作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 ゼンじいの後ろで成り行きを黙ってみていたクマは、ピストルを片手に隠し、カトーが油断するのを待っていた。カトーの注意力がカズマと地下室に集中している。ようやくチャンスが来た。クマはゼンの肩越しにカトーを狙い、引き金を絞ろうとした。その時、クマの行動に気がついたゼンが振り向き小さく首を振った。
「撃つな」
「どうして?」
 クマは困惑して小声で聞いた。
「これもカズマが超えなければならないカルマだ」
「カルマ?いつからじいさんは仏教徒になったんだ。あんた、科学者の好奇心で危険を犯そうとしている」
 クマはゼンの耳元で囁いた。
「かもしれん。しかし、過去からのメッセージをワシは知りたい。その結果、何が起ころうともな」
 クマは黙ってゼンの顔を見つめた。
 カズマは暗闇に続く階段を一歩踏みだした。50段ほど下ると踊り場があった。折り返して再び急な階段を50段ほど降りると、扉に突き当たった。扉の横についている開閉スイッチはすぐに分かった。
「開けるぞ」
 カズマが開閉スイッチに触れると、音も無くドアがスライドして開き、室内の照明が灯った。カトーがカズマを押しのけて部屋に入った。
「なるほど、ここが遺跡の中心か」
 ドーム型の天井の下に広々とした空間が広がっている。中央に集中制御を行うパネルのついた半円形の机とイスがあるだけだった。
「ここが運転席か?まあ、玉座というべきところかな」
 カトーが中央のイスに座ろうと歩き出したとき、ミハルが、ゆっくり目を覚ました。
「ここはどこなの・・・」
「ミハル、目が覚めたか。気分は」
「パパなの?私、怖い夢を見たわ」
「もう大丈夫、夢だよ。全部」
 ハラダはミハルをぎゅっと抱きしめた。
「そんなにきつく、パパ、痛いわ」
 カズマは、ミハルの顔を見つめた。ミハルはカズマの視線に気付き、にっこりと笑みを浮かべた。玉座に座ったカトーがミハルに声をかけた。
「お嬢さん。お目覚めか。父親を殺した男に抱かれて悪い夢を見ませんでしたか」
 ミハルは、顔を曇らせ、吐き捨てるように言った。
「フン、下衆なオカマ野郎のウソを誰が信じるものか」
 カトーは座席に置いてあったヘルメットを装着しながら、
「ウソかどうかはハラダに聞いてみることだな。ハラダはここでおまえの父親を密殺した。目的は一つ、おまえの母親であるフジムラを独占するためだ。しかし、ハラダがぐずぐずしているうちにフジムラは私の女になった。ハラダは母親の代用品としてその娘を育てたという訳だ」
 怒りに耐えかねたカズマがカトーを組み伏せ、殴り飛ばした。
「それ以上、くだらねえことを言うな」
 カズマは怒鳴った。二人は組み合いながら、床を転がった。カトーはカズマの胸に拳銃を突きつけた。
「カズマ、もういい」
 ハラダは二人を引き離して言った。
「カトー、タケがどうなったか教えてやろう。知ってから座るのも悪くないだろう」
「良かろう話してみろ」
 カトーが答えたとき、カズマはハラダの顔に一瞬、笑みが浮かんだのを見逃さなかった。しかし、その表情が何を意味しているのか、その時のカズマには想像すらできなかった。
 ハラダが静かに話しを始めた。
「俺とタケはドクターゼンの目を盗み、この部屋に入った。シートに座ることはドクターに固く禁じられていたが、俺たちは内緒で試すことにした。どちらが先に座るかはコインで決めた。勝ったタケは『お先に』とシートに座りヘルメットを被った。すぐにシートを囲むようにバリアーが張られ、タケはヘルメットの下でなにやら陶酔した表情をしている。危険を感じた俺は『ヘルメットを脱げ』と何度も叫んだが声は届かない。体あたりしたが、バリアーのおかげでタケの身体に触ることもできない。そのうちにピラミッド全体が振動を始め、ドームの天井から降り注ぐ光がタケを包んだ。数秒後、光の中でタケの体は輪郭を失い、やがて消えていった。残ったのはそのヘルメットだけだ」
