作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
← 前の回  次の回 → ■ 目次
 ゼンじいが待ちきれないといった表情で、扉の隙間からランタンを突っ込み、周辺の壁を照らした。
「2250〜90年代の核シェルターだな」
 ゼンじいの声がぼそぼそと響いた。
「広いな!地下都市ほどの規模がある」
 カズマがコンバットロボの上から叫んだ。
「ここはパブリックスペースだ。さらにこの下に居住空間になっているのじゃろう」
 商店がずらりと並んでいる。商店街に品物はない。
 ガラスは割られ、焼かれた後も残っている。
「それにしても荒れているな」
 トモジが、そう言って、落ちていたプラスチックの人形を拾い上げようとすると、人形は手の中でこなごなになった。
「暴動が起きたのじゃろう」
 ゼンじいがつぶやいた。
「それにしては死体がないな。みんな無事にここを出て行ったとは思えないが」
 ケンが不思議そうに言う。
「薄気味悪い遺跡だな、幽霊が出そうだ」
 体が一番でかいくせにヤスは臆病なところがある。
「ゼンじい、金目のものなんか全然ないぜ」
 カズマが不服そうな声で言った。
「そうだな、セラミックの食器ぐらいしかなさそうだね」
 トモジが言う。
「銀の食器ならまだ金になるが・・」
 ケンが不機嫌に言った。
「ある。わしの読みに狂いはない」
 ゼンじいは若い奴らの不満の声を聞くと、自身を持ってきっぱりと、言った。
 その声に励まされるように、トモジとヤス、ケンはランタンを片手にゴーストタウンの物色を始めた。
「なんだろう、赤いのが光ったよ」
10メートルほど離れた商店を探索していたヤスが大声を上げた。
「何言ってやがる。どこだ」
 トモジが駆けつけると、暗闇の中から不気味な唸り声が響いてくる。
 確かに何かがいる。
「カズマ、こっちだ何かいるぞ」
 トモジは危険を感じて、大声を上げた
「わかった、今いく」
 カズマがコンバットロボをトモジの声がするほうに向けた時、二人は悲鳴を上げて逃げてきた。
「やばい、でかい虫が穴の中からこっちを睨んでいる」
「虫じゃと」
 ゼンじいが慌てた。
「きっとこの遺跡のヌシだよ」
 ヤスが泣きそうな声で叫んだ。二人の後ろの暗闇からギシギシと金属音が迫ってくる。
「なんだ」
 カズマは二人を逃がすと、闇に目を凝らした。
 闇の先に数10本の足をガサガサ動かして、体長6メートルほどのムカデが、壁穴から出てくるのが見えた。
「ゼンじい、確かに虫みたいなのがこっちに来る」
 カズマが叫んだ。
「おお、こりゃ珍しい。ムカデ型の治安ロボがでてきたか。こりゃ高く売れるぞ」
 ゼンじいは携帯端末のレンズを暗闇に向けて撮影した。
「ムカデ?」
「大昔の昆虫でな、本物は10センチぐらいじゃったらしい」
「そりゃいいんだが、こいつらのレベルは?」
「急かすな。急いては事をしそんじるじゃ」
 ムカデの映像がモニターに映しだされ、その脇に様々な数字や記号のデーターが表示され、最後に危険度レベル5という文字が浮かんだ。
「レベル5じゃ。ちょっと危ない奴じゃ、とりあえずカズマを残し全員退却しろ」
 ゼンじいが怒鳴った。
 ムカデ型ロボットはコンバットロボの3メートル手前で止まると、頭の先にある触覚を延ばし、なめるように観察を始めた。 
「カズマ、ぬかるな」
「こんなやつ相手じゃ、汗もでねえよ」
 カズマは緊張感が心地よかった。
 カズマには恐怖感はない、緊張が高まれば高まる程、喜びすら感じる。眠っていた体内の細胞が一斉に覚醒するような感覚を覚えながら、カズマは敵を観察した。
「カズマ、たのんだぜ」
「よろしく」
「上で待ってるよ」
 など言い残し、トモジたちが出ていくのを見届けてから、
「さて、いくぜ。ムカデちゃん」
 と、コックピットの操縦桿を右腕で素早く引いた。
