作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 カズマはカトーの身体に飛びつこうとした。しかし、バリヤーに阻まれ掴むことができない。
「仲間が死ぬのをそこで見物していろ。おまえの始末はそれからだ」
 ピラミッドの頂点にある砲台が一斉にホバークラフトを狙った。
「来るぞ。捕まってくれ」
 クマは叫ぶと、操縦桿を左右に揺らし、船を蛇行させた。ピラミッドは音も無く宙を飛び、すぐにホバークラフトの上空に達した。ホバークラフトの後部座席でミハルに抱き抱えられながら見上げているハラダが見えた。
「ハラダよ、さらばだ」
 カトーが呟いたとき、その言葉が聞こえたかのようにハラダが、にやりと不敵に笑った。
「まだ、笑ってやがる」
 カトーが舌打ちした。ハラダは右手の拳を掲げ、こちらに見せるように手を開いた。手のひらには小さな金属の箱があった。カズマはすぐにそれがライター型のリモコンだと気がついた。最初に出会った時、バイクを遠隔装置で操った、あのリモコンだ。 
 カズマが床に伏せたとき、ハラダは親指に力を込めて起爆装置のスイッチを押した。その瞬間、カトーが座るシートが爆発して吹き飛んだ。シートの下にしかけた小型爆弾が遠隔装置で爆破したのだ。カズマはハラダが、カトーの前にシートに座ったことを思い出した。
「ハラダはあの時、小型爆弾をしかけたにちがいない」
 カトーはシートから吹き飛び、部屋の隅に転がった。
 カズマはマグナムの銃口を向けながらカトーに近づいた。カトーは絶え絶えの息の中、一人呟いていた。
「いつ爆薬を、そうか、あの時か・・やはり、私はハラダに勝てないのか・・うかつだった・・・嫌だ、このまま死にたくない。クソ、殺せ、殺せ、すべてを焼き尽くし、この世界に終わりを告げろ」
 カトーは薄れていく意識の中で強く念じた。その願いは、一番近くにいるカズマにも聞こえなかったが、遺跡はその強い意志を玉座の主人の意思として回路にしっかりと焼き付けた。
 遺跡は、カトーの念を受けて、無差別攻撃を始めた。
 空中を漂いながら、次々に村を焼き払った。
「攻撃が止まらない、なぜだ」
 カズマの耳に、ゼンじいの言葉がよみがえった。
「おまえは後継者だ・・・この星の未来を任せた・・」
 カズマはカトーが被っていたヘルメットを外した。シートは爆発で焦げていたが、座れないことはない。
「爆発でいかれていたらアウトだが・・・」
 カズマが座った瞬間、指先を針が刺した。モニターに写し出されていた外界の映像が消え、暗闇になった。2種類のDNAの螺旋が映し出され、回転しながら重なった。
 突然、8面体の動きが止まった。ゼンは、カズマがカトーを倒したと確信して、
「カズマ、やったな」
 と、大声を上げて喜んだ。
「ゼン、カズマが勝ったのか?」
 クマが聞いた。
「ああ、多分な。あいつが沈黙したのが、なによりの証拠じゃ」
「やったのね、カズマ」
 ミハルは空中に浮かぶ8面体を見ながら、歓声を上げた。
 その頃、8面体の中のカズマは、誰かが脳の中に直接呼びかける声を聞いた。
「おかえりななさい。M0023」
「M0023。それが俺の識別番号なのか」
 ふたたびスクリーンに外部の景色が映し出された。カズマの視界に関東砂漠の景色が広がる。同時にカズマは自分の頭の外にもう一つ別の頭脳を接続されたような気がした。
 その脳には、人類の歴史や科学、文化、芸術などの森羅万象に渡る様々な知識や法則から、感情や意識がストックされており、自我という堤防の隙間から、染み出して来た。カズマは、自意識を保ち拒絶したが、堤防が決壊するのにそれほど時間はかからなかった。
