作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 砂漠に昇った朝日が、数百の軍艦をシルエットにして浮かび上がらせた。
 タチカワ基地は連邦軍関東地区連合艦隊の母港だ。
 埠頭には、数百隻の戦艦、駆逐艦、巡洋艦、空母など大小様々な軍艦が停泊している。その中でもひときわ巨大な戦艦が連合艦隊旗艦シナノだ。
 作業員がシナノに荷物を積み込んでいる。
 今、シナノは出航に備え、航海用物資、燃料、食料、弾薬の積み込みを行っているのだ。
 作業員に混じり、タマネギの包みを担いでいるのはハラダだった。髭をつけ、帽子を深くかぶり、港湾労働者になりすましている。

 ドクターゼンことゼンじいはシナノのゲストルームの窓から、いらいらしながら外の様子を眺めていた。
 カズマがハラダに接触すれば、ハラダは必ず動き出す。その点は心配ない。しかし、仕掛けた時限装置、つまりカズマの行動が、どんな結論を導き出すのか、ゼンにはまったく予想がつかなかったからだ。危険な賭けだった。
 カズマの動き次第では、かろうじて生き残っている人類が最後の一歩を踏み出せるかもしれない。
「これもまたカズマの運命か。いや、カズマではなく人類の運命かもしれんな」
 そんな諦めにも似た考えが浮かぶたび、ゼンは、その考えを否定した。
「事実を見届ける。そして人類にとって最良の道を選択する。それが科学者の義務じゃ。諦めてはいかん」
 ノックの音が、ゼンの思考を断ち切った。
 返事を待たずドアが開き、現れたのは司令官のカトーだった。
「ドクターゼン、ご気分は?」
「良いわけはない」
「それは、それは。軍のデータベースにあった資料をもとに、あなたのお気に入りの料理を召し上がって頂いているのですが」
「フン、古いデーターをほじくり出しおって。ワシはこの18年、ずっと砂漠暮らしじゃ。好物も変わった。クローン牛のステーキよりも、野生の砂トカゲの方が口に合う」
「生憎ですが、軍では砂トカゲの料理は作れません」
「どうして軍本部にワシを突き出さんのだ」
「メリットがないことはしません。奴らはあなたの本当の価値を理解していません。それにあなたの本当の恐ろしさもね。私はあなたと敵対する意志はまったくありません。是非、協力関係を結びたい。やって頂きたい仕事があるのです」
「ワシはおまえなどに手をかさん」
「どうでしょうかな」
「何を言っても無駄じゃ。それより、ワシと一緒に捕まった商人たちはどうした」
「彼らもまだこの船の独房にいます」
「もうよかろう、開放してやれ。閉じ込めておいても、無駄メシを食わせるだけじゃ」
「確かに無駄飯かもしれませんが、あなたを脅迫するネタくらいにはなるでしょう」
「そうかな、ワシはあんな闇商人の一人や二人、殺されてもどうってことはない」
「そうですか。ところで、あのクマモトとかいう男。もともとハラダの下士官ですね。それに研究施設では、あなたの部下でもあった」
「確かに昔は部下だったが、今は単なる取引相手じゃ。人質にはならない」
「ドクターゼンはヒューマニストだ。私は良く知っています」
「ワシはもうこれ以上人殺しの道具は造らない。死んでも造らん。造るくらいなら死ぬ」
「武器はこのシナノだけで充分です」
「では、何が目的なんじゃ」
「私はもっと根源的なものが欲しい。例えばあなたが18年前に発掘したピラミッドのような遺跡をね」
 ピラミッドと聞いて、ゼンの顔が微かにひきつった。カトーは、ゼンに顔を近づけ、小声だが力を込めて言った。
「地下に埋もれた巨大な黒いピラミッド。あなたはそこで何を見たのですか」
「知らん」
「シラをきっても駄目です。あなたはピラミッドでこの戦艦の設計図を発見したはずだ。とてつもない遺跡だったようですね」
「そんな遺跡など、見たことも聞いたこともない」
「まあ、おいおい思い出していただきましょう。そろそろ出航です。航海中にゆっくりお話を聞かせください」
 カトーは冷たい目でゼンを睨み、唇をひきつらせて笑った。
 巨大な戦艦が土埃を巻き上げて動き始めた。
 細かい振動が船全体に伝わった。
 ハラダは船底の食料倉庫の中で息を潜めながら、振動を感じていた。
 腕時計の針が11時45分を指した。
 ハラダはタマネギ袋の中に、隠しておいた10個の時限爆弾を、ショルダーバックに詰め替えた。
「ぼちぼち動くとするか」
 ハラダは食料倉庫のハッチを開いた。
 船の設計図は頭に入っている。
 階段を登り機関室や居住区があるメインデッキを目指した。
 デッキには船首から船尾までを貫く100メートルに及ぶ廊下がある。そこは常に人が行き来していた。
 ハラダは階段の下に身を隠し、近くを歩いていた下士官を呼び止めた。
「おい、誰か来てくれ」
「どうした」
 覗き込んだ下士官の後頭部を、ハラダはマグナムの銃握で殴りつけた。
 気を失った下士官を倉庫に引きずり込み軍服を剥ぎ取って着替えた。
 ハラダは艦内の備品を点検するような素振りで要所要所、主に通信用ケーブルを狙い時限爆弾を仕掛けていった。
 機関室の隣に独房があった。初年兵らしい若い看守が一人、自動小銃を持って見張っている。
「おい、おまえ、カトー司令が先ほどからお呼びだぞ。どうして艦橋からの電話に出ない」
 突然の叱咤の声に看守は姿勢を正す。
「えっ、一度も電話は鳴りませんでしたが」
「何、故障だと言うのか。貴様、居眠りでもしていたんだろう」
「いえ、そんなことはありません」
「そうか、この電話の点検は私がしておこう。とにかくカトー司令のところに行け。捕虜の尋問で何か変更があるらしい」
「わかりました。すいません」
 若い看守は慌てて走って行った。ハラダは独房の鉄格子を覗いた。男たちが数人、床に転がっている。
「おい、聞こえるか。ハラダだ。知ってるな。5分後に俺の仲間がこの戦艦に攻撃をかける。俺は内部から船を破壊する。捕虜の諸君には何の恨みもない。この時限爆弾で、ドアを破壊して逃げろ。攻撃が成功した場合、船は5分以内に沈む。その前に脱出しろ。いいな」
 その時、独房の奥で幽霊のように影が動いた。
「ハラダ少佐。クマモトであります」
 激しい尋問で衰弱したクマだった。
「クマか、おまえも捕まっていたのか。逃げれるか?」
「大丈夫です。こんなところで死ねませんよ」
「よし、これが時限装置だ。看守に見えないように取り付けろ」
 クマは格子から時限爆弾を受け取り、ドアに取り付けた。
「あと4分で爆発する。俺はドクターゼンを探しにアッパーデッキに行く」
 そう言いかけたとき、クマの顔が曇った。
「動くな、貴様、何者だ」
 自動小銃の銃口が背中にあてられた。
 ハラダは振り向きざまに銃口を跳ね上げ、兵士の首筋に手刀を打ち込んだ。
 兵士はドサリと床に倒れた。その様子を見ていた他の看守が非常ベルを鳴らしたのだろう、応援部隊の足音が聞こえた。
「少佐、時間がありません。あと3分30秒であります」
「わかった」
 ハラダは兵士の腰から拳銃を抜くとクマに渡し、自分は下士官の上着を脱ぎ捨て、兵士の自動小銃を奪い、走った。
 士官室前の廊下に出ると、一室だけドア前に守衛が付いていた。
「ここだな」
 ハラダは直感的に判断して、疾風のように近づくと守衛が声を出す間もあたえず失神させ、腰にぶら下げていたキーを奪った。

