作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜最終版
作者:光夜
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 「姐さ〜〜〜ん」
 と言うなんとも甘えた声で葵の元へ走り寄る記月記の姿が………遅い、余りにも走っている速度が遅くて目に余る。未だに一メートルも走っていないぞコイツッ!何だか見ているのも邪魔になるので孝太が近づいて無言でげしん、と蹴り飛ばした。弾丸シュートのごとくボール(キックン)はゴール(葵)の元へと飛んだ。
 「あべしっ!」
 見事に葵の腕に収められた記月記はぐったりとうなだれる。あちゃ〜、何て人事に唯が突付いてみると目を見開く。
 「のあ!あ、あれ。ん?ん?!」
 記憶が飛んだのだろうか左右をものすごく凝視する。と、やっとの事で葵を認識した。確認した同時に甘えてくる。
 「姐さん、会えてよかった〜」
 「どうしたの?部室においてきたのに来ちゃったの?」
 「そりゃあもう、姐さんが心配で心配で居ても立っても居られませんでした。非力ながらもこうやって加勢に参ったしだいで…………………」
 云々、と言葉を続ける。非常時とは言えその光景をシンは余り……いや、かなり嬉しく思っていなかった。
 「ふん、途中で捨ててきても良かったんだが孝太」
 自然な声で廃棄処分を希望する物騒な剣士。
 「そうなのか?いや、余りにも情けない奴だったから思わず連れてきちまったんだが、まあ気にするな」
 君子危うきに近寄らず、孝太は彼の纏う空気が硬くなっていることにいち早く気づき会話を止めた。このままでは連れてきた自分が敵に回る事になる、それだけは避けねば。
 「まあ、それはいい。孝太、来てくれてありがとう」
 もう一度シンはお礼を言った。
 「ん〜、言葉が間違っているぞ斑鳩」
 と、その俺をさも勘違い風に言って捨てた孝太。え、っと背中越しにシンは首をかしげる。
 「それは希望的観測が「現実になってありがとう」の言い方だ。最初から俺はここに来る事が当たり前だったんだからお礼よりもローゼンみたく「遅かったな莫迦!」ぐらい言ってもらわないと困る」
 律儀に孝太はそう言い返した。一瞬シンが呆けたような顔をしたがすぐに口元には笑みが浮かぶ。
 「む、そうか。なら今度からそうするよ、約束は必ず守られるのならばな」
 「ああ、そうしてくれ」
 莫迦、の部分を省いてくれない当たりシンは本当にそう言うのかもしれないと思い、心の中で「何か間違えたかな?」と首をかしげる。
 互いの顔を見ずに笑いあった。切っ先を目の前にしてのこの余裕はイリスにとって不快以外のなにものでもない。ぎり、と奥歯を砕くほどかみ締める。話は終わっていないのだ、目の前で和まれては迷惑だ。
 「気分の悪い連中だ。おい、もう殺してもいいぞ」
 本当に、遊びに飽きた子供のような声で目の前の玩具(シン)を消す言葉を発した。人形の腕が微かに動く、その一瞬今の彼が見過ごす事ではない。更に早く一歩前へ。剣戟の続きが始まる。
 「せいっ!――――――――――は、ああああああああ!」
 気を抜けば一瞬でその差は広がる。気の緩み?なんだそれ、そんなもの俺には無い。後ろには全てが揃っている。誰も欠けてはいないし、何も失ってはいない。ならばこの勝負。
 「俺の、勝ちだあああああああああああああああ」
 横に払う一撃は台風のように強力、だというのに場は無風――――――――風の気配は皆無。見上げれば月。その左腕は爆発したように砕けた。
 「――――――――」
 誰の声か、誰ともつかない驚き。今まで切り落としてその存在を消した来たと言うのに、今回ばかりは結果が違った。斬る、そして消える。そんなもの何処にも無い。最後の工程を一瞬で終わらせたのだ、砕くと言うことはそう言うこと。この瞬間彼の動きは人形の何倍にも膨れ上がっただけのこと。だからと言って気を緩めるわけにはいかない。落としたのは左腕で未だ武器(斑匡)は右手にある。
