作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
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 ――。
 ――小雨降るプール。
 静かな雨音だけが辺りを支配している。止めど無く流れる雨水はプールの中へと飲み込まれていく。
 ――そのプールでは異変が起きていた。
 不可解な力によって、水面がまるで山のように盛り上がり始めている――。
 「・・・・ん・・・・」
 小さく呻いて、ゆっくりと目を開ける。
 「気が付いたようね、舞」
 と、よく知っている声音。その声の主の姿に、舞は目を見開いた。更に周囲の状況が彼女に追い討ちを掛ける。
 緩やかに上昇する水面の頂に、小さな儀式の魔法陣が作られていた。そこにできた水のテーブルに、舞は呪縛されているのだ。
 「涼子・・・・!」
 舞は目前の人物の名を呼ぶ。「な、何を――!?」
 未だ事態が飲み込めない彼女はそう言って学友の顔を凝視するしかない。学友とはいえ体育の時にしか合わない涼子と、何がどうなって今の状況にあるのか、直ぐには理解出来ないのも当然の事だろう。ましてや今の舞はその身を水の呪縛台に縛られている。
 舞は目前の人物の名を呼ぶ。「な、何を――!?」 
 未だ事態が飲み込めない彼女はそう言って学友の顔を凝視するしかない。学友とは言え体育の時にしか合わない涼子と、何がどうなって今の状況にあるのか、直ぐには理解出来ないのも当然の事だろう。ましてや今の舞はその身を水の呪縛台に縛られている。
 「何をって――、まぁ、見ての通りだけれど」
 速水 涼子はせせら笑った。身体を水の中へ取り込まれ、身動きできない舞とは対象に、涼子は水の上に立っている。
 「うふふ・・・・。その顔、何とも言えないわね」
 涼子は舞を見下ろす。
 「まさか――」
 だが、舞は『その言葉』を飲み込んだ。涼子の顔の表面にはある物がじわりと浮き出ようとしていた。
 「そうよ。私は人間じゃない」
 明らかに涼子は舞の反応を楽しんでいる。
 「嘘――」
 「あなたに嘘吐いても仕方ないでしょう。それにあなただって人の事言えた身分?」
 「・・・・!」
 困惑する舞の目の前で、涼子の顔色が人のそれから淡い翠へと変わる。そしてその肌に先程よりはっきりと浮き上がるざらついた鱗模様・・・・。
 微かに生臭い匂いが辺りに漂う頃には服装こそ替わらないが、彼女はもう人間の出で立ちではなかった。
 「りょ、涼子が犯人なの――!?」
 必然的に導かれる答えに、舞は声を荒げて糾問する。だが、起き上がりたくても体は水の呪縛に拘束されたまま。
 「そうよ、舞。沢村先生も川口先生もみんな私の言いなりなのよ‥‥!」
 「っ! ――沢村先生まで!?」
 「知らなかったの」
 と、涼子は嘲笑う。それは今まで舞の見たことのない彼女の表情。「――あの人、レズなのよ。私にぞっこんなんだから‥‥!」
 さも可笑しそうに涼子は目を細める。
 アレで人一人殺してるんだから、怖いわよね。
 「――!?」
 その事を舞は未だ知らないが、涼子の言葉は驚愕を持って彼女の胸を打つ。
 「ふふ、私の言う事は何でも聞いてたわね。・・・・まぁ、川口からあなたを助けたのは誤算だったけれど」
 「・・・・」
 もはや戦慄くしかない舞。信じられない言葉が友から発せられ、彼女は目を閉じて挫けそうになる心を何とか保とうとする。
 「私の目的はね、舞。あなただったのよ」
 「え?」
 その優しく口に出された言葉に、ハッと目を開ける舞。友が自分を真っ直ぐに見下ろしている――。
 「私、あなたにとても興味があったの。同じ『仲間』としてね」
 舞を注視する涼子。その紅い瞳に、強張った表情の舞が映る――。
 「さぁ、舞。何も悩む必要はないわ‥‥!」
 え‥‥!?
 「私は力が欲しいだけ。この世界を思うように生き抜くだけの力が欲しい・・・・!」
 何を言っているの、涼子!
 「舞。私にあなたの力を頂戴‥‥!」
 その時、涼子の見開かれた瞳に、舞は狂気の氷を見る。
 「涼子! しっかりして!!」
 「しっかり? 何を言っているの舞。しっかりするのはあなたの方でしょう」
 そう。自分の身を拘束する呪縛がきつくなっている事に舞は気付く。
 「あぐぅ‥‥ッ」
 水掻きのついた手が舞の体の上で複雑な呪紋を空中に描く――。
 「いい場所でしょう。ココは――」
 うっとりとした表情で涼子は言う。「水はあなたの力を封じて、私の力を高めてくれる」
 「りょ、涼子‥‥!」
 「水が弱点だなんて、ホントあの人の言った通りね」
 と、舞の身を拘束する呪縛が一層強くなる。
 ――あ、の‥‥人‥‥!? 誰‥‥!?
 その術に圧迫されて意識が朦朧とする中、涼子の言葉だけが彼女に響く。 
 「水泳の授業をそんな事でズル休みなんて、許せないわね」
 何を‥‥言っているの‥‥、あ‥‥あの人っ、て‥‥涼子‥‥!?
 「――ま、秘められた過去は誰にでもあるわ。ましてや私たちみたいに存在自体を隠された者にはね・・・・!」
 何か、知ってる‥‥の‥‥? わ、私の記憶を‥‥!
 「りょ、う‥‥こ‥‥」
 舞は小さく呻く事すら困難になっている。荒波に掻き消されそうになる意識を奮い立たせて彼女は抗う――。
 「ふふ。今さら何を知ったところで、私に取り込まれるあなたにはもう関係ない」
 涼子はそう言いながら舞の上に魔法陣を重ね描く。「あの人が待ってるわ――」 
 あの‥‥ヒト‥‥? だ、だか‥‥ら‥‥それ‥‥は‥‥!?
 「さぁ! 集めた下霊と一緒に私の糧になって舞!」
 やめ・・・・
 舞は最後の気力を振り絞って呪縛から逃れようと身を捩る。しかし、水の結束は彼女の力をみるみる吸い取り、逆に縛めを強めていく。
 涼子は力なくもがく舞を気にする事なくその横へひざまずいた。水の鎖は決して舞を離す事はない。そしてその手が、舞の頬をそろりと撫でる。伸びた鋭い爪が、彼女の肌に引っかかり――。
 ‥‥て・・・・!
 「もう、逃げられない。悪いけど諦めて」
 舞を中心に、完成した水妖精封縛陣が蒼い光を伴ってパッと水面に広がる。
 「あぐぅううぅ‥‥っ!!」
 体がその中心から水底へ向かって不自然に折れ曲がって――。
 とその時、彼女の名を叫びながらプールに乱入してくる一人の生徒がいた。
 「舞ぃ――!!」

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