 沈黙がドームを包んでいた。
「タケの身体が消えただと。まさか。そんなことがある訳がない」
 カトーは鼻で笑った。
「俺はすぐにヘルメットを被り、タケの後を追った。タケはどこかほかの世界に引き込まれたと思ったからだ。そこに救出にいくつもりだった」
「嘘を言うな。人体を消滅させるなど不可能だ」
「なぜ、おまえに否定ができる。おまえはあのシナノを見たじゃろう。この遺跡の科学力は人智を超えている。タケがなぜ消えたのか仕組みは分からん。だが、タケが忽然と消えたのは事実じゃ」」
 ゼンがカトーに言った。
 ハラダはカトーからヘルメットをひったくりと、背もたれに身体を任せてどっしりと座り、ヘルメットを被った。
「しかし、ごらんの通りだ。俺が座っても何も起きない」
 カトーはハラダを見下ろしながら満足げに笑った。
「なるほど。思った通りだな。私は確信を深めた。ハラダ、おまえがいくら望んでも、遺跡は何も答えまい。なぜならおまえは遺跡の後継者ではないからだ」
「どういう意味じゃ」
 カトーは勝ち誇った笑顔で答えた。
「タケは後継者の可能性を持っていた。しかし、あいつには何かが足りなかった。だから遺跡に淘汰されたのだ。この遺跡から生まれたものこそが後継者たるのだ」
「ならばカズマこそが正真正銘の後継者じゃろう」
「その通り。しかし、私も正式な後継者なのだ。なぜなら、私もここで生まれた。カズマより20年以上前にな」
 カトーは自分の生い立ちを語り始めた。
「40年前、貧しい貿易商だった私の両親は、この地を幌馬車で旅していた。ある日、ひどい砂嵐に巻き込まれ道に迷い、数日間砂漠を彷徨うことになった。もはやこれまでと死を覚悟した時、目の前に巨大なピラミッドが幻のように現れた。その陰で肩を寄せ合って休んでいると、突然、側壁が開き、中から使者が現れた。使者は、赤ん坊が入っているカプセルを二人に差し出した。使者は有無を言わさず、100個のカプセルを次々にピラミッドから運び出した。
「この子供たちはピラミッドの後継者だ」
 と、言い残しピラミッドに帰って行った。嵐が去ったとき両親は100個のカプセルを幌馬車に積み込んで人里を目指した。走り出してふり返るとそこにはもうピラミッドは陰も形も無かったという」
「ピラミッドから使者が来たと言うのか」
「そうだ。ドクターゼン、あなたがいなくても遺跡は何年かに一度、子供を生み続けていたのだ」
「しかし、運良く生まれたての子供が外界の人間に出会わないときはどうなる」
「砂漠の日光にあぶられて骨になるだけだ。両親は100個のカプセルを幌馬車に乗せ村々を回った。その間、カプセルの中で子供たちは飲み食いもせず眠り続けていた。関東には子供がなかなか生まれない地域が多く、行く先々の村で子どもたちは高く売れた。両親は、最後まで売れ残ったカプセルを自分たちの子供として育てることにした。つまり、それが私だ。両親は私が軍に入隊する年にこの話しを聞かせてくれた。私はにわかに信じられず、親の妄想としてすぐに忘れることにした。しかし、私はドクターゼンの研究データーを見たとき、私の親が言っていた、ピラミッドの使者が事実だと思い知ったというわけだ」
「カトー、という事は、おまえ以外にカプセルの子供は99人いる、ということか」
 ゼンが興味深げに聞いた。