 暗闇にトマホークの研ぎ澄まされた刃が弧を描いた。
 ボトッ、ボトリ。
「ギュアーアアアアー」
 悲鳴とも雄叫びともつかない金属音が響く。
 触覚の先端が床に落ち、単体の生き物のように蠢いた。切断口からオイルが体液のように流れ、滴る。
 ムカデ型ロボットは怒りに震えながら体を一瞬縮め、バネのように跳ね上がり、後脚で身体を支え半身を立て、覆い被さるように立ちはだかった。流れ出るオイルをものともせず悪鬼のような顔で牙を剥く。その一連の動きには淀みがなく、まさに昆虫そのものだった。
 ムカデロボは反撃に出た。雄叫びを上げ、体を伸ばし、頭上から勢いよく顎を落下させるように突き出し、コックピットのカズマの頭を喰いちぎろうとした。カズマは素早くムカデロボの背後に回りこむ。
 ガチリ。
 と、空を切ったムカデの顎の音が響いた。
 ムカデはすぐさま身体をひるがえすと、再び頭を向けて牙をむいた。
「もらった」
 カズマはジャンプしながらトマホークを高々と掲げ、落下と共にコンバットロボの全重量を込めて輝く切っ先を顔面に振り下ろした。
 ズン。
 鈍い衝撃が走った。
 切れてはいない。
「カテー頭だな」
 しかし、切っ先が深々とめり込んでいる。かなりのダメージを与えた筈だ。ムカデは目を瞑り、動きを止めた。
「やったか」
 カズマはゆっくりトマホークを抜いた。そのとき再び眼が赤く輝いた。ムカデの頭の凹みは元に戻り、塗料が剥げただけだ。
「この石頭!」
 思わず、カズマは叫んだ。
 ムカデロボが再び後ろ足で立ちあがり半身を立てた。
 シュッ!という風切音が聞こえ、カズマは咄嗟に後方にジャンプした。着地の瞬間コンバットロボは体勢を崩し、後ろに跳ね飛ばされる。
「鞭?か」
 ムカデロボの胸元から伸びた左右二本の鞭がコンバットロボのボディーを叩いたのだ。
後ろに飛ばなければボディーに穴が開いていたかもしれない。
「おもしれー」
 カズマはニヤリと笑った。頭の中が益々冴えていく。
 カズマはコンバットロボの体勢を立て直し、間合いを計る。
 体内から繰り出される鞭は伸縮自在でゴムのようにクネクネと動く。カズマは間合いを確かめるように、じわっ、じわっ、とムカデに迫った。
 ガシッ、ガシッ、ガシッ。
 と、3発の鞭攻撃をまともに受け、コンバットロボは激しく跳ね飛ばされた。
「クソタレが。このSM野郎め」
 カズマに恐怖心はない。冷静である。鞭の動きもはっきり見えている。ただ、激しい連続攻撃を避けながら、ムカデの息の根を止めるには、この機体ではパワー不足だった。
 ガチッ!
 4発目の攻撃をトマホークで打ち払い、体勢をたてなおしたが、突破口が見えない。
「ゼンじい!こいつの弱点はどこだ」
「今、やっちょる。もう少し待て」
 ゼンじいはムカデロボットの情報を携帯端末に打ち込んだ。端末にはこれまでに採集してきた様々なデータが蓄積されている。新しいロボットのデータをざっと入力すれば、ある程度の構造は分かる。
 端末にムカデの3次元図が表示された。
「H社製Y型99シリーズ2280年製造の別バージョン、か」
 モニターに、ムカデロボのエネルギー導管が血管のように透過されて映し出された。体内エネルギーの流れが、背中の装甲の下に収束されているのが見えた。
「カズマ、頭から数えて3つ目の継ぎ目あたりにエネルギー伝導バルブがある。それをぶち壊せ。背中から狙えば叩き壊せる筈じゃ。そこが弱点だ」
 ゼンじいは携帯端末を見ながら怒鳴った。
「サンキュー」
 カズマは隙を見て背後に回ろうとした。しかし、敵の反応は速い。
「くそ、この芋虫野郎。逃げるな」
 ムカデロボは鞭をコンバットロボの腕に絡めてきた。ねっとりとした粘液を排出し鞭が張り付く。
「気持ちわりーな。こいつ」
