作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 カズマとハラダは禿山の斜面をよじ登っていた。
 別荘は何重にもめぐらされた石積みの城壁で守られている。別荘からの攻撃はなく、見張りすらいない。コンバットロボで城壁を破りながら、カズマはふと、墓場に向かっているような気分になった。
『この城は生きているのか?遺跡よりも不気味だ』
 行く手を阻むのは、急な斜面とぬかるんだ泥くらいなものだった。
「カズマ、油断するな。どこに罠があるかわからないぞ」
「了解」
「カトーめ、何を仕掛けてくるつもりだ」
 ハラダは顔中に雨を滴らせて、頂上の城を見上げながら呟いた。。
 ようやく最後の城壁を破り、別荘の入り口にたどり着いた。
「やけに静かだな」
 カズマは拍子抜けして言った。当然ながら傭兵達との銃撃戦を予想していたが、そこには人の気配がない。
 手入れが行き届いた庭園には大きな花壇があり、花香咲いている。その一つをハラダが乱暴につかみ取る。
「造花だ。酸性雨が厳しいこの辺りで植物は育たない」
 壁伝いに進んで行くと光が漏れる窓を見つけた。
 地上3メートルほどの高さがある窓から、ハラダはコンバットロボの手のひらに乗り、窓から中を覗きこんだ。
 そこにはカトーとドレスを着たミハルの姿があった。
 二人は長いテーブルを挟んで対峙している。後姿のためミハルの表情は見えないが、カトーは満面の笑みを浮かべている。
 ハラダは思わず窓を破り空を切ってダイビングした。
 マグナムを手に着地したハラダの上に砕けたガラスが降り注いだ。
「遅かったな、ハラダ。門を開けて待っていたのに、わざわざ窓からお出ましとは、おまえらしいよ。あの晩も二人の寝室にそうやって飛び込んで来たっけな」
 カトーはほくそえんだ。
「あの晩、二人の寝室」
 そんな言葉がカズマの耳に途切れ途切れに聞こえた時、ハラダの顔に激しい憎しみが電撃のように走ったのを彼は見逃さなかった。しかし、それはほんの一瞬ですぐにハラダはいつもの落ち着いた表情に戻った。
「フッフッ。寂しい歓迎じゃねーか。もう少しドンパチやるつもりでいたんだがな。さて、ミハルを貰って帰るぜ。今ごろ軍警察が血眼になっておまえの行方を捜している。貴様はもう終りだ」
「軍警察にここが分かるものか」
「親切な俺の仲間が、この別荘の場所を軍に垂れ込んだ。奴らが来るのも時間の問題だ」
「賞金首協会の連中か」
 カトーは憎々しげに鼻で笑った。
「あんな子供騙しの組織を作って、何が楽しい? おまえには世界を自分の物にするチャンスだってあるのに」
「そんなものに興味はない。人の心配よりも、軍事法廷で死刑を免れる言い訳でも考えることだな」
 カトーは薄笑いを浮かべた。
「勝負は終わっていない。私には切り札がある。まあ、もっと良い形でこのカードを使いたかったが、こうなったら仕方ない」
「切り札か、まあ、せいぜい頑張るんだな。さあ、ミハル行こうか」
 ハラダは銃口をカトーに向けたまま、少女の肩に手をかけた。少女は振り向くと、隠し持っていたナイフを振りかざし、切りつけた。ハラダは身体をねじってかわしたが、鋭い切っ先が右腕を深々と抉った。少女は憎しみに燃える眼差しでハラダを睨みつけた。
「カトー。貴様、この娘に何をした」
 少女は再びナイフを振りかざして向かってくる。
 ハラダはそのナイフを避けるのが精一杯だった。
 カトーはその様子を大声で笑いながら見ていた。
「ハラダ、ざまあないぜ。うぁっはははっ」
 カズマはコックピットのシールドを開けアームを伝わり、ハラダが飛びこんだ窓によじ登った。中でハラダとミハルが格闘しているのを見ると、思わず彼は叫んだ。
「ミハル。やめろ」
 カズマの声に反応してミハルの動きが、一瞬止まった。
 ハラダはミハルのナイフを蹴り飛ばし、後頭部に平手打ちを入れた。
 崩れる身体を、ハラダが両腕で受け止めた。
 カズマは拳銃を向け、カトーの動きを封じる。
「この娘に何をした」
「催眠剤を打たせてもらった。父親を殺した男への復讐心もついでに植え込ませてもらったがね」
 カトーはミハルとハラダを交互に見やりながら邪な笑みを浮かべた。
「父親殺しだと」
