作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜最終版
作者:光夜
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よく晴れた日曜日、今日は文化祭当日だった。
「斑鳩君、覚悟!」
ちゃんばらの棒を持った銀がシン目掛けて突き進んでいった。
「今日こそ本気で決着をつけるからな、青山」
もう付き纏われるのはごめんとばかりにシンは渾身の一撃を銀に与えた。
「きゅ〜……」
「銀、ばかね」
ステージの外で見ていた薫が頭を抱えて言った。
「まいったか、もう俺に付き纏うなよ青山」
「うう……だ、だめだ!勝つまで絶対に諦めないからな〜」
脱兎の如く銀は走っていってしまった。だったらもう一度戦えば良いのにと思ったがそうかと思い出す。
二人は喫茶店の仕事もあったんだ思い出したが次のお客が来事を確認してすぐに忘れてしまった。
と、ステージに上がってきた人物を見て少し顔をゆがめた。
「よお、勝ったら旅行券くれるって本当かよ孝太」
「夜叉、おまえ自分のクラスはどうしたんだ?」
「ああ、あれはだめだ。なんでか客がこねえ。暇だからここに来たんだよ」
喋るたびに彼の顔はキラキラと光っていた。
「つうか、ピアスいくつめだよおまえ」
孝太は夜叉の口周りに出来た輪のパレード見た。どう見ても人がするピアスの数じゃないだろうと、なんだかどこぞの部族がつけるような物まであった。
「んなこたどうでもいいさ、いくぞ」
ぱん、とゴムの刀を自分手で叩いて合図をする。
「おい、斑鳩何処に行くんだ?最初はお前だろう」
孝太を横切って控えるシン、訪ねる声も聞いていないのかシンは手を振って。
「だめだ、あれは孝太の管轄だろう。俺の手におえないよ」
そう言うと後ろの方へ下がってしまった。
「逃げたな…………くそお!」
仕方なく順番を代えて孝太は夜叉に走り出した。
ぱしん、ぱしんとゴム同士が叩かれる音が響いた。
「はい、シン君」
「ああ、ありがとう」
葵は休憩しているシンにドリンクを渡す、確かにサポートが居ないと結構疲れるイベントだと今更ながら彼は思った。
それでもこの企画は大成功のようだ、人数制限をしてまで挑戦者を計ったが、集まりが悪く結局全員勝てぬまま飛び入り参加まで承諾されてしまった。参加者無制限はかなり無謀だが、責任は孝太が取ってくれるだろうと三人は思っている。
このままだと決着がつくまで終わらないか、最悪企画者たちが商品をゲットするような羽目になってしまう。企画の主犯がこの二人ならばそれも考えられる。
「勝たせてあげたいけれど、負けるわけにもいかないからな」
「だね、終わり頃になったら危うくなる場面とかも入れてあげたらいいんじゃないかな、盛り上がるかも」
「ああそれ名案だ、終了間近で一人ぐらいやられる場面も必要だな。いつまでも商品を置いておくわけにもいかないし」
「うん」
と、そこまでの名案を出しておいて尚、長期戦に持ち込むあたり孝太と息が合うのかもしれない。
「…………」
けれど、そんな時間もあと僅かなことも知っていた。
先刻、校門から見つめる目があった。ローゼンだった、彼は何かを訴えるような目をしながらシンを見ている。
(ローゼン、判っている)
言いたいことはシンも解っている。小さく頷いてローゼンに気づかせた、彼は何も言わずただ踵を返し校舎へ消えていった。
「おい、人手が足りないのにローゼンは何処に行ったんだよ!」
「しらんわい!校庭にいたって言う情報もあったけどガセじゃねえか!」
校庭では喫茶店の人手が足りない事を大声で宣言しながらローゼンを探すクラスメイトが二人。
(はは、本当に逃げてんのか、あいつ)
口元を引きつらせてシンは笑った。
そのあと昼の休憩を挟んで校舎内の出し物を見て回った。
