作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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それは違和感から確実な痛みに変化した、心臓が脈打つたびに言い様のない痛みが俺を襲った。これは、ああ、昔から持っている発作みたいなものだ。不定期に不定期を重ねた、何に反応するとも知らない、俺だけの、発作。
思わず心臓の辺りを手で押さえた。
「まさか、光夜、それ」
「喋るな・・・・、大丈夫だ」
「でも、だいぶ前に抑えたはずなのに、なんでまた」
「知るか・・・・くっ、そんなことはどうでもいい、今日は、帰るぞ」
そう言って、立ち上がる。体はまだ動く、若干体に熱がともり始めたが大丈夫だ。まだ、俺だ。とっさに、キーホルダーを落とした。これは明に任せるとしよう。
「和解したんじゃ、なかったの・・・・」
「出来るわけがないだろうが、互いに互いを主張すれば、・・・・・政治家も方針が決められないのは、お前も、知っているだろう」
「このまま帰せないよ、少し休んで落ち着いてから―――――」
「・・・・・少しの間で、落ち着いた俺が、俺だという保障はあるのか」
「それは・・・・」
言えるわけがない、いくら明でも俺の『これ』を判断できようとも、対処は絶対に出来ない。俺の問題は、俺が何とかするしかないんだからな。だから、このままここにいたら、確実に明を―――――
「ともかく、帰るからな」
「光夜、大丈夫だよね・・・・」
「・・・・俺は、俺でしかない」
それだけ言って、明の部屋を出る。これで、なんとか最悪の状況は回避できたと思うが、いまだなお、俺の心臓は破裂しそうに暴れている。方向もまばらに、マンションを後にした。

 「・・・・くそっ、ほぼ一年か、前にこうなったのは」
 これで三回目、前は大塚の事件の時だったか。その前は、もっと前だったと思うが、よく覚えていないな。ああ、イラつく、なんでこんなことに、俺はこいつとどう向き合えばいいという。

「お前が諦めればいい」

「・・・・ふざけるな」
 不意に聞こえた声は、外からではない。むしろ、内側だった。聞こえたというのも妥当ではない、それは届いた。俺の脳に、直接に。こいつが、この発作の原因。俺の―――――本質。

