作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
← 前の回 次の回 → ■ 目次
「ただいま――!」×2意気高揚にいつもの教室に帰って来た亜由美と舞の二人。
「あれ? 誰もいないですね、先輩」
ガランとした教室を見渡して舞は言う。
「そうね〜、真人が来てるはずなんだけど・・・・」
と、亜由美も首を傾げる。「まだ、クラス会議やってるのかしら?」
真人から直接聞いた話だが、彼のクラスも文化祭の出し物を決めるので揉めているらしい・・・・。十月の頭にあるので、夏休み前に決定しないと準備が間に合わない。
大変なのよね、アレ――と、亜由美は自分のクラスの事を思い出して小さなため息を吐く。店のメニューを決めるのに何であんなに揉めるか・・・・!
と、その時。亜由美は視線の先の床が濡れている事に気が付いて
「何かしら・・・・?」
と、眉をひそめる。「舞。見て、ココ――」
そう言って彼女が舞の方へ振り返るのと、その舞の頭上から得体の知れないゲル状の物体が音もたてずに降りてきたのとはほぼ同時だった。
咄嗟に声を上げる亜由美。「危な――」
だが、叫んでいたのは舞も同じだった。強張った表情の彼女と視線が合う。
「先輩! 避けてっ!」
――っ?!
亜由美が一瞬遅れて自分の頭上を仰ぎ見る。視界はただ透き通ったブルーに塞がれている。次の瞬間、顔面にドブンと青い液体が弾みを付けて落下してきた。
な、何っ・・・・!?
天井から落ちてきた水の雫、いや塊が亜由美の顔全体を包み込む。
突然の事にもがく亜由美。しかし、引き剥がそうにも、相手が液体なのではどうする事もできない!
「先パ・・・・イ・・・・!」
苦しそうな後輩の声が途切れ途切れに亜由美の耳に届く。濁った視界の先で彼女は青い液体に体の自由を奪われてしまっている。
舞っ・・・・!
どう見ても舞の方が明らかにダメージが大きい。何とか抜け出そうとする亜由美とは対象的に、彼女は既にダウン寸前。このスライムのような液体は恐らく何者かに操られた水の思念体。『水』が相手では舞に勝ち目は無い――。
スカートのポケットに妖斬符が入っていた事を思い出した亜由美は、祈るような気持ちでそこを探る。気のせいか液体は大きくなっているように感じる。多少飲み込んだが今は一々気にしていられない!
妖斬符はすぐに見つかった。そして、亜由美は自分の顔にまとわりついて離れない思念体の中へ念と共に妖斬符を突っ込んだ!
――シャバン! と、スライムが弾け、亜由美の顔から悪意を持った液体が離れる。
「ッげはっ・・・・!」
さすがにむせ返る。しかしすぐに、亜由美は体勢を立て直す。舞を助けなくてはならない。
その間もスライムはまたその形状を取り戻し大口を開けて、亜由美に襲いかかる。
「ハッ!」
その攻撃は全て彼女の顔を狙ってくるものであった。そこに気付けば妖斬符を手に取った亜由美の敵ではない。
「舞! 大丈夫――!?」
自分を襲ってきたスライムを退けた亜由美は、舞を捕らえたスライムに妖斬符を放ち彼女を解放する。
水溜りの中に崩れ落ちる舞。妖斬符の威力が彼女を傷つける可能性もあったが、一刻の猶予も無い状況である。
「舞、しっかり!」
しかし、その亜由美の呼びかけに舞は反応を見せない。倒れこんだままピクリとも動かない。上半身を抱え上げ、舞の顔を覗き込む。
と、舞の口の端から、その液体が零れる。
まさか――。
亜由美の脳裏に最悪の状況が浮かび上がる。「――舞!」
「・・・・せ、・・・・せん・・・・ぱ・・・・」
「舞! 大丈夫なのっ」
「・・・・先、輩・・・・逃げ・・・・てッ・・・・!!」
ゴプッと水を吐く舞。その言葉に亜由美は耳を疑う。
「――ぁう!」
突然、呻き声を上げたのは亜由美だった。背後によろめきつつ胸を押さえて蹲る。「ま、舞・・・・!?」
「・・・・うぅ・・・・、・・・・!」
舞の拳が亜由美の胸を抉ったのだ。しかし、その表情はかなり苦しそうで何かの衝動を押さえ込むように舞の体は小刻みに震えているのだ。
・・・・舞! 操られて・・・・!?
痛みに亜由美の言葉は出ない。霞む視線の先で、大きな青い塊が舞を包み込むのが見えて、亜由美の意識は途絶えた。
← 前の回 次の回 → ■ 目次
Novel Collectionsトップページ