作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜最終版
作者:光夜
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 「ん、二つ目が死んだか」
 独り言のように呟く声はイリスの物だった。回りを気にしない独り言はそれでも強風に負けないほどの大きさで二人にはちゃんと聞こえている。
 「あと八つか。孝太、挫けるなよ」
 応援する声は心配こそすれ孝太が負けると言うことは含まれて居なかった。孝太の敗北などありえない、いや考えることさえ不可能だと言わんばかりにシンは否定した。
 (孝太が二つも壊したとなると、葵と水野はこっちへ来るな、なら話をつけないと)
 「それで―――――」
 シンは見据えるようにイリスへ視線を戻した。と。
 「クク……」
 イリスは何かを楽しむような笑いをこぼしていた。だがその笑みもシンの視線に気づきどこかへ行ってしまった。笑いの真相を追究したい心を抑え今訊くべきことを口にする。
 「それじゃあ、お前とローゼンが兄弟だというフザケタ話を聞かせてもらおうかな」
 見据える目はすでに怒りを放っている。それほどまでにシンの行動を止めた話は聞き流せないほどのものだったのだろう。
 「ああそうだったな。まあ一応断っておくが兄弟ってのは言葉のアヤだ。そうだな、こう言った面倒な話は説明好きの兄弟に任せるとしよう」
 兄弟と言う所を強調してイリスはローゼンへ視線を投げる。つられて追う視線はシンの物だ、そこに映るローゼンの表情は堅い像の様に見えただろう。いつもの笑いがまるで仮面だったかのように。
 「……………そう、ですね。何から話しましょうか」
 思い出すように視線を空へやるいつの間にか月は雲で覆われ光は無へと翳っていた。まるで自分の心の中と照らし合わせるように息を吐く。視線は雲の奥を見ようとしているかのように虚ろで空しく時間が過ぎる。
 「では、私とイリスの出会いから始めましょう」
 呟くように、それでも語る声で話し始めた。
 「私は子供の頃、事故で両親を失いましてね。雨の強い日でした、父親の運転する車で出かけたのが運命ですね。
 母親と後部座席で会話をしながら時折父親にも話し掛ける。何の変哲も無いごく普通の親子でしたよ。事故とはそう言う円満な家庭に起きるものなのでしょうか。
 ただすれ違った車のライトで目を瞑った父親がハンドル操作を誤り事故など一度も起こったことの無い一直線の道からはずれ横転しました。幸い母親が庇ってくれて頭は打ちませんでしたけれど体中きり傷だらけでした。
 這い出た車を雨の中で保っと見ていた記憶がありますよ。近代化とは皮肉ですね。爆発で燃えた車の中にはもう動かない人間がいたのに最後に救ってくれたのは父が契約していた車会社の発信機でした、警察も程なくしてきましたし婦警さんが慰めてくれました。
 何を考えていたのかも覚えていないと言うのに第三者的傍観は覚えているんですから子供とは恐ろしい」
 はは、と本当に自分とは関係が無い誰かの話をするようにローゼンは笑った。イリスとローゼンの関係を知りたかったのに今聞いた入り口の話だけで否応にも想像してしまう。
 数分前まで楽しく笑いあっていた家族、ただ別な車が通り過ぎただけで世界は暗転し気づけばずぶ濡れで燃える車を見ていた。
 「――――――――く、っ」
 ローゼンの話し方の所為か自分の想像の行きすぎか判らないが足元はふらついた。いつも笑顔で接してくれたローゼンの過去は触れて良い物ではなかった。それを目の前の本人は苦も無く言える感情が解らない。気分が厭になる反面話は続く。
 「続けていいですか」
 ローゼンが問い掛ける、それを黙って頷くことしかシンにはできなかった。
 「つまりは一人になったということです。可笑しいですね、いつも居る筈の親はいないしいつも笑っていた自分は笑い方を忘れた。それでも寂しいとは思わなかったのは多分ショックが大きかっただけですね、泣くことすらできませんでしたから」夜空に乾いた笑い声が響く。だがシンはその会話にある希望を見出していた。
 「だがローゼンはいつも笑っていたじゃないか、なら笑えるぐらいに善い事があったんだろう」
 それは願うと言うよりもそうであってほしいと言う請うための問いかけだったことは知らずシンも頭で理解した。
 「そうですね、話を飛ばして結果を言えば笑えるぐらいのことはありました。その話をこれからしましょう」
 そう言って街並みに目を移す。ローゼンの口調や話し方は変わっていなかったがなぜか先の答えを聞いたシンの心は、少し軽くなった気がする。気がつけば不快な気分は何処にも無かった。
 「それで続けますが。こちらの国ではどうか知りませんが私の国では両親や引取り手のつかない子供は孤児院へ行きます。私も例外なくそこへ行く羽目になりましたよ。ええ、今思えばそんなところで暮らす子供は自分を偽っているんでしょうね。誰かは知らない他人と暮らしてそれでも笑っているのは今の状況が楽しいだけで心の奥では悲しみを隠している、それが子供かもしれません。でも、私は違いました。
 それなりに現実と言うものを頭で理解し始めていた頃ですから、親が死んだここから出られない、そう考えれば考えるほど他人との共存なんか思考することすらない。他の子供と距離をとって、ただ生きることだけがその子供が考えた結論でした。」
 それは違う、シンは大声で出したい声を喉の奥へ戻した。拳は力を入れすぎて痺れてしまうほど固まっている。
 ローゼンは自分と似ている。母親は知らないが父親を目の前で殺され気づけば笑い方を忘れたこともあった。ローゼンのように大切な者を奪ったのが事故や災害だったら自分はそうなっていたのかもしれない。だが唯一の違いであり大きな違いがそこにある。自分が倒したいと言う敵がいるから自分を見失わず自分に大切な人ができたからこうして毎日笑っていられる事をシンは知っている。
 ローゼンとの違いはそれだけで、勝手に自分のふたを閉じただけだ。その子供たちの中にも似た境遇の者やもっと辛い事があった子供だって居たかも知れない。なのにローゼンは自分だけを見て、自分で勝手に結論を出した、そんなことで全てが把握できうるのならヒト等存在しない。
 シンは拳を握り締める力を更に大きくした。知らず奥歯まで噛み砕くほど何か許せない、そんな勘定を剥き出しにした。
 「解っています、斑鳩君も私は身勝手だと思っているのでしょう」
 それを知ってローゼンは話し掛けてきた。
 「ああ……そうだな、どんな境遇かは人それぞれだが、周りも気にせず生きていただけのそんな子供は許せないな」
 怒気は更に強く目は鋭く見据える。
 「そうでしょうね、ええそうです。私だってもっと自分を諦めなければここには居ませんでした。ですがそのとき自分にできて考えられた最高の手段はそれしかなっただけです。お怒りは解りますがそれでどうします、怒りに任せて私を殴ったところで起こった事は戻りませんし起こったのならそれは必然でしかありません」
 淡々と喋るローゼン、だが今の会話には感情が入っていた。唯一ローゼンが入れまいとしていた。