 カズマはその鞭をトマホークで切り払い、ひるんだ隙に頭越しにジャンプして背後に回りこみ、渾身の力をこめて背中にトマホークを振り下ろした。 
 トマホークはムカデロボの装甲を引き裂き、切っ先はエネルギー伝導バルブを破壊した。割れた装甲からオイルを激しく噴き出し、ムカデロボは、脚を痙攣させ、沈黙した。
「やったぜ!」
「カズマ、喜ぶのは早いぞ」
「じっちゃん、どうした」
「後ろじゃ」
 振り向くと、闇の中に赤く不気味な光が無数に浮かぶ。ライトで照らすと数え切れないほどのムカデロボの、怒りに満ちた形相が並ぶ。
「やばい、囲まれたぜ、治安装置バリバリに動いてるみたいだぞ」
「じゃな・・」
 最前列のムカデが飛んだ。カズマはトマホークで打ち払った。
「カズマ。後ろに三機、前に三機、ムカデが来るぞ」
 ゼンじいが怒鳴った。
「分かってるって」
 ムカデの鞭を紙一重で避けながらカズマは笑う。
「へっへっ、読めたぜ! ヤツの動が」
 強いと言っても所詮、量産型のロボット。攻撃パターンが幾つもある訳ではない。
「さて、こっちからいくぜ」
 カズマはロボットを高々とジャンプさせた。ムカデは一斉に首を上に向ける。カズマは着地と同時に三機のエネルギーバルブを次々に破壊。さらに迫ってきた後ろの三機をかわし、振り向きざまに背中のバルブを破壊した。
 しかし、多勢に無勢だ。最前列にいるムカデロボが一斉に鞭を繰り出した。
「こいつら連携して動いてるぞ」
 20本以上の鞭がコンバットロボットに絡みつき動きを封じた。
「しまった」
 一匹のムカデが牙をむき出して、身動きできないカズマを襲う。カズマは腰ベルトから手榴弾を抜き敵の口に放り込んだ。
 ボムッ。
 と、いう爆発音と同時に、ムカデは顔を吹き飛ばされた。
「こい。手前らに負けてたまるか」
 カズマはコックピットに立ち上がり、拳銃を構えた。が、突然、全てのムカデロボは頭を床に落とし活動を停止した。
「カズマ、治安システムのスイッチを切った、もう襲撃はない」 
 ゼンじいが、壁の通信ジャックに携帯端末を接続して、治安システムを解除したのだ。
「それにしても200年間もコンピュータが生きとったなんて奇跡じゃな」
 ようやくカズマの緊張は解けた。
 端末に遺跡のメインコンピュータからのデータが流れ込んでいる。
「こいつら、治安ロボの癖に暴動を起こしたらしい。シェルターの住民を皆殺しにして地下墓地に葬った、と記録されている。機械に頼りすぎた人間の末路なんてこんなもんさ。さて、みんなが心配している」


 コンバットロボが沈黙したムカデロボを引きずりながら穴を出てくると、心配そうな面持ちで待っていた仲間達が、いっせいに歓声を上げた。
「よーし、発掘作業に入れ」
 穴から出たゼンじいが怒鳴ると、男たちはライトやスコップ、爆薬などそれぞれの道具を持ち、地下に走った。
 連邦軍のパトロールに見つからぬうちに金目のものを掘り出し、さっさとこの場を去りたい。発掘は昼夜兼行で行われたが、発掘は二晩たっても終わらなかった。遺跡は巨大なジオフロントシティーだった。
 3日目の昼さがりようやく全ての発掘が終わろうとしていた。男達が次々と発掘品を運び出す様子をカズマはコンバットロボの上からぼんやり眺めていた。保安システムの電源を落としたのでカズマの出番はない。
「カズマ、この遺跡は思った通り、素晴らしいぞ」
 興奮したゼンじいが、ぼんやりしているカズマに話しかけてきた。
「一般居住区の下がガレージでな、そこで金塊や宝石、それにガソリンエンジンの自動車コレクションがみつかった。しかし、なんといっても一番のご馳走は貯蔵タンクに残ったガソリンだ。5万ガロンはある」
 カズマは思わず口笛を吹いた。枯渇した化石燃料は、金塊より高価だ。
「これからナカガイ(闇商人)のクマを呼ぶ。カズマ、いままで苦労かけたな。まあ、これで、半年どころか三年は遊んで暮らせるぜ」
