! と、涼子は高らかに宣言する。妖斬符を使った衝撃波とは言え、水系の攻撃は彼女には通じないのだ。
しかし。
「うっ!!」
突然、その涼子の顔色が変わる。「な、に‥‥っ!」
眉根を寄せ苦しそうな表情。動きが鈍り、今までの余裕は消え去って、一体何が起きたのかと、彼女はプール全体を見回す――。
間に合ったか! ――いや、間に合えよ真人っ!
大地は涼子の背後、丁度自分とは間反対のプールサイドへ目を遣る。
「‥‥ま、まさかぁ‥‥!」
彼女を支えていた水面がその張力を失い、彼女の身も水中に沈みかけている。「封、魔‥‥結界‥‥ッ!!」
大きく目を見開き、苦悶の表情で涼子は言う。
「そうさっ」
亜由美くん特製の超強力な奴だよ! と、大地は応える。此方は先程までとは打って変わって余裕が見られる表情。「効くだろっ! 時間かけたからな‥‥!」
だが、この戦法は諸刃の剣。人間以外の妖魔全てに等しく負荷が掛かる。
つまり、結界の効力は舞にも――。
大地の視線の先で、プールに密かに入った真人が、一本の朱塗りの刀剣をプールの底から拾い上げるのが見えた。
早く上がれ、真人‥‥!
大地は内心冷や冷やしながら涼子と対峙していたのである。
「くうっ‥‥、こんな事でぇ‥‥」
戦意を喪失していない涼子はその身に掛かる結界の付加に苦悶の表情で耐えながら大地を睨み付ける。
――トプン。
背後の水音に、ハッと振り向く涼子。「――!」
「っ!」
鬼のような形相の彼女と剣を抱えた真人が目を合わす。
ヤバイ――。
何となく中途半端な笑みを浮かべる真人に、涼子がその鋭い爪を振り下ろすのに時間は掛からなかった。
「真人――っ!!」
大地の疾呼がプールに木霊した次の瞬間、
「あああぁぁぁっ!!!」
ドガシャン!! と、フェンスが派手な音を立てる。
吹き飛ばされた涼子を受け止めたフェンスは、今までとは比べものにならない位に大きくその形を歪ませる。
「‥‥っ!」
真人は今正に目の前で起きた事に絶句してプールに立ちつくす――。
――ま、舞‥‥!
彼の手から離れた剣は、涼子を弾き飛ばした勢いを失って、ヒュンヒュンと回転しながら離れた水面に再び落ちた。
――ドブン。
「真人!! 何ぼけっとしてる――っ!」
倒れた涼子を押さえ込んで、大地が真人に怒鳴る。「早くしろ!」
「――! は、はいっ」
その声に、真人は血相を変えて剣が沈んだ所へ向かった。
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