作品名:吉野彷徨(W)大后の章
作者:ゲン ヒデ
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霧に包まれた世界にいた。どこからか、声がする。
「讃良よ、未来をみせたが、どうかな?」
「あなたさまは?」霧に問いかけた。
「歴史を見守る役目をしている。役小角は、蔵王権現とか名付けたがね」
「なぜ、わたしに、未来を知らせますの?」
「いや、有間の死と、壬申の乱の時だけで、ほかは、そなたの思いこみだよ」
「では伊勢での、大津(皇子)を私が殺すという啓示は?」
「あれは、そなたと、入鹿の転生した倉造が、偶然、時代を超えて重なったので、あの者の考えていることが伝わったのだよ。わたしの意図ではない。人や物が、時代を越え行き来したから、そんな現象が起こった」

「では、先ほどの不思議は……」
「小角(おづぬ)が祈ったので、やむをえず、未来を見せた、……実はな、そなたの祖母・宝(皇極・斉明)が、偶然得た超能力で、歴史を自分に都合のいい未来に変えだしたから、異常が起こり始めた。そのまま行けば、軽大王(孝徳天皇)が、新羅と百済を征服してしまい、その後、唐との戦いに負け、大和が唐の領土に組み入られそうになった。『和を以て尊し』が心の根底にある、希な気質の民の国は、貴重でなあ。後の世での、大和……日の本が、世界で果たす重要な役割が、消えてしまう。そうならぬため、あれこれと計らったが、軽大王の死後にも、歴史が変に振れる。で戻すため、そなたにも働いてもらったわけだが、歴史のゆがみを戻すのは、やっかいなことよ、……なあ持統……いや、鵜野の讃良よ、毎年の台風や、よく起こる地震で、肉親を失いながらも、懸命に生きてゆくこの国の民を、いじらしいと思わぬか。世界中には、色々な民族がひしめき合っているが、わたしは、この国の民を気に入っている。気に入ってはいるが、歴史は、見守るのがわたしの務め。だがこの異常に、やむを得ず、こそこそと人の心に取り入り、細工している。……鵜野の讃良よ、さっきの歌で目がさめたようだが、その心、大事にしろよ。啓示はこれでお終い、じゃあな」
 
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