 と、ゼンじいは上機嫌で笑うと、通信技師を呼び、
「いいか、暗号通信だぞ。短くしろ。軍は24時間監視していると思え」
「了解」
 通信技師は無線機のスイッチを入れた。
 闇商人の到着を待つ間、カズマは、いつものようにトモジとケン、ヤスの4人で砂丘に登り、砂トカゲを探した。砂トカゲは砂漠で捕れるほとんど唯一の動物性蛋白源だ。体長は60センチ程で、鋭いくちばしと赤いトサカを持ち、砂の中の虫を喰って生きている。凶暴な性格をしており、うっかり手を出すと、くちばしで激しい抵抗にあう。
 カズマたちは砂トカゲの巣穴に爆竹を投げ込み、驚いて飛び出してくる砂トカゲを網で救い上げた。一つの穴に3匹から、多いときは10匹も棲んでいることがある。
 派手な爆竹の音を響かせるこの狩りが、カズマは好きだ。4人は楽しみながら、1時間で30匹ほど捕まえた。晩飯のおかずには充分な量だ。
 晩飯調達の仕事を果たした4人は砂丘に寝そべり、発掘作業をぼんやりと見守った。そのうちトモジが、
「カズマ、おまえはずっとここにいるのか」
 と、聞いた。
「ああ、多分な」
 カズマ寝そべったまま、答えた。
「そうだよな、カズマのロボットの操縦は凄いからな。コンバットロボを自分の手足のように動かすなんて。多分、軍にだってカズマほどのパイロットはめったにいないよ。それだけの腕があれば、どこでだって食える」
 トモジは、いつになく饒舌だった。
「トモジ、何か考えることがあるのかい」
 トモジは真面目な顔で言葉を選んだ。
「実はオイラ、村に帰ろうかと思っているのだ」
「どうして」
 隣で聞いていたケンが驚いて叫んだ。ケンはあぐら座に足を組むとトモジを覗き込んだ。ヤスも気になるようで大きな体を起し、トモジを見つめた。
「ケン、オイラたち3人が村を出て何年になる」
「16だったから、もう4年だ。早いな」
 トモジとヤスとケンの3人は同じ村の出身で、ガキのころからつるんでいる仲間だった。16歳の時、ケンとヤスはトモジに引っ張られるように村を出て、一攫千金を夢見てこの発掘屋に入った。リーダー格のトモジが村に帰るというのは、二人にとって大きな問題なのだ。
「少し前から考えていたんだ。俺たちも二十歳だ。そろそろ落ち着いても良いかなと」
 トモジが真面目な顔で言った。
「嫌だよ。帰ったら毎日同じ生活の繰り返しだよ。スクラップ再生工場や砂トカゲの養殖場で働くなんて真っ平だ。今のまま、ここにいるほうが面白い」
 ケンが怒鳴った。
「ケン、村にいる親父とお袋のことを考えたことあるか」
「知ったことか。あんな奴らのこと」
 ケンはそう言ったものの、何やら考え込んでしまった。ヤスは眼をしょぼしょぼさせている。
「親父とお袋か・・・」
 カズマがぼそりとつぶやいた。それを聞いたケンがトモジの横腹を肘でつついた。トモジは、カズマが親の顔を知らないことを思い出し、慌てて話題を変えた。
「カズマ、今度のヤマは大成功だよな。きっと稼ぎもでかい」
 トモジはカズマにあいづちを求めた。カズマは相変わらず寝そべったままうなずいた。
「ああ、ゼンじいは2〜3年は遊んで暮らせるって言っていたな」
 三人の顔が明るくなった。
「そうだろ。なっ。だからここらでおいらたちは分け前を貰ったら、村に帰るんだ。その金で工場と農園を買おうぜ。そうしたら、オイラたち、安い金でこき使われることはない」
 トモジがケンとヤスを説得するように言った。
「社長はトモジがなるのかい」
「三人とも社長さ。共同経営者というやつだ」
「ええ、オイラが社長に」
 ヤスが夢見がちに言った。
「そうだ。楽しいぜ。どうかなカズマ、上手くいくかな」
 カズマは起き上がり、にっこり笑って、
「ああ、きっと上手くいくよ」
 と、答えた。
「カズマ、良かったら、一緒に村に来いよ。一緒に工場をやろうよ。もちろん親方も一緒だよ。もし良かったら、おまえに俺の妹と結婚して欲しい。そうしたら俺達兄弟だろ。迷惑な親父とお袋だけど、おまえにも親ができる」