 「…………………………―――――――――――!!!!」
 人形に怒りなどと言う邪魔な感情は無い。故に純粋、そして強者。それなのにどうだろう、目の前から来る嵐は怒りを伴いながら走ってくる。片腕が肩から完全に無くなった彼にとってもはや走る事は不自由そのもの、それでも我に任せて走ってくる。それを全力で止めようとした時。
 がちり、と重たい鉄の上がる音が聞こえた。それも後方、味方側から―――
 「――――………!!??………―――――――、っ、っ、―――――――」
 声帯の無い人形から声は出ない、空気を圧縮させたガスのみがかもし出す悲鳴は呼吸が止まる時の声と酷似していた。
 銃声は一発、聞こえた時の呼吸は止まり、眉間に穴をあけた人形――――彼は後ろへと倒れた。孝太は右をシンは後ろへ同じ方に振り返る。銀色の凶器は月の光を弾いて、冬の寒い空気に消えまいと口から煙を吐いている。
 「ローゼン……………」
 驚愕、よりもなぜと言う疑問が大きかった。耳を塞いでいる葵と唯の姿があったが気にしなかった。どういうことだ、二人同時にそう言った。
 「いえ、この方が適切だっただけです」
 そこに感情を伴う声は無い。実験の結果が判ったから今実行中の実験を途中で止めたような、研究者の声にしか聞こえない。
 人形は当に無と化していた。そこに佇む子供はただ使い慣れた玩具が壊れただけの事で修理も代わりも必要としなかった。なにせ、彼の本命とする大事な玩具は今まさに、玩具箱(巣)から動き出したばかりなのだから。
 「まったく、こんな茶番はいい加減飽きました。そろそろタイラントを出したらどうですかイリス」
 今起こった事を思い出させようとしない声、そんな身勝手な声は早いところ別な研究に取り掛かりたいと思っているだけで――――――――――
 「違うだろうがっ!」
 予定外の声にローゼンが振り返る。藤原孝太が自分に怒っている、それはおかしい事で不可思議でもある。
 自分は何も悪い事をしていない、彼を怒らせるような事を―――――ああ、そうか。一つだけ彼を不快にさせる行動を起こしたのだ自分は。
 「今の事ですか」
 核心に触れてみる。
 「そうだよ、その通りだよっ!何だってあんな武器を隠していた。初めからそれを使えば斑鳩が体力を消費する事は無かったんだぞローゼン!」
 彼は、仲間が死ぬようなことは言わなかった。信頼は感心するが何故だろう、結果的に人形は死んだのに。
 「ふざけるな、何が結果的に、だっ!―――――――いいか、斑鳩は自分で倒そうとした相手を、心の底から打倒する相手をいとも簡単に倒されたんだぞ!そんなのはフェアーじゃないだろうがっ!」
 ………ああ、なるほど。初めからとはそう言うことか、確かに初めからこれを使っていれば勝てた、だが彼は言動がおかしいフェアーとは同等の力を持つもの同士に使う言葉であって彼と人形の戦いはむしろアンフェアーであった。なのに藤原孝太は斑鳩という男に人形を壊させたがった。
 「よく解りません、確かに初めからこれを使えば良かったのでしょうけど私は人形の力量を知らなかった。それで彼が戦ってくれるのならその後に、と」
 「力量!?フザケンナッ!どう見たってその武器ならあんなカス同然のコアなんか倒せただろうが。お前はただ単に詰まらなくなっただけだ!」
 「待ってください、ですから言っているでしょう。相手の力量がわかったから撃った、と。斑鳩君の力が人形に勝ったのは一瞬でその後はどうなるか判らなかったんです。だからこれを使いました」
 まったく、そんな相手の事を理解しようとしない者が戦いに勝てると言うのでしょうか。
 「だから………………それが間違ってんだよおまえは!」
 一際大きく孝太は叫んだ。
 「?………………」
 はて、やはり彼の言動は理解に苦しむ、それとは、私が何を間違えたのでしょうか?
