作品名:吉野彷徨(U)若き妃の章
作者:ゲン ヒデ
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 讃良が伊勢から戻ってから、三ヶ月後、姉の太田皇女は、五ヶ月の身重である。大海人は、讃良の次ぎに彼女の異母妹・大江皇女も妻にしていた。
 大海人は妃らの寝所を、几帳面に順番で訪れていた。
 
 ある晩、讃良の元で、男と女の営みを終え、寝そべった大海人、考え事をし、ため息をする。
 讃良の質問に、
「石見の配下からの知らせだが、先月(七月)百済が滅んだ。唐は、軍船で兵を百済へ送り、攻めた。油断していた百済王らは捕らえられ、唐と新羅が、百済を統治しはじめている」
「百済が滅んだ!……で、我が国はどうするの?」
「『万一、滅亡したら、大和は百済を再興させる』と、高句麗(こま)との間で、余計な約定文を付けてしまった。交渉の責任者はわしだ」
 白浜温泉での秘密条約の交渉時、高句麗は大海人に巧みに勧め、謀略家なのに大海人は、その条項を安易に認めてしまった。大海人が引っ掛かったのである
「有間皇子(ありまのみこ)が、『高句麗は何か下心があって、交渉を急ごうとしているのでは』と不安がったのが、当たっていた。……賀取文(高句麗大使)にしてやられた!」
 讃良は、ちらっと有間の困った表情を思い出した。

「そんな約定、反古にしたら」
「母(斉明帝)が、神前での約定履行を誓う儀式をした。 賀取文はそれに立ちあいにまで来ている。国の体面上、反古にはできぬなあ」と、ため息顔の大海人。
「でも、百済の人々が、唐や新羅に従ってしまったら、再興なんて、とても出来ないでしょう」
「ああ、そうなれば、反古に出来るが。そう願いたいがなあ」
 大海人は、寝具を抱えて、眠りに入った。

 百済滅亡の正式な知らせが届いたのは、それから一月後である。
 やがて、百済の遺臣らの反乱に、唐、新羅が手を焼きだす。
 遺臣のリーダ・鬼室福信が、大和にいる百済王家の血筋の余豊璋を迎え、百済再興と、大和の援助を求めたのは、十月。 
 高句麗の大使に、朝貢する度、律儀なまで約束を守る国だ、と大和を褒め称えられていたので、斉明帝は、百済再興と出兵を決断せざるを得なかった。

 翌年(六六一)正月、斉明帝と皇族らは、数隻の大船を引き連れ、九州に向かった。遷都の様相を示すのは、朝廷の百済救援の決意を、国中に示すためのデモンストレーションである。
 太田は、その航海中、船中で女子を出産した。佐伯皇女である。
 
 九州では、朝倉(後の太宰府から南西の地)に宮を設え、そこが斉明帝の御座所となり、総指揮を執る中大兄皇子は、那大津(博多)を大本営とする。
(ある日、中大兄が斉明帝の住まいを訪れると、あまりにも粗末な造りの小屋だったので、中大兄は涙した、と朝倉には言い伝えがあるが、どうだろうか?)

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