「そう。ただし飢えと汚染と内紛、略奪で壊滅した村がほとんどだったから、運良く生き長らえた子供はごく僅かだったでしょうね。タケは多分その中の一人に間違いありません。なぜなら、私とタケはお互い、共通点を感じていました。まるで双子の兄弟が互いを意識するような直感的で瞬間的なものでしたが、確かに二人とも感じていました。現象面でみればもっと分かりやすい。今の時代、多くの男が子種を無くしている。同期入隊の50人、皆、肉体的にも頭脳的にもずば抜けた軍のエリートにも関わらず、子種を持っていたのが私とタケだけだった。汚染された現代人に比べ、我々の肉体はパーフェクトに近かった。滅びかかった人類を救うため、私たちは過去から送り込まれたエリートなのです」
「笑わせるな。何がエリートだ」
 クマが怒鳴った。
「信じなくても良い。私は今、激しいデジャブに襲われている。この嵐のようなデジャ・ブこそピラミッドの主の証明に違いない。カズマ、おまえは感じるか」
 カズマは首を横に振った。正直、何も感じなかった。
「フン、できそこないめ。途中でチューブから出されたおまえは正統な後継者にはなれない。おまえやタケのような中途半端な男が座ると、この玉座は拒否するのだ」
「タケやカズマがダメで。おまえが正統だというのは理由はあるのか」
 ハラダが問う。
「信じる力だよ。まあ、そこで見ていろ」
 カトーはシートに座った。シートの肘掛にグリップがあり、カトーがそのグリップを強く握ると、0.1mmの針が親指先端に刺さり血液をほんの僅か吸った。
 スクリーンに2つのDNA螺旋の立体映像が映し出された。一つは薄いグレイで色がついていない影のように見える。もう一本は艶やかな色に着色されている。二本の螺旋は回転しながら交じり合い、やがて鍵穴に鍵がはまるようにカチリと重なった。同時に天井から強い光が照射され、カトーの全身を包み込んだ。緊張していたカトーの表情が緩み、歓喜の声を上げた。
「見える。なるほどこれが人類最強の兵器なのか」
 カトーは独り言を言った。もはや周囲は目に入らないようだった。カトーの周囲に電磁バリアーが張られ、眠りから覚めたようにあらゆるメーターやモニターが一斉に点灯した。ドームの壁は巨大スクリーンとなり外界の景色を映し出した。
「手に入れたぞ、俺は」
 カトーの眼にはヘルメットから視覚神経に様々なデーターが直接送り込まれてくる。
「そうだ、飛べ。世界は私のものだ」
 カトーは狂ったように叫んだ。
 ピラミッドが大きく揺れ始めた。
「奴がピラミッドの後継者に選ばれたぞ。いかん、いかん。カズマ、カトーをシートから引きずり降ろせ」
 カズマはバリアーを突き破ろうとしたが、透明なゴムが周囲に張られているかのように、近づくと弾かれてしまう。
 カトーはシートに座ったまま、蒼白の顔でスクリーンを眺めている。
「連邦軍が向かってくる。よし、まずあいつらを殲滅してやる」
 スクリーンに連邦艦隊が砂埃を立てて向かってくる姿が映し出された。スクリーン上にターゲットマークが映し出されていた。それは自動的に標準を合わせているようだった。
「そうはさせるか」
 ハラダはカトーに向けてマグナムを連射した。カトーは殺気を感じ身構えたが、弾丸はバリアーで止まり、床にバラバラ落ちた。
「素晴らしい防御システムだな」
 カトーは感心するようにつぶやいた。
「ここにいる4人の男を皆殺しにしろ。ただし女は私の下僕にする、生かして捕えろ」
 天井に備え付けられたレーザービーム砲が一斉に照射された。
「脱出しろ」
 ハラダは叫ぶとまだ足がしっかりしないミハルを抱えて部屋を飛び出した。その後にゼンとクマが続いた。カズマはカトーが捨てたビームガンを拾い上げ、部屋を出た。
 階上の人口受精の部屋には、武装した自走式ロボットが待ち構えていた。
「ピラミッドの使者のおでましだぞ」
 ハラダが叫んだ。
 ロボットは二足歩行用の脚をもち、両足をつなぐ骨盤の上に細い胴体を乗せて立っていた。肩の上には一眼をもつ顔があった。機能優先で設計された姿は、いびつで醜く、一見すると骸骨のような形をしている。汎用ロボットらしく、自動小銃を両腕で胸に抱えるようにして構えていた。