「とぼけなくて良い。おまえが私と同じくらい悪党だということは良く知っている。フジムラ・シノをタケに取られたおまえは、遺跡の調査中にタケを殺した。おまえは悲しみに暮れるフジムラをモノにしようとしたが、ぐずぐずしているうちにフジムラは私のモノになった。思い出すよ、あの時のおまえの阿保面をな」
「貴様、まさか、フジムラにも同じようなことをやったのか」
「まさか。悲しみの中、フジムラは優しさに飢えていた。私の優しさが身に染みたのです」
「ならば、なぜ、フジムラは死んだ」
「知るか!女の心情など、いちいちかまってられるか。フジムラが自殺した後、おまえは善人面して娘をひきとり育てたが、目的は自分の女にすることだった。そういう筋書きだろう」
「下衆の勘ぐりに答えるのも面倒だ。この娘を正気に戻せ。さもなければ貴様をここで殺す」
「殺したければ殺せ。その代わり解毒のアンプルは手に入らなくなる。おまえは手塩にかけて育てた娘に殺されるか、その娘を殺すか、という選択しかなくなる」
 カトーは勝ち誇った顔で笑った。
「24時間以内に解毒アンプルを注射すれば、すぐに目覚める。過ぎればアンプルは利かなくなる。現在の記憶が脳に定着するだろう」
「まさか」
「最近開発されたばかりの軍事用医薬品だ。洗脳薬とも呼ばれているがね」
 ハラダはマグナムをカトーに向け、引き金に指をかける。
「ハラダ、止めろ」
 カズマが止めたときは遅かった。マグナムの弾丸はカトーの頭を吹き飛ばした。ハラダはカートリッジの弾全てを撃ち尽くすまで、射撃を止めなかった。
 カトーの身体は吹っ飛び床に転がりながら、チリチリと火花を飛ばした。
「良くできてるだろう。このマネキン」
 額から上を吹き飛ばされて床に転がっているカトーの首の口が動いた。ハラダは無視してマグナムに新しいカートリッジをカチリと装填した。
「ロボットじゃなえーか。ハラダ、知っていたのか」
「ああ、ロボットには薄汚ねぇ匂いがしないからな」 
 破れた窓から吹き込む雨音が室内にこだました。湿った音にまぎれ、かすかな金属音が強張った空気を揺るがす。それはやがて爆音となり、床に砕けた窓ガラスを震わせながら、通り過ぎた。
「軍警察がこの砦を嗅ぎつけたようだな。おまえらの仲間が通報してくれたおかげだ」
 再び、窓の外を爆音が行き過ぎる。
「賞金首のおまえたちこそ、軍に見つかれば、その場で射殺だ。さあ、時間はない。どうする」
「何が欲しい」
 ようやくハラダが口を開いた。
「ふふふふっ。そうこなくちゃ。私の望みはただ一つ。例の秘密の遺跡に案内して欲しい。おまえがタケを殺した、あの遺跡だ」
「なぜ、あそこにこだわる」
「しらばくれるな。私は実際にシナノを建造して確信した。この戦艦は、我々が知る過去の技術だけでは到底できないとね。まったく未知の技術体系が応用されている。どうしてあんな船をドクターゼンが設計できたのかと考えたのさ。ゼンはあの遺跡から帰ると、シナノの設計を始めた。すべての秘密はあの遺跡にあるに違いない」
 炸裂音が響き、城が揺れた。
「くそ、攻撃が始まった」
 カズマが窓の外を睨みつける。
「遺跡の場所を知っているのは、ドクターゼンとハラダ、おまえだけだ。あの遺跡はどこにある。それを私に教えろ」
 やけに外が明るい。城が燃え始めたようだ。ハラダは早口で言った。
「場所は35E・・139N・・。明日、正午に来い」
「わかった。アンプルはそこで渡す」
「カズマ、行くぞ」
 カズマはアームを伝わりコックピットに乗りこむと、窓に横付けして、ハラダからミハルの身体を受け取った。
 カズマはミハルを抱きかかえながら、コンバットロボを操縦した。
 崖を滑り降りたハラダは隠しておいたバイクのエンジンに火を入れた。
「カズマ、地上部隊はどちらから来ている」
 カズマはレーダーのスイッチを入れた。
「北東からだ」
「よし、わかった。東に迂回してながら、カワゴエに戻ろう」
 10分ほど走ると、地平線に地上部隊のヘッドライトが小さく一列に見えた。山の頂で燃えていたカトーの別荘は閃光をあげて爆発した。
「カトーめ、自殺に見せかけて時間を稼ぐつもりだな」
 暗闇の中、カズマはミハルの身体を抱きながら走った。ドレスに包まれたミハルの身体は軽く柔らかだった。


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