作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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数日後、清十郎は、西紺屋町の裏長屋に移った。但馬屋から歩いて、十分も掛からぬ近さである。
(北に城が見える、現在の大手前通り《当時は町屋、武家屋敷が占めていた》の、みずほ銀行や三菱東京UFJ銀行付近の、どこかである)
で、新しい勤め先、東へ二十分くらいの坂田町の仏具屋、加古屋に通った。
その地の東には、各宗派の寺院が南北に並んだ、下寺町がある。
傷心の気持ちを持ったまま、寺町でのご用聞きやら、近辺の寺へ出かけるなどの仕事に精をだした。
この、若者を気に入ったのか、城の北にある野里地域の久昌庵(慶雲寺の末寺)の住職は、なにくれとなく相談に乗った。(室津出身か、清十郎の実家・和泉屋と縁があったか?)
「……で、但馬屋は、詳しい理由を言わなかったのか?」
「はい」
「当人の娘には、父親はどう言い含めたのだね」
「店の者から聞いた話では、わたしが、室津で、遊女と浮き名を流していたのが分かったから、婿にはできぬと、大旦那は大嘘を言われましたが、お嬢様は信ぜず、大変な言い争いになったとか。今では、お嬢様は、旦那様に一事も口を訊かぬそうです」
「はて?……で、但馬屋の身代は大丈夫か」
「ご城下では、三本の指に入る分限者(大金持ち)で、びくともしませんが」
「では、他の大店からの求婚は、断るだろう。ご家中からの、話は」
「ご大身は、武家の間だけの婚姻で、町家から嫁をもらうのは、禁ぜられているはず、まさか側室など……、そういえば、私に暇を言われる前の日に、徒目付のお侍様がこられて、奥座敷へ案内しましたが、あの方には、妻子もおられ、上役・同僚にも独身の方は、
おられませぬし……」
「理由が分からぬ以上、良い助け舟が浮かばぬなあ。…今晩は泊まっていきなさい」
「有り難うございます」
「明日は、どうするのだね」
「帰りぎわに、鍛冶屋町に寄り、吉田町の仏具職人さんから頼まれた、削り小刀を、受け取り、その職人さんの処へ持っていきますが」
「吉田町は、たしか材木町や小木利町の北、ご城下の武家屋敷の中を通り抜けるのが、近道だね」
本当は、北の外堀の周辺を廻るのが近いのだが、住職も清十郎も、通ったことがなかった。
「はい、そうしようと思っています」
そう答えた、清十郎は、村上屋敷の用人の処へ寄ろうかと、ふと思った。
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