 まず押し寄せてきたのは、カトーの意識だった。つい今までこの装置を使っていたため、ほかの古い記憶よりも鮮明に意識が残っているようだ。カズマは、カトーの生い立ちから、軍でのコンプレックス、そして野望と挫折、そしてこの世界への恐るべき程の未練を感じ、気分が悪くなった。
 城砦都市や村を旅して回る、貧しい商人に愛情も無く育てられる男の子。いじめられ、ひもじく、蔑まれながら生きる少年。働きながら学び、やがて軍隊に。しかし、軍隊では常にハラダとタケの後ろばかりを見ている。軍で出世の階段を登り始めるが、ここでも生い立ちの貧しさがハンディーキャップとなり、地方に飛ばされる。地方でおこる暴動を力ずくで鎮定。カトーは出世のためには女子供容赦なく虐殺した。
 中央に返り咲き、司令官に就任。地方にいる間に不正行為で蓄財した金で政治家を操りながら出世し、政府中枢に圧力をかけてシナノを建造した。
 しかし、どんなに地位があがろうと、出生の怪しさはカトーにつきまとった。噂話で蔑まれイライラする男。男が抱いていた、世間への恨み、ねたみ、敵意が、カズマの心に充満していった。
 様々なイメージがカズマの心をよぎる。首筋に注射針を打たれ、気絶するミハル。眠らされたままベッドで裸にされ、おもちゃにされるミハル。それは次第にミハルではなく、そっくりな母フジナミ・シノだと言うことがわかる。窓ガラスを破り侵入してくる男の影。稲妻の閃光に照らされるハラダの怒りに満ちた顔。正気に戻りベッドから逃げ出すフジナミ。
 初めカズマは自分の心が汚染されていくのを自覚していたが、ついにはその意識も消え、もうひとつの意識に自分の意識が飲み込まれつつあることを自覚しなくなった。
 カズマは、ただ、腹立たしかった。視覚神経に入ってくるすべての物に敵意を覚え、攻撃したいと思った。そう思った時、8面体は再び動き始めた。
 静止していた8面体が無差別攻撃を再開した。
「カズマ、奴に意識を飲み込まれたか」
 ゼンは端末モニターの地図を見ながら、8面体の進行方向を確認して言った。
「いかん、この先に村がある。クマ、先回りして村人を避難させるんじゃ」
 クマはホバークラフトのエンジンを限界まで回した。
「カズマはどうなったの」
 ミハルが不安を隠しきれずに聞いた。
「カトーを倒した後、何かの理由であの玉座に座ったが、遺跡のマザーコンピューターに意識を飲み込まれたのかもしれない」
「どういうこと」
「カズマの意識より遺跡の中枢にストックされている意識の方が強いため、コントロールが利かなくなった」
「どうすればいいの?」
 ミハルはイライラしてゼンに詰め寄った。
「ワシにも、分からん」
 8面体が向かっている村は遺跡に囲まれた窪地にあった。禁断の地に接しているが、高層ビル群の遺跡が砂漠からの強風をさえぎってくれるため、植物が育ちやすく、1000人ほどの小さな集落になっていた。
 クマは村の中央広場にある塔に登り鐘を鳴らした。突然の鐘に驚いて家から飛び出してくる村人に、クマは指を指して、近づいてくる巨大な8面体のことを伝えた。
「とにかく一箇所にかたまるな。砂漠にばらばらに逃げろ」
 クマが叫んだ。
 ミハルは迫ってくる8面体を見ると、ホバークラフトから飛び降りると、止めてあった村人のエアバイクに跨った。
「ミハル、何をするつもりだ」
 慌ててハラダが叫んだが、ミハルは何も答えずに、エンジンをかけ飛び立った。
 ミハルはエアバイクを猛スピードで飛ばし、高さ200メートルの高層ビル屋上まで駆け上がった。
 8面体はビームを次々に打ち放ち、村を焼き始めた。
 カズマは暗黒の中にいた。体が重く手足の感覚はなかった。暗闇の中に時折爆発や炎上する町、逃げ惑う人々がフラッシュして見える。炎が上がり、人間が焼け死ぬとき、カズマの心は喜びで満ちた。しかし、すぐその後に吐き気がするほどの倦怠感と虚脱感が襲ってくる。