 天頂に登った太陽がじりじりと肌を焼いた。カズマはさっきから何度も時間を確認した。
 待つことには慣れていた。
 発掘作業の時もいつも待っていた。しかし、これほど緊張したことはなかった。
 カズマは落ち着かない自分に苛立ちを覚え始めていた。
 カズマはちらりとミハルの姿を確認した。
 早鐘のように打つ心臓の鼓動がミハルに聞こえるのではないかと心配したからだ。しかし、聞こえるはずはない。ミハルは100メートルも離れた位置で、ドラゴンミサイルのスコープを覗きながら戦艦を待ち構えているのだ。
 ミハルは、汗が目に入らないようにバンダナを巻き、冷静な顔でじっと時を待っている。
 ミハルの後方の小高い岩山に重機関砲が設置してある。
 ミハルはミサイルで艦橋を破壊した後、重機関砲の砲座に飛び移り、カズマを援護するつもりだった。
 時計の針が12時5分前を指した。
 陽炎の向こうに見え始めた黒い影が砂漠の中から立ち上がるように巨大な戦艦の姿になった。
「来たな、シナノめ」
 あの巨大な敵をたった3人で沈めようと言うのだ。それも緻密な計画などなしに。これを無謀と言わずして何を無謀と言うのか。しかし、カズマはたった一人で軍事基地を殲滅した男を信じていた。
 ハラダが部屋に飛び込む、
「おう、来たか」
 ゼンは懐かしそうに笑った。同時に、ゼンの隣では銃を構えたカトーが憎々しげな顔をして出迎えた。
「久しぶりだな、ハラダ」
 ゼンを囲むように3人の兵士が自動小銃を構えている。
「カトーか。偉くなったな」
「あの頃の私と同じだと思うな」
「なあに、貴様はあの頃と変わっていない」
「なにをほざく?」
「俺がここに来ることを予知したまでは上出来だ。だがな、俺の姿を見たとき撃たなかったおまえは、あいかわらず間抜けのタコ野郎だ」
「何を言うか、お望みなら、この場で蜂の巣にしてやる」
 ハラダは、ニヤリと笑った。カウントダウンしていた時計が0になった。船内に爆発音が響き、警報サイレンが鳴り響いた。
「時限爆弾か。フン、小癪な。しかし、この程度でシナノは沈まん」
 カトーはハラダに向けて引き金を引いた。
 ハラダは素早く転がりながら廊下に逃げたが廊下には小銃を構えた兵隊が待っていた。
「ハラダ、ここまでだ」
 カトーが勝ち誇って笑った。

