作品名:マリオネットの葬送行進曲
作者:木口アキノ
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両側の壁には、天井まで届く本棚。びっしりと書籍が詰め込まれている。
正面には、大きな窓が一つ。燦々と降り注ぐ陽光を、ブラインドが細長く切り取っている。
その手前に、大きめなデスク。額から禿げ上がった白髪の男性が、しかめつらしい顔で席に着いている。彼の名は、グルレイン・グリーク。リオン達の上司にあたる人物だ。そしてここは、彼の執務室である。
グルレインを目の前にして、リオンは無表情で、ミューズは面白く無さそうに立っていた。
「今回の事は」
グルレインが口を開く。
「結果的に、臓器販売の裏組織は検挙できたが、総合的に見て、任務失敗と考えたまえ」
「どうしてよ!」
無言で頷くリオンとは対照的に、ミューズはグルレインにくってかかる。彼女には、グルレインが上司であるという概念が無いのかもしれない。
「事故の件ですね」
グルレインに代わって、リオンが答える。
「その通りだ」
頷き、低い声でグルレインが言う。
「だって、あれは、彼らが勝手に起こした事故……」
尚も何事かを言いつのろうとしたミューズを、リオンが衣服を引っ張って制止する。
「他に最善の方法があっただろう事は認めます」
「当然だ。被害はなかったとはいえ、事故などもっての他だ」
「そんな事言っていたら、私達は追跡行為ができないじゃないですか。それはつまり、仕事をするなって事なのよ?」
「ミューズ」
リオンが短く咎めるのと、グルレインが机を叩くのは、ほぼ同時だった。
「何にせよ、私は今回の君たちの行動を評価しない。よって、君たちには当分の間、実動行為の自粛を命ずる!」
「……!」
くってかかろうとするミューズを押さえ、
「了解しました」
とリオンは一礼し、半ばミューズを引きずるようにして退室した。
それが、ほんの数十分前の事だというのに。
「噂が蔓延するのって、早いのね」
リオンは、コーヒーを一口飲んでから、軽く息をつく。
今、リオンとミューズが居るのは、G.O.Dの情報室。
楕円形の広い空間に、高い天井。壁は一面、硝子張りで、緑豊かな庭を臨むことができる。床も、ブースの仕切板も白で統一され、各ブースにはコンピュータが設置されており、そこでは、利用者が好きなように飲食もできるようになっている。
常に何人ものG.O.Dメンバーが情報を手に入れるため、ここに集まっている。
情報収集の方法は、何も、コンピュータからだけではなく、メンバー同士の井戸端話なども、重要なニュースソースであるため、この空間に集まる者は多い。
そんな中で、リオン達は今、彼らの視線を、存分に感じていた。
先ほどのグルレインとの一件が原因である事は、考えずともわかる。
リオンは、どうしようもない居心地の悪さを感じずにはいられなかった。
それなのに、ミューズときたら……。
「きゃ、また、違う男の人と目が合っちゃった。どうしよう。今日の占い、見ていなかったけど、もしかしてラブ運が最高なのかしら」
両手で頬を押さえ、見当違いな事を言っている。
「あんたに占いは関係ないでしょ」
コンピュータのモニターから目を離さずに、リオンは言う。
「やぁね。これでも、6月27日生まれの蟹座よ」
「それは、起動日?それとも、製造日?」
「あ、意地悪な言い方〜」
ミューズが、ぷぅ、とふくれ面をする。
「別に他意があって言った訳じゃないわよ」
「ふ〜んだ。どうせ私は機械よ、ロボットよ。でも、リオンなんかより、ず〜っと恋愛経験豊富なんだから〜」
「うん、ああ、そうね」
完全に、リオンは聞き流している。
こういった会話は、彼女達にとっては、日常的な物なのである。
ミューズは、現在、G.O.Dでも入手困難な程に超高性能なインテリジェンス・ヒューマノイドである。
しかも、高性能すぎて、「恋愛機能」という、恐ろしく使い物にならない機能が付いている所為で、リオンも、最初の頃は、随分と苦労したものだ。
しかし、最近では、「聞き流す」という対処法を編み出したおかげで、ミューズとうまく付き合っていける様になった。
それでも、ミューズがとんでもなく惚れっぽい事に関しては、苦労のし通しではあるが。
「あっ!」
ミューズが、ある一点を見つめ、声をあげる。何か、若しくは誰かを見つけたようだ。
ちなみに、この、ミューズの「あっ」には、語尾にハートマークが付く。おそらく、ミューズの気に入りの男性の誰かが居たのだろう。
「お、渦中のお2人!話は聞いたよ」
足音と共に聞こえてくるそれが、聞き覚えのある男性の声だったので、リオンも顔を上げた。
「ああ、バトゥー。久しぶりね」
リオンは、椅子を4分の1回転させ、その男性に向き合う。
「って、言っても2週間位だけど?それとも、俺に会えない時間がそんなに長く感じる程恋しかった?」
「どうしてそう、馬鹿な事が言えるのか、不思議だわ」
リオンが言うと、相手の男性は、長い金髪を掻き上げつつ、
「もうちょっと優しい物言いはできないのかね。たった1人の同期に向かってさ」
と訴える。
彼の名は、ロイ・バトゥー。自身が言っていたように、リオンの同期である。
リオンが13歳でG.O.Dに加入した時、自分が最年少だろうと思っていたのに、そのさらに4歳下の同期がいて、たいそう驚いたことを、覚えている。
「優しい言葉なら、私じゃなくていいでしょう」
リオンがそう言ったのは、背の高いロイの胸に、ミューズがぴったりと寄り添っていたからである。
「この娘は相変わらずだねぇ」
ロイは苦笑しながら、ミューズの頭をぽんぽん、と優しく叩く。そして、
「でも、こういう事は、あまり人前でやるもんじゃないよ」
と、ミューズを自分からそっと引き離す。
「だめ?」
ミューズが、ちょっと悲しそうな表情になって、ロイの顔を見上げる。
「俺は良くても、君を好きな、他の人達が困るでしょ」
「う〜ん……そっか、そうよね……」
ミューズが納得した様子を見せると、
「上手いわね」
と、リオンがロイに言った。
「え?そぅお?」
ロイはへらへらと笑う。
「それはそうと、君ら、しばらく実動禁止なんだって?」
「笑顔で言われると、頭にくるわね」
「しょーがないでしょ〜。俺はもともとこういう顔なの。で、これからどうするつもりなの」
「どうするも何も」
リオンはモニターに向き直る。
「皆さんのデータベース充実の為に、偵察活動に従ずるしかないわ」
モニターには、所々にマーキングされた地図が映し出されている。
「スペースポート?」
それをのぞき込み、ロイが訪ねる。彼の言うとおり、地図のマークは、スペースポートの場所を表している。
「ええ。私達の得意分野は不正貿易の検挙だから。危なそうな貿易会社の動向把握でもしていようかと思って」
様々な貿易業者が荷物を積んだ宇宙艇で往来する宇宙港、スペースポートの偵察は、今後、謹慎が解けた後の自分たちの活動のプラスにもなる。
「流石我が同期。仕事熱心だねぇ。でも、ムリはできないんだろ?実動謹慎って、武器の支給も制限されるから」
「そうなのよね」
そこが、リオンを悩ませている所なのである。それにしても。
「でも、なんであなたがそんなこと知っているの」
素朴な疑問を、何の気なしに口にする。ロイは、渋面で答えた。
「実動謹慎過去4回ですからね、俺は」
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