「前方に高いビルがある。その上に人が立ってこっちを見ている。破壊しろ。焼き殺せ」
 カズマは心の中で命じていた。そのとき、闇の中で誰かが呼んでいるのが見えた。
「か・ず・ま・も・ど・っ・て・き・て」
 それはあの高層ビルの屋上にたつ白いドレスの少女の声だった。少女の口元が確かにそう言っているのを見たとき、カズマは覚醒した。
「そうだ、俺はカズマだ。戻らなければ」
 カズマの意識は、長いトンネルを出口に向かって高速で走り出した。ミハルに向けられていたビーム砲が寸前で向きを変え、無人の砂丘に向けて暴発した。
「俺が、おまえの主だ」
 意識を取り戻したカズマは大声で叫んだ。カズマを包んでいた黒い意識が弾かれて、飛び散った。
「国家再生。民族復興。新世界創設。王権の確立・・」
 カズマの意識に遺跡を作った古い世代の人たちのメッセージが聞こえた。
 カズマはその声をすべて否定した。
「こんな面倒なもの残しやがって。さて、どうする」
 はっきりした意識の中で、カズマは四方を見渡した。砂漠が途切れた向こうに青々とした海が見える。
「おまえに永遠の住家を与えよう。そう、海の中だ。できるだけ深く海の底に潜れ。そして、二度と地上にあらわれるな」
 カズマが念じると、8面体は海に向かった。
 やがて、海岸線を越えた。
 クマはホバークラフトで後を追った。
「まだまだ、1万メートルの海底を目指せ」
 8面体は海に水煙を上げて着水し、しばらく水上に浮かんでいたが、やがて静かに沈みはじめた。
「カズマ、戻ってきて」
 カズマはミハルの声が再び耳元でささやいたのを聞いた。
「ミハル、すまん。俺はこいつを始末しなくてはならない」
 水面を映していたスクリーンは気泡に包まれた。遺跡が水没をはじめたのだ。その時、カズマは目の前に軍服を着た若い男が立っているのに気が付いた。男の軍服は胸の心臓の辺りに穴が開いている。明らかに銃弾の後だ。カトーが生き返ったのかと思い、身構えたが、カトーのボディーはさっきと同じように足元に横たわっている。カズマは眼を凝らした。最初、その男はハラダに見えたが、すぐに別人だということがわかった。
「カズマ、もういいよ、今なら地上に戻れる」
「あなたは?」
「俺もおまえと同じように、この8面体で生まれた男さ。今はこうして肉体を失い、意識だけがこの8面体の中枢に残っている」
「その銃弾の後は?」
「最後のイメージがなかなか抜けなくてね。俺は自分で撃ったんだ」
「なぜ」
「怖くなってね。この遺跡に意識を飲み込まれる前に。おまえのおかげで、俺たちは永遠の無を迎えることができそうだ。もう2度と蘇りたくないものだな。礼を言うよ。それから、ハラダによろしく伝えてくれ。良い娘に育ててくれて、ありがとう、とな」
「あんたはミハルの父親なのか、タケという男か」
 男は笑みを浮かべると暗闇に溶けるように消えた。
 水圧と潮流のため8面体が軋み揺れた。その揺れでカズマのヘルメットが床に落ちた。カズマは完全に意識を取り戻した。
 すでに海水が浸入し膝下まできている。
「ここから逃げなくては。ミハルのいる世界に帰ろう」
 海水が滝のように流れ落ちる階段をカズマは駆け上がり、人工授精室に乗り捨てたコンバットロボに乗り込んだ。
 エンジンに火を入れる。機能は正常だった。コンバットロボには若干の防水機能はあったが、どこまで海中に耐えられるか、試したことがなかった。カズマは水中モードを選択しコックピットのシールドを降ろした。
 ミハルとハラダ、クマ、ゼンはホバークラフトの屋根に登り、海中からの浮上物に眼を凝らした。その内に、海中から無数の気泡が浮かび上がった。8面体が海中で圧壊し爆発したのだ。