的当て、くじ引き、お化け屋敷、自分たちの作った喫茶店の状況観察、各部活の様々な出し物等、この日楽しめるだけのものを楽しんだ。
「楽しいね、シン君」
「ああ、こういう日があっても悪くないな」
楽しげな言葉は本心からであり、葵も頷いた。けれどもシンはすぐに黙ってしまう、何かを考えてるのは明白であり、葵も問いただす事は無かった。
「斑鳩、次あっち行こうぜ、あっち」
「あ、孝太待ってよ〜」
楽しい時間は過ぎるのが早いと言う、それはいつの時代も同じだった。
「夕日、か」
気づけば、窓からは茜色に染まった空が見えた。文化祭の片付けは振替休日を挟んだ平日にやると、この学校では決まっていた。今日はこのまま全員が帰宅となっている。
「あ〜、疲れた。結局青山の奴四回も挑戦しやがって」
「でも最後は薫ちゃんに連れて行かれちゃったね」
「しかも全部、負けて」
「あいつ、往生際が悪すぎだ。斑鳩に勝つならもっと練習して来いっての」
午後のチャンバラの続き、銀はあの後三回も挑戦してきて全てシンにのされてしまったようだ。五回目を行うべくステージに上がろうとして後ろから薫に殴られてしまった、喫茶店の人手が足りない時に遊んでいる銀にキレたようだ。
それでもイベント自体は大成功だったようだが、どうも主犯の二人がくたくたのようだ。
「でも孝太、合計で五十人は倒したじゃない。侍だったら大手柄だよ」
「あのなあ唯、今は平成だぞ。髷の時代と一緒にするな、刀だったら死んでるっての。それに結局商品の旅行券は残っちまったし」
ぱさり、と寿の封筒を机に滑らせた。
やはりプライドの高い二人は商品を渡せなかったようだ、実際演技で疲れているような事をアピールして一人は倒されるみたいな事もしたがそんな演技も虚しく誰一人として二人には勝てなかった。
「でもこの間まで使ってじゃん、刀」
二人の会話を見ながら仲睦まじいとはこの事かなどと頷いた。
と、葵は振り返る。
「今日はご苦労様、シン君」
今日一日の労をねぎらう言葉、その笑顔が印象的だった。
「どういたしまして、葵もご苦労様」
「うん」
二人で笑った、そう言えばと葵が思い出した。
「でもイベントランキングは優勝できなかったね」
「そうだな、いい案だと思ったんだが演劇部に持っていかれるとは思わなかったよ」
そうだった、この文化祭の目的は生徒会が裏で行っていたイベントランキングの優勝を掻っ攫う事だった。ローゼンにいいように動かされたシンのクラス、結局のところ二位で終わると言う結果に。
だが初の大型イベントで二位を取ったと言う事はかなりの大手柄、なのだがどうもクラスの皆さんは不満のようで怒りをローゼンにぶつけようと探し回っていた記憶があった。
「ローゼンの奴、結局逃げ回っていたな」
「うん、みんな怒っていたみたいだけど。どうかな、どっちかって言うと楽しんでいたみたいだね」
当然だ、とシンは頷く。店が繁盛した事は揺ぎ無い事実、その有り余る有意義さをローゼンにぶつけようとしているに過ぎない。
「文化祭は成功、俺達のイベントも。来年はもっと頑張るといい」
シンは机に肘を乗せて言った。
「そうだね、来年は最後の文化祭だもん。絶対に優勝を取らなきゃ」
葵も孝太と唯がいまだ口論している方を見ながら頷いた。隣で聞いているシンも満足そうだった。けれども。
「でも、それっておかしいよね」
葵はすぐに声のトーンを落として消え入りそうな笑いに変わった、どうしたのかとシンも体を起こす。
「何か、おかしかったかな」
唐突の沈黙は孝太と唯の口論を止めてしまった。三人が三人とも葵の言葉を待った。
「うんおかしいよシン君、「頑張るといい」なんてまるで来年は私達だけで文化祭をしてシン君は居ないみたいな言い方だもん………おかしいよ」
小さく唸る声はシンの喉から聞こえてきた。孝太と唯、今度はシンへと目を向ける。二人ともどう言う事だと聞きたいかのように。
