作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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 少年の頃、隣どうしの二人は、命じられた漆喰塗りの腕を競い合って、修練したものである。
 今は、家督を継いだ二人、人当たりの良い安藤孫四郎は普請組頭になり、不正が嫌いな性格の大橋伝左衛門は、徒目付組頭となっている。が、役付でも、共に困窮の生活を余儀なくされていた。
 「この頃は、町家からの壁塗りの依頼がないが、本職が、城下に入り込んだのか」
 鏝(こて)を下ろした安藤が、漆喰を練っていた大橋に訊ねた。大橋は、目付として町方を廻り、実情に詳しかった。
「いや、それはない。第一、我らの腕は、本職に遜色もないし、大工の手間賃ほど、高くはしておらん。まあ、不景気だから、始末して、新築も修理も手控えているのだろう」
 城下の町屋に対し、防火のため、建物には漆喰塗りの義務を課し、下級藩士が、内職で左官屋をして、生活の足しにしてもいた。技術の向上と伝承のため、との藩の勧めもあり、この内職は、恥ずかしいことではなかったのである。

 彼らの手間賃の安さには、藩から支給される漆喰材料の余りを内職用に使うことを、黙認されていたこともある。

「我ら武家の苦しさの影響か……。この屋敷跡に、今年、お前は何を植える」
「主に桑と、少しはサツマイモでもしようかな」
「奥方の織った絹は、高く買ってもらえるのか」
「藩の倹約令に、高価な衣服をするなとあろう。絹の需要が減って、町人には、買い叩かれる。我が家には皮肉な倹約令よ。上役への贈答に回すことも、し難いし……」
「倹約令では、木綿の服を勧めているから、綿を植えてみたら」
「あれは、育てるにも、採集するのも、面倒な作物だと聞くが」
「ふーん……。わしは、麦と、サツマイモでもしようか。換金作物では、コンニャク芋はどうかなあ」
「おまえが、織物が出来る後添えをもらって、一緒に反物作りに励めば、効率が上がるが……」
「子が二人もいる貧乏な暮らしに、後添えに来る物好きはおらんよ」
 共に知行は百石取りのはずだが、藩の天引きで、半額に減らされていた。で中間、若党らの家来は、とうの昔に暇を出していた。
           

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