 「力量を測るだの、斑鳩が負けそうだったからとか、そんなのは関係ないんだよ!そう考える前に戦い始める時から斑鳩の援護をしてやれよ、そこから撃てたんなら出来るだろうが!」
 …………………………………………ああ、ようやく理解できました。彼は自分が来るまでの間に仲間が危なくなるのであれば手助けをしてやれ、といいたいのですね。
 「撃てないとか、狙いが合わないなんていうなよ。今やって見せたんだからな」殺意のこもった声は今にもローゼンに飛び掛る勢いだ。
 「そう、ですね。私の落度でした。勝てる手が在ったのならば初めから斑鳩君に手を貸すべきでした」
 確かに、これは自分の落度でもある。少しでも自分に信頼のある人間を怒らしてはいけない事は肝に命じておくとしましょう。それでも自分がとった行動は最良と思います。結果的には邪魔者は去ったのですから。今度からは気をつけようともう一度言う。
 「ローゼン、お前の考えは解ったからそう自分を責めるな。孝太も、ありがとう。でもこれであいつが出てくるんだから差し引きゼロだ」
 自分を納得させるようにシンは二人に言った。
 「あなたがそう言うなら…………では」
 態度を変えず、ローゼンはイリスに向き直る。
 「ですから、残るは暴君だけですね。はやく巣から出したらどうですか」
 言われるまでも無い、既に前の寝床からは凶暴なおもちゃは飛び出した後だった。その速度、ダンプカーがジェットで飛んでくるようなものだ。
 「――――――――――――――」
 速い、速い、速い、速い。感覚で判る、あの怪物が居た寝床はここからかなり離れた所にある、距離にして十キロ以上。だと言うのに既に分を数えず五キロ地点にいる、いや今をもって四キロへと縮まった。
 「孝太、準備しろ」
 低く命令する声はそれだけで緊張を伝えさせた。
 「オーケー、こちとら自分の蟠りが取れて戦闘意欲に飢えていたところだ。手だったら何本でも貸すぜ」
 右手に持った刀を突きつける。人形が居なくなった今二人はお互いを見ている。
 「さて、ここから後戻りは出来ませんね。おふた方とも下へ降りてください」
 ローゼンは控えている二人に振り返る。
 「え……でも、私……」
 ちらり、と想う人を見た。その視線に気づいたのか彼もこちらを見た。その目が言っている、危険な場所から早く避難してくれ、と。納得はいかない、これではいつかの時と同じだ。もう、見えないところで待つのはイヤだ、近くで祈っていたい、近くで見ていたい。
 もう、離れないって言ったのに――――――――――――――
 「あ…………」
 いつのまにかその彼が目の前にいて笑っていた。目を奪われたと言えばいいのか、その視線から目を逸らす事が出来ない。
 「…シ、ン――――」
 「待っていてくれ、必ず降りてくるから俺は」
 確信がその目に在った。この人は嘘をつかない、だから真正面から言ってくれる、自分が一番ほしい言葉を。
 「そしたら、何処かにいこう。休日にでも」
 な、と何気ないような日常の言葉で問い掛けてきた。頷くしかない、その言葉を信じるしかない。だから静かに肯定を示す。ありがとう、とそう言われた気がした。
 「孝太ー、私も下で待っているからねー。それ以上怪我なんかしないでよ」
 既に物分りの良い唯は階段付近で孝太と会話をしていた。
 「ったく、お前も葵みたいに少しは俺の心配をしてはくれないのかね?」
 背中に刀を挿し頭を掻きながら唯に近づいた。
 「えー。だって心配するだけ損じゃん、孝太厭でも死なないし」
 当たり前のように、それでいて信頼した言葉がつむがれた。それに照れたように今度は頬を掻いた。
 「ふん、判ったよ。下で待っていてくれ」
 それで安心したのか振り返りもせず踵を返す、と。
 「あ、でも孝太…………死なないって言ったけど負けないとは………」
 言っていない、だから最悪の事態を思い描いてしまった。
 「はっ!無駄な事考えんなよ唯。ちゃんと戻ってきてやるから」
 片腕を上げて勝利宣言をする。
 「あ………うん!」
 答える声は信頼で満ち、駆け下りる足音は少しばかりのフライングにも似ていた。
 「あ、じゃあシン君。まってるからね」
 手を振り最後に一度だけ振り返った。笑顔で頷く、必ず戻る、と伝えるように。


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