「斑鳩、何か話しが在りそうだな」
核心に触れるために孝太は訊いた。シンも隠す必要は最初からないのだからと、苦笑した。
「そうだな、自分ではいつも通りだったんだが、やはり考え事をしながら遊ぶのは良くないな」
自分の挙動がいつもよりも暗かった事に今更ながらに振り返る、どんなに自分を偽る布を被った所で葵にはおかしいと言う事しか気づけなかったようだ。
「何か、あったか?」
もう一度、核心に触れる言葉を孝太が聞いた。
小さくシンは頷いた。けれども何から話そうかとシンは考えるばかりで口をあけてはくれなかった。
「私が説明しましょうか?」
と、入り口から今日一日姿が見えなかった金髪の姿。誰もが首をかしげた。
「いや、自分で言うよ。正直に、全部」
シンは手でローゼンを制して静かに笑った。
「そうですか」
手近な椅子に手をかけるとローゼンは腰をかける。
「単刀直入に言うと、ここを出て行こうかと思ってな」
「え―――」
唐突な言葉に誰よりも強く葵が反応した。こことは学校ではない、この町のことだとすぐに理解した。
「細かい話は昨日ローゼンがしてくれたんだ、俺たちが倒したタイラントはどうやらHVDの一角らしいんだ。それもイリスが勝手に作ったはずれ者。本体となっているのはいまだ機能を危うい状態のまま留めているIAD機関だと言う。だからそこまで行こうかなって」
大まかな説明でシンはすまなそうに終わらせた。そんなことよりも孝太は訊きたかった。
「まてよ、それって何処にあるんだ、日本か?」
「ローゼンが知っている、もともとそこから来たらしいからな」
孝太は当然話すであろうローゼンへ目を向ける。
「はい、私も嫌気がさしましてね、どうせなら機関ごと潰そうと思ったんですよ。そのほうが地球にも優しいでしょうから」
環境庁の人のような言い方をローゼンはした。だが目的とする事は苗木を植える事よりも大変だ。
「そんなに危険じゃないと思う、ただシステムを止めに行くだけだからさ。こっそり行こうとは思っていたんだけど俺は演劇部向きじゃなかったらしい」
そう言ってまた苦笑した。
「斑鳩……………」
孝太は睨むようにシンを見た。
「お前がそれをやる義務があるのか、まさか、親父さんの敵討ちなんて言うんじゃないよな」
「まさか、もうそれは終わった事だ」
シンは本当にそうではないと、力強く孝太に言った。そこに誤魔化しの笑いは無く、本当に敵討ちは関係ないと言う気持ちが伝わった。けれども。
「違うんだよ孝太、毒食わば皿までじゃ無いけど、あんな化け物をほうっておくわけにも行かないだろう、それにさ―――――――」
けれど、なんだと孝太は苛立った。
「それになんだ!お前がそんな下らない事をしてどうするんだよ、帰って来て半年しか経っていないってのにまた葵を待たせる気か!」
「…………………っ」
孝太が怒っているのはそれだった、己の役割を一時とは言え放棄する価値がそれにはあるのだろうか、ローゼンが言い出したことにシンが従う理由が何処にあろう。
それは判っている、葵がどれだけ待っていたかぐらい判っている。
でも今、決断しなければもっと酷い事になるかもしれない。それだけは厭だ、病院にはHVDの被害で怪我をした人間が居た。そんな人たちを増やすなんてことは出来ない。
だから―――――――
「判っている、葵がどれだけ待っていたかなんて痛いほど知っている。けれどもう決めたんだ」
「もう決めたってだけで、人を困らせるのかよ!お前は!」
ばん、と孝太は机を叩いた。シンが憎くて怒っているのではない、ただ唐突過ぎる展開に頭が付いて行かず混乱しているから、自然と大声になってしまっている。
「でも、孝太。俺がのうのうとここで生活してもHVDは作られる。そうなると怪我をする人間が増えるんだ。俺は一人を守って他を見捨てるくらいなら他を守って一人も守る!これは気持ちの問題で口では表せられないんだ」