「ありがとう。考えとくよ」
 カズマはトモジの友情がうれしかった。しかし、カズマはトモジたちが考える程、寂しくはなかったし、親は育ての親のゼンじいだけで充分だと思った。
 その夜、闇に紛れて貨物用大型ホバークラフトが廃墟に到着した。
 テントのベッドに横になって休んでいたカズマは、エンジン音を聞くとテントを飛び出した。
 巨躯をゆらしてタラップを降りてきた男は、ゼンじいとカズマを見ると髭面に人懐っこい笑顔を浮かべた。
「じいさん、1年ぶりだな」
「ああ、クマ、おまえも元気そうだな」
「おう、元気だぜ。今回はいい商売させてもらうよ」
 クマは歩きながらカズマと目が合うと、
「よう、坊主。腕を上げたか」
 そう言いながら、カズマにタバコを1カートン投げた。
「ああ、多少ね」
「そうか」
 男は満足そうにうなずくと、ゼンじいさんに、
「とにかくブツを拝ませてくれ」と、せわしく言った。
 発掘品は大テントの下に分類されて集められた。車や財宝をはじめ、カズマがムカデロボットまでがガレージセールのように山になっている。クマは1つ1つ丁寧に見ながら手元の電卓に金額を打ちこんでいった。
「じいさん、これだけの大商い、久しぶりだな」
「そうか、幾らになる」
「こんなもので、どうだ」
 クマは電卓を見せた。
「ずいぶん叩くな」
「じいさん。あんたとオレの仲だからこの価格だ。今時、この手のコレクションは値が付きづらいのは知っているだろ」
「まあ、いい」
 クマは商談成立に大きな肩を揺らして喜び、さっそく部下に船積みを命じた。
「まあ、慌てるな。本当の商売はこれからじゃ」
 ゼンじいはポケットから親指ほどのサンプルビンを取り出した。
「なんだか分るか」
 クマは受け取ると、蓋を外し臭いを嗅いだ。
「ワーオ、こいつは驚いた、ガソリンじゃないか」
「5万ガロンはある。どうする?」
「どうもこうも買うよ、買うにきまっている」
 この時代、化石燃料は枯渇していた。新たに油田を開拓する技術も失われていた。ガソリンは貴重な資源なのだ。
 さっそく地下の備蓄タンクに案内すると、得意満面のゼンじいは本部のテントに戻り、商談を始めた。電卓を叩きながらの交渉は、知らぬ人がはたで見たら大喧嘩のように見えただろう。しかし、発掘屋の仲間も闇商人の手下も、毎度繰り返す親方同士の威勢の良いやり取りを微笑ましく眺めた。二人とも仲間の生活が懸かっているのだ、曖昧な妥協はしない。
「おい、クマ。今回ばかりは甘いことは言えないな。みんなの生活がかかっているんだ」 と、ゼンじいは電卓を叩き、
「これ以上びた一文もまけられない。もし、駄目なら交渉決裂だ。ほかを当たる。いいな」
「わかった。この値段なら文句はない」
 クマは電卓をポケットにしまい、
「ゲンパチィーッ」
 と、大声で部下を呼びつけ、耳打ちした。
「タンカーを捜してこい。軍に嗅ぎ付けられるなよ」
 ゲンパチはすぐに船からエアバイクを降ろし、二人の手下を連れて、砂漠の暗闇に消えていった。
 クマはカズマを呼び止めた。
「みんなを集めてくれ。でかい商いができた。みんなに酒をおごりたい。じいさん、いいよな」
 ゼンじいはうなずき、
「見張りだけはおこたるな」
 と、カズマに命じた。
 クマの部下たちがホバークラフトから、酒や食い物を降ろした。
「好きなだけ飲んでくれ。色気はないが全国各地から上手い酒を集めてある」
 クマが叫ぶと、ドッと歓声があがった。樽が割られ、焚き火を囲み、誰もが浴びるように酒を飲んだ。
 酒が進むと、自然に歌が始まる。酒を口にしないカズマも楽しく笑い、踊った。

  
← 前の回  次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