 ハラダは走りながら、ロボットの膝の関節を打ち抜いた。
 ガイコツロボットはあっけなく階段を転がり落ちた。
 カズマたちは体を寄せて階段を転がるロボットを見送った。クマはロボットが転がりながら落とした自動小銃を拾い、ロボットに向けて乱射した。
 人工授精用のチューブの脇を走り抜けるとさらにもう一機が目の前に現れた。今度のロボットは脚をもたず、下膨れの丸みがかかった装甲で覆われており、手の生えたこけしのような不恰好な形をしている。
「また、別の使者が来たぜ」
 ハラダが怒鳴りながら、マグナムを構えると、コケシロボットは手首から爬虫類の舌のように伸縮する鞭を出してマグナムを弾き、同時にハラダの脚を払った。ハラダはミハルを抱えていたため、俊敏な動きができず、床に転がされてしまった。コケシロボットは躊躇することなく、ミハルをかばうハラダの背中めがけて銃撃を加えた。
「ハラダ、危ない」
 カズマは叫び、咄嗟にビームライフルでロボットを破壊するが、すでにハラダは背中に数発の銃弾を受けていた。コケシロボットは鞭の先をミハルの腕に絡めて掴んだ。目覚めたばかりのミハルは体の自由がきかず、ロボットに引き寄せられた。カズマはハラダを人口受精用のチューブの後ろに引っ張りこんだ。ハラダは、
「カズマ、ミハルを頼む」
 と苦しそうに顔を歪めた。クマが手馴れた手つきで止血をする。
「少佐、少し痛みますよ」
 クマは自分のシャツを脱いで切り裂き、傷口に巻いた。
 ロボットはミハルの体を盾にするように両手首を掴み、銃弾からの攻撃を避けようとした。
 カズマの怒りが爆発した。
 カズマはロボットに飛びついた。ロボットはカズマを振り払う。カズマは床に叩きつけられたが、すぐに立ち上がり再び背中に飛び乗った。ロボットはミハルを抱えているために、有効な攻撃がきない。
「カズマ、このロボットに頭脳はない、集中制御されている、コントロール用の受信装置がどこかにあるはずだ、そこが弱点だ」
 ゼンじいは、携帯端末にコケシロボの投影図を映し出した。
「どこだ、受信部は」
「ゼンじい、ガイコツに囲まれたぞ」
 クマが叫んだ。ドーム内に配置されていた10数機のガイコツ型の攻撃ロボットが、自動小銃を構えている。皆殺しのタイミングだった。起き上がったハラダが、
「こいつら、どうして撃ってこない」
 半信半疑でつぶやいた。
「どうした、壊れたか?」
 クマが一歩二歩と踏み出すと、クマから一番離れた場所にいるロボットが発砲した。クマは慌てて戻り、弾丸は壁にめり込んだ。
「わかった。奴らチューブに弾が当たるのを避けているんじゃ。みんなチューブを背中にするんじゃ」
 ゼンが叫んだ。ハラダはチューブを背中にして、マグナムで次々にガイコツロボットを粉砕した。
 カズマはコケシ型ロボットの首の付け根に、受信用のアンテナを発見した。小さな黒い半透明のカバーが嵌められている。
「防弾ガラスか?だが、これだけ至近距離だ。なんとかなるか?」
 カズマは銃口をカバーに当てて弾丸を打ち込んだ。銃弾は貫通してアンテナを壊した。コケシロボは停止した。カズマはミハルの手から鞭を外し、抱き上げると出口に向かい、階段を駆け上がった。ミハルは怯えた眼でカズマを見ていた。
「大丈夫、俺が安全な場所に連れて行く」
 カズマはミハルの耳元で囁いた。ミハルはカズマの肩に回した腕に力を込めた。
 カトーはカズマたちが必死で戦う様をスクリーンで見ながら薄笑いを浮かべた。
 スクリーンには様々な情報が同時に映し出されていた。
 その中には刻々と近づく連邦軍の艦隊の映像もある。
 カトーはそれらを観察しながら、どうしたいか「思う」だけで、ピラミッドの中枢が適格な処理をしてくれた。
 
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