作品名:雪尋の短編小説
作者:雪尋
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「禁断の筺」
開けたが最後、人の世が滅ぶ。そう呼ばれた箱が存在した。
俺は苦難の末にようやく目的の箱を手に入れることが出来た。
箱の呼び名は色々だ。
分類上は―――大昔の遺物にもかかわらず当時の技術やそもそも人間が作れる物ではないとされるもの―――オーパーツで、俺が調べ上げた伝承などでは悪魔の棺とか、億毒の源泉みたいに不吉な感じの名前が付けられていた。
その名に相応しく、その伝承には決まって『絶対に開けるな』という警告文が存在した。開けたら人間がみんな死ぬらしい。
……なんで死ぬんだ?
俺が注目したのはそこだった。
ただのホラだとしても、その伝承の鱗片は世界中に転がっていたから全くの嘘とも思えない。調査を続けていくうちに箱の中には悪魔がいる、というなんともファンタジーな一文を俺は発見した。
「箱を開けた者は悪魔に願いを叶えてもらえる。代償は全人類」
いいね。頭がトチ狂ったバカでも一瞬は躊躇いそうなほど大げさな話しだ。
俺は目の前にある箱を「パンドラの箱」と勝手に呼ぶことにした。
世界中の最悪な災厄がつまっていて、最後に希望が残っている……という伝説だ。 まさにこの箱のことじゃないか。
願いを叶える。代償は全人類。躊躇いは一瞬よりも短い刹那。俺は箱を開けた。
狭苦しい遺跡の一室に暗闇が溢れてくる。
何もかもが圧縮されながら拡大していくような矛盾した感覚。砂埃すら巻き起こさない嵐が現れて、その闇の中から悪魔が出てきた。
「……………………一つ確認させてもらおう。人間、お前は我を知っているか」
「もちろん。悪魔バースデス。俺の願いを叶えてくれるんだよね?」
「我を知りながら解放したというのか? これは驚きだ。それに、この箱は因果的に絶対に開けられないはずだったのだが……反作用が消えたのか? 神は死んだのか?」
悪魔はとても怪訝な顔をしていたが、動揺はしていなかった。
「うん。彼、死んじゃったみたいなんだ。ところで俺の願いを聞いてくれるかな?」
「……良かろう。我が解放されたとことも因果である。お前の願いを言え」
「俺の話し相手になってよ。ずっと独りで寂しかったんだ」
「…………なに?」
「詳しく言うなら、恒久的な友好関係を求める。つまりずーっと俺と友達でいてくれ」
「………………ははは。これはいい。人間、お前は面白い。我の他には誰もいらぬと申すか。それではまるで極上のプロポーズにも聞こえるぞ」
「いつかそういう間柄になるのも面白いけど、まずはお友達から始めようよ」
「くくく。よかろう。その願い受諾した。代償は全ての人間の命。取り消しはきかぬ」
悪魔は誓約書を空中に描き、俺にサインを要求した。即座に自分の名を記す。
「これで契約は完了だ。……では、友よ。我は今から人類を滅殺してくる」
死神の如き重圧を発しはじめた悪魔に俺は微笑みを投げかけた。
「行く必要は無いよ。―――もう人類は滅んでる」
「……なに?」
「ウィルスか、バイオハザードか、神の奇跡か、悪魔の仕業か……。
みんな血を吐いて死んだ。俺以外だれも生き残ってない。
どうして俺は生き残ったんだろうね。君を解放するために生かされたのかな。
まぁ、そんなことはどうでもいいや。とにかく俺とお話ししようよ。
もう何十年も独りぼっちで寂しかったんだ。
ねぇ、ねぇ、ねぇ、俺とお話ししようよ! だって俺達、友達だろ!?」
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