作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 「ななな何やってるんですか!」
 タンラートは久しぶりに慌てた。注意を促した相手に駆け寄る。
 「ダメですよ!絶対安静だって言われてるでしょう!」
 「仕方がないだろ。つまらないんだから」
 めんどくさそうに片目をつむりながら、ベッドの上で軽いストレッチをするロブが言った。タンラートがそれを力任せに押さえ付ける。
 「ダメです!」
 「体が鈍ったらどうするんだよ」
 子供っぽく悪態をつくロブに心の中で微笑みながら、タンラートは怒った表情を作った。
 「鍛え直せばいいんですよ」
 右手を塞いでいた重い書類を、音を立てて机に置いた。
 「これ今日の分です。目を通しといてください」
 「はいはい」
 欠伸を噛み殺しながらロブはそれに手を伸ばした。書類は茶色い紙で封をされていて、開封厳禁と書かれていた。
 「また、何かするんですか」
 タンラートが声のトーンを極端に下げて言った。自分には確認することの出来ない紙面に、不安を覚えた。
 ロブはそんな彼を見て、表情を厳しくした。
 「気になるか?」
 タンラートが顔を上げた。その瞳にはしっかりとイエスと記されている。ほんの一瞬だけ目を合わせてロブが書類にその目を自然に戻した。
 「ならないわけがないじゃないですか」
 「だったら早く来るんだな」
 「…」
 「この内容を知りたければ、そして内容に不満を感じた時、ただ言いなりに実行するだけではなく、自分の意見を伝え改善に導く。そんな先導者になりたかったら上に来るしかない」
 「…はい」
 つられるように目を厳しくしたタンラートが、真剣に頷いた。
 それを確かめるとロブは安心したのか、ふっと頬の力を緩め優しく微笑んだ。長年連れ添ってきた弟の新たな一面に、見守るような苦笑。
 「いや、それでいい。お前はそれでいいんだ」
 「なんですか急に」
 「それにしてもお前よくあんなに長い間一人でベッドにいれたよな。退屈じゃなかったのか?」
 ごまかすように再び口調を改め書類に目を向け直した。タンラートもこれ以上何も話さないだろうと、仕方なく話を合わせた。
 「別に、特に何も考えていませんでしたから」
 ふーん、とつまらなさそうに相槌をうって、書類を折って作った紙飛行機を飛ばした。しかしそれは地面に不時着する前に空中でタンラートに捕まえられてしまう。
 「真面目にしてくださいよ。それにこの部屋だって、どうしたらこうも汚せるんです」
 タンラートは周りを一瞥しながら呆れて言った。脱いだ服は脱いだ形のまま放られ、読み終わった書類も床を埋めるように散らばっている。
 「仕方がないだろ。痛くて動けないんだから」
 「またそういってはぐらかすんですから。ならストレッチもできないはずですよ」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、慣れた手つきで部屋を片付けていく。
 「本当、シェイとそっくりなん…」
 紙を拾う手がぴたりと止まった。せっかく拾った束をこぼしてしまう。
 「すみません」
 急いでしゃがみ込み拾い直す。慌てて紙の端で指を切ってしまった。紙面に赤い不定形な赤い水滴が二つ落ちた。
 「謝る必要なんてないだろ」
 「あ…」
 切れて赤くなった指を見つめながら、動けなくなったタンラートの頬を小さな汗の滴が流れた。
 暫くそのまま止まっていたが、ようやく我にかえるとポケットを探りハンカチを取り出した。指の血を拭き取ると素早く冷静に、気持ちを抑えながら紙をかき集めた。
 「…すみません」
 束を抱き抱えるように立ち上がり、床を見つめたまま背中にいるロブに謝った。謝ったところで何が変わるわけではないのはわかっている。それでも言ったのは誰かにこの言葉を聞いて欲しかったからかもしれない。
 「こいよ」
 ロブは書類を封筒にしまうと机の上に投げた。少しも嫌がる様子を見せず、ロブがタンラートを招き入れる。
 「すみません…」










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