作品名:RED EYES ACADEMY V 上海爆戦
作者:炎空&銀月火
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「小牙! その棒、こっちに持ってきてくれ!」
 その声に反応して舞台の上で長い棒を担いでいた少年―小牙―が振り向いた。
「はい! 今持ってくよ!!」
「よっしゃ。んじゃ次はAの5を持ってきてくれ」
 へーい、と返事を返して倉庫へ走る。その速さはごく普通。…いや、どちらかというと遅い方だ。
「せーのっ!」
かけ声をかけて二,三十キロはある丸太を担ぎ上げる。大層なかけ声だが、軽々と持ち上げる。その時、いきなり暗がりから声がして、小牙は飛び上がった。
「小牙、またそんな重い棒一人で担いで…。ほら、片方持ったげるから」
 声と共に丸太の陰から一人の少女が現れる。腰まで届く長い髪を頭頂部近くで結い上げた小柄な少女。
―呉 麗香だ。
「なんだ麗香か」
「何だって何よ。あたしじゃ悪い?」
「いや、別に…」
耳元できゃんきゃんと叫ばれて、小牙は顔をしかめた。それにはかまわず、麗香は小牙の手を押しのけて丸太の片端を担ぐ。
「ほら、のろのろしないの。あたし、この後すぐ練習あるんだから」
「じゃあ、手伝わなくても…」
いいじゃないか、と言おうとした小牙を目線で黙らせて麗香は笑った。
「ほら、行くわよ!」
そして声と同時に走り出す。そのスピードは三十キロの丸太を担いでいるとは思えないほど、速い。さっきの小牙など、軽々追い抜いてしまいそうだ。
 当然、二人の間にはスピード差が生じ、バランスを崩した小牙が転―ばなかった。
さっきとは比べものにならないような軽さで、足が回転している。しかも、そこはかとなく身の軽さを示すような走り方だ。
 嵐のように大工たちの元に丸太を運び、小牙は膝に手をついて荒い息を吐いた。
(なっさけねぇな…たかだか十キロだろ…)
「なっさけないわね…このくらいの丸太、持って走れなくてどうするのよ!」
 小牙が思ったままを口にこだしてくれたのは、もちろん麗香だ。
「ひどいなぁ…」
 文句を言いかけた小牙のことばはまたも何者かに邪魔された。
「麗香! いつまで油を売っとるつもりなんじゃ! 練習の時間じゃぞ!」
「わかったわよ! いきゃーいいんでしょ、行けば!」
 全く、孫じいちゃんはうるっさいんだから…とつぶやく麗香に追い打ちがかかる。
「麗香! 孫じいちゃんとの練習終わったらこっちに来てくれ! 打ち合わせするから!」
 「やかましい! あたしは一度に一個のことしか出来ないの! むちゃくちゃ言うんじゃない!」
 きぃーっと頭をかきむしって司乎に怒鳴り、今度は小牙に向かって叫ぶ。
「いい? あんたも走れば速いんだから、準備はさっさとしなさいよ!」
「はやくせい!」
 うるさい! と叫んで麗香は爆風のように去っていった。
後に残され、ただ笑うしかない小牙に、わりぃな、と言って司乎が話しかける。
 彼の経歴はよく知らないが、とにかくどこにでもいそうな十七歳ぐらいのあんちゃんである。一年前に入団した小牙に何かと世話を焼いてくれていた。
「麗香のやつ、いつもいつもやかましいだろ?面倒かけちまってわるいな」
「いえいえ。彼女は見てておもしろいですから」
「おもしろいか…。あいつが聞いたらどう反応するかな…。ま、それはともかく俺もこの後練習があるからまた後でな」
 そういうと、麗香のようににぎやかな動きではなく、猫科の動物を思わせるしなやかな動きで司乎はその場を走り去った。
 笑顔で手を振る小牙に、今度は頭上から声がかかる。
「小牙! 準備は他のスタッフに任せていいから、ちょっと来てくれ! 団長が呼んでるぞ!」
「わかりました! すぐ行きます!」
 テラスの上から大声で叫んでいるのは羅 将志。背丈は小牙とほとんど変わらない。珍しいほどの小男だ。
―そういう意味では一四歳の割にかなり小柄な小牙も人のことは言えない…。
 目つきは悪いが、快活でおもしろい男だ。経歴は司乎と同じく明らかにされていない。もっとも、この雑伎団のメンバーほとんどが経歴不詳なのだが…。


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