作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 家でもずっとタナーと呼ばれていた。
 家族が僕の本名を呼びたくない気持ちは、幼いながらもちゃんとわかっていたはずだ。
 だって僕はタンラート=ゾナチウムだから。
 小さいときはなぜ自分だけ家族と名字が違うのかわからなかった。
 僕は自分がもらわれ児だとは知らなかったから。
 十歳で僕は軍に入隊した。通常より少し遅い入隊。入った理由は家庭の事情が大半だった。
 僕の生まれた町は、工芸品を中心に生活を支えている小さな観光地だ。
 しかしそれも一部の年配層の女性が主で、残りの大半は外へ出稼ぎに行き生計を立てる。
 僕の家はそんな数少ない工芸品店だった。家族は両親と父方の祖母と年の離れた兄が二人いたが、二人とも出稼ぎに行ったまま帰らず蒸発してしまった。だから記憶の中の兄達はとても曖昧でモザイクのかかったような静止画としか思い出せない。
 しかしそれは当然だった。実際に僕が兄と顔を合わせていたのはたったの半年なのだから。
 なぜなら僕はこの家の子供ではないからだ。
 僕はとても発育が遅かったらしい。本来なら言葉を話してもいい時期に、まだはいはいすら出来なかったという。
 そのため捨てられたところを、今の両親がやむを得ず拾ってくれたらしい。しかし既に食べ盛りな十五と十二の二人の息子を持つ家庭にとって、僕の存在は経済的に大きな負担を与えた。そのため兄達は出稼ぎに、父も仕事を転々と回るようになった。
 それに気付いたのは九歳も終わる頃だった。兄達との連絡が切れた事で両親が喧嘩を始めてしまった。
 『あんな見ず知らずのガキを連れてくるからこんなことになるんだ』父は叫ぶように言った。
 『引き取り手がないんだからしょうがないでしょう。私だって嫌だったわよ』母が泣きながら言った。
 そばで見守る優しい祖母でさえ、僕を守る言葉を吐こうとはしなかった。
 そう。両親は僕のために僕を引き取ったんじゃない。僕に死なれたら困るから助けたんだ。
 わかってる。観光地で子供が死ぬことは、致命的なイメージダウンにつながる。だから匿ったも同然に引き取ったんだ。
 今なら簡単にわかることを、当時の僕はない頭で必死に考えた。
 そして決意した。強くなって、この家の負担にならないようになるまで帰らない。
 僕は軍に入った。たかが十の子供にできる仕事などたかが知れている。だから収入は十五になるまでないが衣食住の心配をしなくて済む軍へ入隊することを決めた。
 家族には一切の相談無しにある日突然家を出た。給料のもらえるまでの五年間、死に物狂いで自分を鍛えた。そしてようやく出た給料は八割を実家に匿名で送り付けた。
 しかしそれは生活の足しになる額ではない。
 帰れない。自分があの家の負担にならず共に暮らすためには、もっと金が必要だった。
 帰れない。
 帰れない。
 金が必要だ。
 そのためにはもっと上に行かなければいけない。
 もっと
 もっと上だ。



 そんな矢先、僕の運命を反る出来事があった。



 ニヒダより西に百二十キロ程行った所に、タンビリーという小さな国家があった。それまでは穏和に貿易を交わしてきた両国だか、些細な意見の食い違いから戦争へと発展してしまった。
 タンラートが十七になったばかりの頃だった。小さないがみ合いは次第に威力を増し、ついには両国同意の上本格的な戦争にまで発展した。
 人数的に圧倒的に不利なタンビリーだったが、古くから武術に長けた種族として有名であっただけあって、ニヒダ側にも大変な苦戦を強いられた。
 そして長引いた戦争も終盤に差し掛かった頃、人材不足にタンラートのいた部隊にも召集がかかった。
 重たいばかりの鎧を来て錆びた剣とひびの入った楯を手に、青年部隊という最低のネーミングを背負った男たちが、屍の山に出陣する。
 しかし恐怖で何もできなかった。
 その場に立ち、目の前の光景を見た瞬間に底知れぬ恐怖が沸き起こり、タンラートの思考を鈍らせた。
 真っ白の世界。無音の世界。そこに赤い絵の具がまかれ、飛び散る音が聞こえた。
 遠い記憶の僕が、まだまだ幼い僕が、見ず知らずの兵隊に斬られた。なのに血は一滴も出ず、ぐったりと消えていった。
 「何をぼぅっとしてんだよ!」
 後ろから腰を強く蹴られ地面に転がった。そしてすぐに喧しい金属同士のぶつかり合う音が耳に響く。振り返ると仲間の一人と敵軍の兵隊が刀を交えているのが見えた。
 彼はジール=ジライド。少年部隊からずっと一緒に厳しい訓練を耐えてきた、共に笑い悩みを相談し合った親友だった。
 彼は先月結婚したばかりだった。十九とまだ若いが相手の女性が既に二十五で、離れているため結婚を急かされやむを得ず婚姻のみしたらしい。その印に彼の薬指にはしっかりと銀の指輪がはまっている。
 彼は今僕に向かって振り下ろされた敵の攻撃を回避するため、僕を突き飛ばし代わりに刀をぬいてくれた。もし彼が庇ってくれなければ僕は血を流しながら地べたを這っていたことだろう。
 「気抜くな!」
 彼は刀を翻し切り伏せると、倒れた僕の腕を強く引き立たせた。
 全身血まみれの彼を見て急に臨場感が沸いて来た。僕は大きく頷くと柄を握り剣を引き抜いた。
 「ありがとう!」
 僕の言葉に安心したのか、ジールは走って行ってしまった。







 彼の背中を見たのは、これが最後。
















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