 悔やむ

 そう言う感情が感じ取れた。
 シンにはそれだけで事足りた。なんだ、今悔いているのなら無駄じゃなかったんだ、と。
 ヤキが回ったようですね、と息をこぼすローゼンは街並みから目を離し彼へと向ける。昔話に唯一感情も無く耳を傾けていた兄弟(イリス)に。
 「その感情を押し殺していたのが正解だったかは今でも解りません、けれどそのおかげで私は自分を見失わないでいられる道ができました。
 半年ぐらい過ぎた日でした、彼は養子か何かを求めて孤児院へ足を運んだのでしょう。生い先短いとか何とか言って一通り子供たちと会話をした後帰ろうとしました。もちろん私は会話などしませんでしたよ。いまさら外の人間と何を話すことがあるのかと、隠れるように庭で雲を数えていました。
 ですが、彼は帰り道とは逆の私の居たところへ足を運びましたよ。多分大人の誰かに聞いたのでしょう。物好きですよね、たった一人の誰とも知らない子供を探していたのですから。
 彼は他の子供たちと会話をしていたくせに私とは何も話さないんです。挙句の果てに少ししたら『ついてくるか』なんて訊いていました。
 考えれば考えるほど不可思議な行動でしたねあれは。あったばかりの子供を少し眺めた後にその問いかけですよ。普通の子供なら絶対についていきません。」
 可笑しいですよね、なんてローゼンはシンに賛同を求めてきた。一概にそうとも言え無いシンはどうだかとそっけなく答えた。
 「ですが、それは普通の子供の考えですね。私はその彼の考えを理解したくて気づけば頷いていましたよ。昔から何でも考えていましたから余計に理解したいとでも考えたのでしょうね。」
 まったく、と今度は呆れるような声。先ほどからのローゼンは感情をよく表している事は無言で聞いているシンによく理解できた。それほどまでにローゼンを引き取った男性は不可思議な人なのだろうか、と話しそっちのけで尋ねようとした。
 「彼は東雲と言います。多分どこかで暗い店を営んでいますからもしかしたら藤原君あたりが知っているかもしれませんね」だが、シンの興味は「彼」から「なぜ」に変わった、孝太の名前が出たからだ。何だってローゼンの育ての親と孝太が知り合いなのだろうか。聞く間もなくローゼンの会話は進む。
 「その日、私は孤児院を後にしました。彼の家はそこから結構遠かったですね。それだけは覚えていますよ。街並みも風景も流れていただけで覚えていたのは距離だけです。まあ子供の足ですから大人から見ればそう遠くは無かったのかもしれません。彼は今と同じように小さな店を開いていました。人通りも無い野原に街の明かりをまがめられる場所で。ですが、そんなことはどうでもよかった。彼は最初に健康審査だと言って病院のような所へ連れて行ったと思ったら私の皮膚を採取したようです。それから数日たったある日、彼はまた幼い子供をつれてきました」
 今度は視線を動かさなかった。変わりにシンが、その見知らぬ子供を見た。
 「ああ、それが俺だ」
 長い会話の中で初めて三人目の声が聞こえてきた。




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