作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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その頃、お城・三の丸高台の城主の御殿の一室では、村上弥右衛門が、若殿の側近を叱りつけていた。
「愚か者めが!若殿が、外で見初めた町娘を側室に、との、うわさだけでも、大殿(城主・榊原忠次)の耳に聞こえたら、どうなるか分かっておろう。若殿・九歳のときの、お怒りを忘れたか」
父・忠次に、政房が、(家来だけとの儀礼の時は、礼服を着ずに、略服で出られたら)と何気なく言ったが、激怒した父は、(家来にも礼儀をつくさぬ者は、主君にはふさわしくない、お前を廃嫡して、他から養子をもらう)と、蟄居させる騒ぎがあったのである。
「ですから、内々に運ぶよう、徒目付に申し付けましたが」
「黙らっしゃい!若殿は、江戸におられる奥方さまの容態を気遣われての、独り言。それを、ようまあ、町娘への一目惚れなどと……」
不意に、襖が開き、
「弥右衛門、それくらいで許せ。紛らわしい独り言を言った、予が悪かったのじゃ」
「若殿、居られましたか」
「お前の大声は良く聞こえる…… 、弥右衛門……やはり富幾(ふき・妻) の病は重くなっている。手紙では、会いたい、会いたい、と書かれている。至急、江戸に戻る」
「ご公儀のお許しが出るまで、お待ちください。いま、しばらくのご辛抱を」
「待っては、おれぬ!」
「なりませぬ、ご公儀のご法度は、守らなければなりませぬ。禁を犯し、仮にご公儀がお許しになっても、大殿がお許しになりますまい」
政房は、嗚咽した。
「父上は、いつも小言を言われる。予を嫌っておられるのじゃ。予は廃嫡になってもよい」
「左様なことはありませぬ。奥方さまの曾祖父・池田輝正(いけだてるまさ)公が、何のため、この、途方もない難攻不落の城塞を建てられましたか。すべて、西国の外様に、反乱を起こす気を失わせるため、すなわち、天下太平を守るためではありませんか。城主は、生半可の方では勤まりませぬ。だから、期待する若殿を、大殿は鍛えるため、厳しくなさるのです」
言い終えた、弥右衛門は、泣いている若殿を、おいたわしやと、見ていた。
屋敷に戻る前に、但馬屋に知らせに行き、お夏と清十郎の婚儀を再開させようか、と
ふと思ったが……
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