作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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僕はタンラート=ゾナチウム。みんなからはタナーと呼ばれている。
二ヶ月前にこのニヒダ国の軍事施設のメインであるニダ軍に配属された。
きっかけは三ヶ月前にようやく終わったタンビリー国との戦争に、唯一無傷で生還したからだ。
それからの一月はたいした仕事もなく以前と変わらない生活を送っていたが、ある日突然、大役が僕のもとへやってきた。
それは僕の命や誇りや存在の薄っぺらさを思い知らされるものであったが、僕はその名誉を全うしてみせた。
全身骨折と引き換えに得た階級特進で、新たに配属部署が変わった。
今は特殊部隊OWという、対外国戦争のための作戦本部にいる。国中の戦いのエキスパートが集まり、先々の作戦や他部隊への出陣指揮を取っている。天が与えた才に相応しい人間だけが、持って生まれた有り余る才能を活かすためにある場所。
なぜ自分がここにいるかは今でも不思議だ。
作戦成功と引き換えに得た激しい痛みに、一月以上経った今にも体を動かすのは億劫なタンラートは、訓練すら出来ない自分に早くも居場所を失いかけていた。根性なしの役立たずにだけはなりたくなかったため、ここ数日は朝から部隊の事務所に顔を出しては、簡単な雑務をやっている。
「ようタナー」
広いが朝食時には異様に混雑する食堂を抜け、パンを片手に施設内の公園に来た。影のさすベンチにゆっくりと体に負担をかけずに座り、パンをかじる。今日はトマトとハムのサンドされているものだった。
「ロブさん」
不意に後ろから声をかけられた。首だけ動かして振り返ると、いつも世話になっている馴染み顔がある。
濃い紺の髪と瞳のロブ=カバーだ。
タンラートよりはニ階級上で、面倒見がいい。入りたての頃は随分世話になった。精悍な顔付きで背も高く剣の腕もたつため、上からも下からも人気がある。早くもくじけかけていたタンラートが、なんとか自分を職場に出向かせる勇気をくれた、唯一の人だった。
「お前また一人で食ってるのか?」
ロブは長い足を高く上げベンチの背もたれを乗り越えると、そのままタンラートの隣に座った。
「人が多いとあまり食べられないんですよ」
半ばでまかせを言った。むろんそれが嘘というわけではないが、本当のことを言うとタンラートにはあまり親しい人間がいない。ここでは皆、職業柄あまり親しい仲を持つ人間はいないのだ。
突然転移してきたうえ、自分でさえここにいる理由のわからないタンラートは、当然つくる機会もなかったが、作る気もさらさらなかった。
「一人でも食べないくせに」
心中を察知したのか、少し適当にあいづちを打ったロブは、ポケットから固形の高カロリー食品を取り出した。様々な栄養をバランスよく混ぜ込んだ分厚いビスケットのようなもので、小さな箱に二枚二組ずつ入っている。毎週軍から支給されるもので、時間のないときや食欲のないときに食べるようになっていた。
箱から一袋取り出しそのうち一つを口にくわえ、残りは箱にしまった。
「…何かあったんですか?」
タンラートがまずそうな横顔に問い掛ける。ロブはばつの悪い顔で苦笑すると、残りのビスケットを口に放り込んだ。
「お前、テレパシーでもできるのか?」
タンラートはわけがわからず首を傾げた。その顔を面白そうに見て、また硬い表情に戻したロブは、両足をベンチに乗せ、体育座りのような体勢でもたれかかった。小さく溜息を吐いた後、取り返すように大きく息を吸う。
「今度の作戦任務を外された」
「え?でもあれはロブさんが考えた…」
タンラートが思わず身を乗り出した。その拍子にまだギブスのとれない右足が痛む。
「上官命令だから仕方がないさ」
理解ある上司面で、ロブはあえて不満を漏らさなかった。こういうところは随分大人だ。決して感情任せに怒りをぶちまけない。部下に敬られる理由の一つといえる。
それに理解を示さなかったのはタンラートだ。
「そんな、あんまりですよ。あんなに夜も寝ずに考えたのに…」
多忙なスケジュールと併合させながら考えていた作戦の一部始終を、タンラートは見ていた。訓練のできないタンラートが四六時中側で彼の世話をしていたからだ。食事も睡眠もろくにとらずずっと机にかじりつく姿に、タンラートは心から尊敬と憧れを感じた。
「たいしたことじゃない」
タンラートは悔しそうに俯いた。半分になったトマトサンドを紙でできた箱へ戻す。
「何しょぼくれてるんだよ。俺は気にしてないんだから」
「嘘です」
笑顔でたしなめようとしたロブの言葉を、タンラートが遮った。
「あんなにがんばっていたじゃないですか」
無邪気な笑顔が柔らかな微笑に変わった。優しく見守るように揺れる瞳が、一瞬光った。
「何をしても、どうあがいても、どうにもならない時だってあるんだよ」
ふっと力を抜いて、切ない笑みが零れる。諦めとも取れる薄っぺらい声。
「生きている以上、きっとその方が多い。この世界の矛盾さ」
はやニヶ月、もうニヶ月だ。タンラートとは違いロブはここに来てすでに三年経っている。自分も後それくらいすれば、彼のように小さな悩みを割り切れるようになれるのか。いつだって自分を信じていられるようになるのか。
果たしてそれは成長と呼ぶのだろうか。成り上がりの彼にはどうしてもわからなかった。
「だから、上に行かなければいけないんだ。ま、行けば行ったで、俺もあんな風になっちまうんだろうけどな」
そう、上に行かなければいけない。もっと高いもっと偉大な力を持って。
俯いたままのタンラートの隣で、ロブが突然立ち上がった。両手を挙げて背伸びをする。
「悪いな、つまらない話をして」
「ロブさん。僕の知っている部隊の隊長は、世界の、力の矛盾を理解しているとてもいい人でした」
ロブの顔が一瞬素に戻った。驚きのためか、キョトンと目を丸くする。そのまま数秒固まった後、いつもの自信に満ちた笑顔へと変わる。
そしてタンラートの頭をわしゃわしゃと荒く撫で回すと、嬉しそうに歩き出した。
「安心しろよ!お前の勇気はみんな知っている」
片方のポケットを膨らましたロブは、後ろ手を振りながら宿舎の方へ行ってしまった。
それを見送ったタンラートは、ロブのそれよりはまずくない、残りのサンドウィッチを口に無理矢理押し込んだ。
少し涙の浮かんだ瞳を、蒼い空に向ける。揺れる木のかげから眩しい太陽がこちらを覗いていた。
いずれなれるだろうか。力を持った者に。
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