 「その苦しみは、俺を否定するからそうなる。だった、受け入れるか、諦めるか、さっさと決めろよ」
 「・・・黙れ、受け入れられるわけがないだろうが、凶暴性を野放しにして良い事なんて、ねえんだよ」
 発作は、ゆるくなった。この発作は、こいつが俺の中に現れるための副産物らしい。自分で操作をしたことはないが、いまだにどうにも出来ない。だとしても、楽を引き換えに自分を失くすなどと、到底出来るはずもない。
 「にしても、いい女だな、いつ見ても」
 「・・・・・あ?」
 「あの女だよ。いつもいつも、お前のそばに居て。何かするわけでもなくただ居るだけ。健気だねぇ、お前に気を使って、気を使われて。なんだこのストロベリー的な状況、お前は何なんだよ」
 顔は見えない、見たくもない。だが、俺を馬鹿にして顔が目に浮かんでくるが、その顔もまた、俺だ。俺は、俺に馬鹿にされている。苛立って、壁を殴りつけた。衝撃で体がふらつく。
 「は、ぁ・・・・・・・何を、言っている」
 「正直になれよ、俺はお前だ、お前は俺だ。俺の思考が解るか?解るよなぁ、俺だからな。自分の気持ちも理解できず、理解しようともしない、器はこれだから困るな」
 「どっちが器だ、俺は始めから俺でしかない。俺の心情も、俺の思考も、お前はただのこびりついたゴミでしかない・・・・・」
 「どの口が言うよ?ああ、俺の口か、はははは。いや、いい、お前は一人だからな。ああ、ずっと一人だ。俺から目を逸らして、現実を受け入れないで、そのまま一人で頑なに生きていろ。だがな、忘れるなよ。俺はいつでもお前と入れ替われようと思えば出来る、お前の意地なんか知るかよ、お前が嫌でもこっちが望めばそれなりに融通が利く。
 楽しみだな、俺が器に納まったとき、周りの物は使い放題、壊し放題だってな。手始めにそうだなあの女を―――――」
 「黙れっ!」
 大声で、その声を掻き消すように叫んだ。発作の後に大声はきつい、力なく電柱に寄りかかった。くそ、何が大丈夫だ、よくよく考えれば以前の発作のときも、明の機転があってこそその日は普通に過ごせたはず、それを何の迷いか、俺はあいつのところから逃げ出した。
 「苦しいだろう?だったら早いところ、俺にその体を渡せよ」
 「冗談を言うな。ボケが」
 もう、単調な返しでしか言葉を発せなくなってきた。見上げれば、雨は止んでいた。夜空が見えた、星もいくつか光を発している。だが、そんなものよりも、寄りかかった電柱の光のほうが、まぶしい。
 「おーおー、八神じゃねぇかよこんなところでどうした、ん?」
 「・・・・・・」
 そんな時、男の俺でも下品と思える声が聞こえてきた。そいつは、俺が来た方と逆からやってきた、汚れたブレザーをはおり、ワイシャツはだらしなくはみ出していて、姿勢も悪い歩き方。両手をポケットに入れていたが、親指だけは出していた。もう誰が誰だか覚えていないが、よく絡んでくる三年の連中の仲間だろう、と思った。瞬間、ずきん、と心臓が痛む。
 「は、面白い面がやってきたな」
 「・・・・何を」
 内側から、随分と楽しそうな声が響く。そいつは、その突然現れた男をこういった。
 「俺が少し黙るには、十分な材料だと思うがな」
 「ああ、そういうことか」
 こいつは、この状況で交換条件を出してきやがった。こいつは、俺の本質だと明は言う。
だから、とりあえず根本的に大雑把でもいいから、条件さえ呑んでしまえばそれなりに黙っていてはくれるという。満腹により食欲が一度発散されると、食欲に対する感覚がなかったように引いてしまうのと同じように、本質は本能すらも内包している。
故に、今回こいつが出てきたのは退屈だから、それは、目前のオモチャを目にしたときに出された交換条件を聞いて悟った。
 「最近、激しい運動とかしてなかったしなぁ。なあ、どうだよ、目の前の面倒ごとも払えて一石二鳥じゃねぇか」
 「なら、この発作をおさめろ。まともな思考が出来ない」
 ははは、とそいつは笑うと当たり前のように発作をおさめやがった。楽しいことが出来そうなら、どんな条件でも呑むのは、本質らしいといえた。こいつは、少なくとも敵ではない、だが、俺にとっては邪魔なのは事実。だが本当に消していい物なのか、判断できない。だから、今は・・・・
 「おいおい八神、なにこっち見ながら黙ってんだよ、気持ち悪りぃな。そういや、この間も俺のダチが世話になったらしいじゃねぇか、丁度いいからここでその憂さでも晴らさせてもらおうじゃねぇか」
 けらけらと、余裕の表情で言うが、耳には聞こえない。悪いがこっちはまだ取り込み中だ。
 「一時的に、体は貸してもいい。だが返す保障はないだろうが」
 「ああ、それもそうだな。そのままお前を入れ替わっちまうkも足レナ意思なぁ。なら、感覚だけ共有させろよ。こっちは楽しめりゃあいいんだ、お前が目の前のゴミを、お前が許す程度まで壊してくれりゃあ、こっちはそれでいい。だからよぉ、今回はこれで収まってやるよ。解ってんだろ、俺は今回暇つぶしで出てきたことくらいよ?」
 「傍迷惑極まりないな、本当に。ちょうど、お前の所為でむしゃくしゃした所だ。不本意だが、利害は一致した」
 「決まりだ」
 ここに、成り行き上致し方ない条件で、無駄な協定が結ばれた。そいつは任せたというと、その感覚とやらを俺に繋げやがった。不確かだったと感じていた自身の感覚が、なぜかはっきりと感じ取れた。どういうことだ、そんな事を言う前に体は歩き出していた。
 「はっ?おいおいおい、なに無視してんだよ。俺の話聞いてなかったわけ?なんだよ、クソ。もういいよ、もういい。ったく、なんだよビビッて声もでねぇってのかよ?じゃあ、ぶっ倒れちまえよ」
 つまらない、そんなニュアンスで拳を突き出す。遅い、俺はその拳を渡されたボールを掴むように止めていた。
 「はい?」
 体が軽い、自由に動く、なぜだ、何故だ、何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ―――――
 何故、そんな怯えた目をしている。
 「お、お前・・・・誰だ―――――」
 「壊れてろ」
 「ひ、非ギャああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 絶叫が、静かな夜の町に響き渡った。

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