 爆発から2分ほどしたとき、緊急用の浮き輪を胴体に巻きつけたコンバットロボが勢い良く浮上してきた。クマとゼンが歓声を上げてホバークラフトでコンバットロボの回収に向かった。
 シールドを開け、カズマは元気な顔で現れた。その姿を見るとミハルは涙が止まらなかった。 
 コンバットロボを沈まないようにホバークラフトに縛り付けて、デッキに上がるとカズマは笑いながら言った。
「ゼンじい、発掘に失敗したぜ。遺跡を海に沈めちまった」

 ホバークラフトが陸地に上陸すると、賞金首協会の大型救急車が待っていた。救急車には三河屋と書いてあった。カズマがその車に近寄ると、助手席からキンイチ、カツ、マイが飛び出してきた。
「カズマ、無事だったんだな。良かった」
 3人は口々に叫んだ。
「おい、お前ら、どうしたんだ。こんなとこに」
 運転席から、トーイチロウが顔を出した。
「毎度、いやね、こっちに来る途中、見つかっちゃいましてね。カズマに会わせろって、うるさいものだから、連れて来ちゃいました」
「だってカズマ、出て行ったきり戻ってこないんだもの」
 マイがべそをかいた。
「悪かったな、ちょっと立て込んでいてな」
 もう一人、女が降りてきた。カガリだった。彼女はカズマに軽く会釈して、
「大活躍ね。頼もしいわ」
 と、カズマに優しく言った。それからカガリはドクターゼンに、
「ケガ人は大丈夫」
 と、事務的な口調で聞いた。
「大丈夫、止血は完全だ。背中のパーツはもってきたか」
「ええ」
「じゃ、ハラダを運び出そう」
 カガリとクマがハラダに肩を貸そうとすると、ミハルが慌てて駆け寄り、
「あなたの力は借りない。パパに触らないで」
 と言って押しのけた。カガリは、むっとしてミハルを睨んだが、ハラダが振り返って手を上げたので、作り笑いで見送った。
「あんたが何で、ここにいるんだ」
 カズマは眼を丸くして聞いた。
「言わなかったかしら、私は賞金首協会の会長秘書よ。会長のハラダの側にいるのはそのためよ。さあ、救急整備車にハラダのボディーを入れて、修理を始めるわ」
「何だと?ハラダが賞金首協会の会長!そんな話し聞いてないぞ」
「でも、色々とヒントは上げてたんだけどな。気が付かないんだもの」
「そう言えば、ハラダが秘書のカガリに連絡しろって言っていたような気がするな。ちょっと待て。ハラダを修理するって」
「ハラダのボディーの70%は機械よ。まあ、いうなれば体の半分以上がサイボーグなの。だから治療でなく修理なのよ」
 呆然とするカズマに、ハラダが振り向いて
「カズマ、まあ、これも修行の一つだ」
 と手を振り、救急整備車に入って行った。ゼンじいが、カズマの肩を叩き
「カズマ、良くやったな。良く戻った」
「ゼンじい、これはどういうことなんだ」
「ハラダは昔、爆弾テロに遭遇してな。瀕死の重傷を負った。多分、犯人はカトーだと思うがな。その時に、あの遺跡の技術を使い、ワシが機械化したんじゃ」
「俺は遺跡の中でミハルの父親に会ったよ。タケさん、安らかな顔で消えていった」
「そうか。いろんな事があったんじゃ。それにまだ終わったわけじゃない」
 その時、ミハルがやってきて、
「カズマ、どうだった世界を手に入れた感想は」
 と聞いた。
「世界を手に入れても、ミハルが側に居ないと寂しいって事が良く分かった」
「ま、それって、愛の告白」
「うるさい、ちゃかすな」
 カズマは照れて叫んだ。
 夕焼けが赤く染める鉄砂の浜辺を、子供たちが元気に走り回っていた。


               END

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