作品名:雪尋の短編小説
作者:雪尋
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「マッチ売りの少女」



「マッチを買ってくださいませんか?」

 夕方の駅前で、制服を着ている女子高生に声をかけられた。マッチ売りの少女を連想するよりも早く、卑猥な、援助的な、売春と買春の気配を覚える。だが少女が手にしているカゴの中に入っているのは間違いなくマッチ。差し出しているのも、どこかで見たことのあるマッチだった。


「……ええと、いくら?」と尋ねると、彼女は「一箱百円です」と答えた。

 そりゃ高い。いくらここが東京といえどその程度のマッチなら、百円出せば3つは買える。僕はそう思いながらも、小銭入れから百円玉を取り出した。

 この女子高生に興味を抱いたのだ。
 なぜこのご時世でマッチを売るのだ。どうして制服なのだ。何者だよマジで。


「じゃ一つもらおうか。ところで、なんでマッチなんて売ってるの?」

「私の家バイト禁止なんですよ。だから放課後の時間を使って物売りでもしようかと」


 彼女は気さくに答えながら、百円玉とマッチ箱を交換してくれた。


「内職よりは儲かります。たまにカゴごと買ってくれる人もいるし」

「そうなんだ。変な人がいるものだね」


 そんなにマッチが欲しかったのだろうか。何に使うつもりだったんだろうか。

 っていうか、


「……どうしてマッチなんだい?もっと割の良い仕事があるだろ?」

「だからバイト禁止なんですってば」

 彼女は苦笑いのあとに、綺麗な笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、ありがとうございました」

 それはサヨウナラという意味の挨拶。

 僕は再び小銭入れから百円玉を取り出した。それを差し出すと、彼女は受け取る。


「援助交際とかと誤解されない? それに、警察だって声をかけてくるだろうに」

「その誤解はよくされますね。でも、マッチを売って少し話せばみんな逃げるように帰って行きますよ。警察が来たら謝って逃げます。そして、次の駅に行くんです」


 ふむ。なるほど。この子は変人なのか。
 しかし頭が悪いわけではないようだ。事実、僕は百円玉をもう一枚取りだした。
 彼女はそれを受け取り、僕にマッチを渡す。

 その一連の動作は実にスムーズで、僕のような客が他にもいること伺わせた。


「一日何時間くらい働いてるか知らないけど、どのぐらい儲かるの?」

「一時間くらいで三千円は売り上げますか。コンビニのバイトよりは楽に儲かるかと」

「そりゃすごい。さっき言ってたカゴごと買う人がいたら、もっと儲かるわけだ」

「売る人を選ぶんです。
 何の問題も無く買ってくれるような、優しくて好奇心旺盛な方を」


 百円玉を渡しながら「僕のような人間か」と言うと、彼女は可愛らしく笑った。


「そうですね。でも四つも買ってくれるとは思いませんでした。今日は良い日です」

「まぁ、珍しいからね。でも危ない人が多いから気をつけるんだよ。や、マジで」

「色んな人が声をかけてきますけど、引き際さえ間違えなければ結構大丈夫ですよ」


 会話が途切れるかと思いきや、彼女は会話を続けてくれた。可愛らしい笑顔は浮かび続けている。困ったな、聞きたいことがどんどん増えていく。


「バイト禁止なのにバイトする理由は?お金に困っているようには感じられないけど」

「社会勉強ですよ。それじゃ、本当にありがとうございました」



 ……上手い。会話をしてくれるかと思いきや、お別れの言葉だ。



 僕は千円札を取り出した。




 会社に戻ると秘書に怪訝な顔をされた。

「社長、そんな大量のマッチどこで拾ってきたんですか?」

 どうやら彼女にとってマッチは買うものではないらしい。そりゃそうだ。使い道が無いからな。だが僕はその大量の……カゴごと買ったマッチに使い道を見いだしていた。


「新しいビジネスチャンスの予感がしたんでね。あと、有能な人材に対する先行投資」


 思い描いたのは、都会にある無機質な販売方法とは真逆の、システム化された人情販売。家の近くにあるコンビニよりも、帰り道上にある、友達の働いている店の方に人は行きたがるものだ。

 発想は連想され、展開していく。

 会員制のコンビニとかどうだろうか。風変わりな物をメインに取り扱って、通なお客さんをターゲットにする。レジ打ちの際も気さくに会話を交わす、そう、まるで昔の商店街みたいな雰囲気を持つコンビニ。当然24時間営業。駅前。


(……難しい話しだな)

 展開した発想。それと同じくらいの否定的な意見を頭脳はたたき出す。

 しかし、それでも。


(サービスの濃いコンビニか…………水商売的な? うーん……)

 新しいアイディアが僕の頭の中で暴れ回っていた。

 無謀だとしても、馬鹿げているとしても、こうやって新しい事を考えている時間は何よりも楽しいものだ。


 僕がぼんやりとしていると、秘書の怪訝な顔つきがレベルアップしていた。

 苦笑いしながら僕は、彼女に一つ問いかける。



「君ならこのマッチ、いくらで買う? 俺はこれに三千円出したよ」


 その理由が、僕を楽しませる。




 ちなみに、マッチは心底使い道が無かった。

 きっとあのマッチ売りの少女は、マッチ売りの少女になるために、マッチを売っていたのだろう。




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