 カズマとミハルはシナノから煙が上がるのを見た。襲撃ポイントより遥かに前方だった。
「チッ、早いな。ミサイル砲の射程ぎりぎりの地点だな」
 カズマが舌打ちしたとき、ミハルが引き金を引いた。それを合図にカズマはコンバットロボで崖を駆け下りた。
 シナノの艦橋は混乱していた。全ての表示パネルが一斉にが緊急事態を告げる赤ランプを点滅したのだ。
「どうした、何が起きたか報告せよ」
 船橋の士官が緊張した声で叫ぶ。
「爆発が起きた模様。時限爆弾による同時爆破と思われます。現在、通信回線が切断されています」
「総員第一級戦闘配備。司令をお呼びしろ」
「了解」
 兵士が伝令に動こうとしたとき、ミハルが放ったミサイル砲の第一波が、ブリッジの窓を粉々に吹き飛ばした。
「船首甲板に被弾。敵襲です」
「レーダー、何を見ている」
 第2波が船橋のすぐ下で炸裂音を上げた。 
 艦内に爆発音が響き渡ったとき、ハラダはマグナムを素早く抜き、目の前の兵士を撃ち倒し、床を転がり銃弾を避けながら、カトーの両脇にいる兵士二人を撃ち倒した。
 ハラダはマグナムをカトーに向けながら、スッと立ち上がる。形勢が不利となったカトーはゼンの身体をハラダに跳ねつけて時間を稼ぎ、その隙にドアから逃げた。
 ハラダはカトーを追わず、ゼンをつれて部屋を出た。
 クマはハラダと別れた後、仲間と共に脱出に備えていた。
 他の男たちも傷だらけだったが、気力で起き上がり、爆発でドアが吹き飛ぶと同時に表に飛び出した。

 カズマの乗ったコンバットロボはシナノの船底に潜り込むことに成功した。
 船底は、浮上用のプロペラや低速走行用のキャタピラなど様々なパーツが複雑に入り組んでいる上、どこもかしこも砂まみれで、直径30センチの排水口を肉眼で見つけるのは困難を極めた。
 カズマはコックピットのモニターには熱源探査モードに切り替えた。
 温度の違いを色分けして表示する装置だ。
 主に暗闇で敵の姿を探知するために使う装置だ。
 例えば敵兵の体温やエンジンの熱と回りの空気の温度差を解析して映像化してくれる。
 動力源に直結している排水口の温度は、船底のほかの部分と必ず差があるに違いなかった。温度差の違うポイントを感じると矢印で導くように設定してある。
 地面が平らではないため、船底と地表との空間は常に狭まったり広がったりしている。
 カズマはコンバットロボを転倒させないように慎重に操縦しながら、弾丸を打ち込むべき穴を捜した。