ばん、と机を叩き返す。真っ直ぐに孝太を見据える、それはもう戻れない決意の眼差しだった。孝太は、ドサリと椅子に腰掛けた。
「…………変わら、ないんだな」
「ああ、絶対だ」
返答早く、声は揺るがない。
「葵は、どうするんだ………」
孝太は、葵に振り返った。それだけは訊かなければ。
正直、理不尽すぎる答えに泣いているのではとも思った、だが――――――
「大丈夫だよ、今まで待ったんだからこれからも待てるよ」
完全に相手を信用した目、この彼にしてこの彼女あり。孝太は頭を抱えた。
「でも、すぐに帰って来てくれると嬉しい、かな」
なんて、笑顔で言ってくれた。
泣いている笑顔、それをばれまいと必死に笑っている。
「………勝手にしろ、いいか俺は着いていかないからな」
「当然だ、孝太が来る通りは無い、だからこれを持っていてくれ」
かた、と机に斑匡を置いた。
「必ず取りに戻ってくる、それまで持っていてくれ」
「………なら、俺にも条件をつけさせろ、そんないつになるかも判らない約束できるわけが無いからな」
「判った、なんだ」
孝太は、指を二本シンに突き出した。
「二年だ、二年で一回戻って来い。生きているかどうかぐらい確かめさせろ」
「…………孝太」
「ふん、それを守るなら行って来い」
照れくさそうに不貞腐れて孝太は言った。隣の唯は笑顔で頷いてくれた。
「判った、約束する。二年だ、二年で戻ってくる。葵」
「絶対、だからね……」
見れば葵の目には泪が見えた、少しシンは驚いてしまったがすぐに笑顔に戻る。
「いい加減だとは思うけど、ちゃんと戻ってくる。あと少しだけ待っていてくれないか」
「うん、大丈夫だよ。ちゃんと、待ってるからね」
返事を聞きながらシンは泪を拭いた。そうして、そっと唇を重ねた。
「行って来る」
赤く染まった校門に五人はいた。どうやら今日から行ってしまうらしいシンは帰り道も違うようだった。
「いいか、絶対に戻って来いよ」
「ああ、それまで二人を頼む」
孝太は最後まで不機嫌そうに、それでも信頼の印として目を離さなかった。
「斑鳩君のことだから信用するけど、葵を泣かせたら私がお仕置きするからね」
「はは、そうならないように気をつけるよ」
唯とは冗談交じりの会話をした。
そして――――
「葵――――――――」
ちゃんと返事をしなければとシンは葵をじっと見ている。
「いってらっしゃい、必ず帰って来るんだよ」
「ああ、絶対だ、必ず帰ってくる」
「うん、さよならじゃないからね」
「ああ、だから言わない」
しばしの沈黙、タイミングがあったのかシンは一呼吸置いて。
「行って来ます、葵」
「うん」
そうして少年は歩き出した。
本当に短い時間だったがそれでも楽しい時間だった。
今度会う時は約束の時、果たせなかった約束とこれから果たす約束を背負い、刀の少年と金髪の青年は自分の使命を果たしに歩き出した。
全てが終わった時、彼らはどうなるのだろうか。
知っているものは誰も居ない、全てを決めるのは自分自身だから。
「ローゼン、それで何処に行くんだ?」
「そうですね、機関が引っ越したようですからおそらくロンドンでしょうか」
互いに違う道を歩きながら少年と少女は出会う。
だが約束がある限り、必ず彼は戻ってくる。
彼女はただそれを頑なに守り続けるだろう。
二年と言う時間は長い、けれどもそれ以上に自分は待っていた。
ならそれはすぐだろう、信じ続けて待てばいい。
今度は二年後に会いましょう。
それまで、どうか元気で居てください。愛しい人へ―――――――
――――――――――と、
校舎の窓辺―――――「姐さ〜ん、おいらを忘れないで〜」
記月記は悲しかった。
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