「ドクターゼンが逃げた、追え!」
 カトーは、ハラダから逃れるように、艦橋に戻ると、入り口にいた兵士に命じた。
 艦橋の士官達は前方に迫るオオトネ・クレパスの断崖を避けるため、艦を旋回させようとしていた。
「何をやっている」
「司令官。敵襲です」
「わかっておる。敵の位置はまだわからないのか」
「今、出ました。前方30メートルです」
「主砲は?」
「近すぎます、間に合いません」
 岩陰にミハルのミサイル砲が見えた。
「左舷機関砲、撃て、撃て!」
 カトーが受話器を上げて怒鳴る。
「司令、通信回線不能です」
「くそっ、ブリッジの窓にシェルターを降ろせ」
 カトーの怒号と同時に、ミサイルが艦橋に飛び込んできた。
 カトーは爆風で吹き飛ばされ床に転がった。
 これが幸いし、計器類が爆発で飛び散ったガラスや金属の破片を盾となった。
 すでにブリッジに人影はない。
 カトーは舵輪に飛びついた。
 不気味な地の裂け目が目前に迫るが、艦は操縦不能に陥っていた。
「機関部、動力炉を停止しろ。緊急停止だ」
 しかし、反応はない。回線が切れているのだ。
 艦が大きく揺れた。
 左舷が岩山に激突、硬い岩盤をえぐり取った。

 激しく揺れ動く船の下で、カズマは必死に排水口を探していた。
 突如、船底が傾き、地面との空間が狭まった。
 押し潰される寸前に、カズマはコンバットロボの上体を伏せるように倒した。
 蛇行しながら進む船はあちらこちらで地面に接触して、岩を跳ね飛ばした。
 砕けた岩がシャワーのように飛来したが、幸いにもコンバットロボのシールドは砕けなかった。
 シナノは地面に当たった反動で3メートルほど浮き上がり、カズマの上空を通りすぎた。
「ちっ。クレパスまであと200メートルだ」
 巨大な航跡の上に取り残されたカズマは、ロボットを跳ね起し船を追った。

 そのころ脱出に成功したクマは、部下と共に船尾に向かっていた。
 倒れた敵の自動小銃を奪い、立ちはだかる者は容赦なく射殺して進んだ。
 ようやくボートデッキに辿り着くと、甲板に並んでいる救命艇を奪った。
「エンジンをかけておけ」
 ゲンパチに命じると、クマは傷ついた仲間を艇に乗せた。その時、後部銃座の機関砲が火を噴いた。銃口はこちらではない。どうやら、船の後方に向けて撃たれているらしい。
「狙われているのは誰じゃい」
 クマが舷側から半身を乗り出して後ろを覗くと航跡上にコンバットロボが見えた。
「ありゃあカズマだ、こりゃいかん」
 岩陰からミハルが重機関砲でカズマの援護射撃をしているが、後部銃座は厚い鉄板の盾に守られているため効き目がない。
 クマは後部銃座の後ろに素早く回りこみ、機関砲を撃つ兵士を後ろから射殺した。
 同じ時刻、ハラダとゼンはアッパーデッキのカタパルトで2座席の偵察機を奪っい、エンジンに火を入れた。

 船橋に一人取り残されたカトーは、シナノ撃沈という最悪の事態を避けるため、最後の努力をしていた。前方窓ガラスはすべて吹き飛び、航海計器は直撃を受けて使いものにならない状態だった。窓から砂混じりの熱風が吹き込み、視界を遮る。砂煙が去ると前方に大地を切り裂く巨大なクレパスが広がった。
 オートパイロットが破壊されたため、シナノはのたうつように蛇行しながら進んだ。カトーは操舵系統を手動操縦に切り替えた。
「手動の舵がどこまで使えるか、見ものだな」
 カトーは、ずんと重くなった舵輪を全力でガラガラと回した。
 カズマはすぐに立ち上がり全速力で船を追ったが、機銃掃射に阻まれ近づくこともできなかった。残された時間は僅かだった。そのとき、何の兆しもなく、機銃が沈黙した。
「機銃が止まった。どうした:」
 シナノの後部銃座を見ると、見覚えのある男が手を振っている。
「クマさんだ、生きていたのか」
 カズマは右手を挙げてクマに合図してから、ギアをトップに入れた。
 ロボットを急加速させて、再び船底に潜り込んだ。
 カズマは熱源探査モニターの矢印が、右左に動くのを確かめながら、コンバットロボを操縦して排水口を捜した。
 クレパスまでの距離は残り50メートル。警告灯が点滅した。
「どうした」
 コンバットロボの出力が下がり、船のスピードについていけない。
 エンジンの出力が限界だった。
 カズマの耳にトーイチローの言葉が蘇った。
『「限界は?」
「そうだな、フルスロットルで走りながらの戦闘なら10分、いや安全なのは8分だな。。それ以上は神のみぞ知るだ」』
 すでに戦闘開始から8分以上は走っている。いつエンジンが止まっても不思議はない。しかし、見上げる船底は広く、ターゲットはあまりにも小さい。
 警告灯は点滅から点灯に変わった。
 エンジンの温度を示す針はすでに振り切っている。
 コンバットロボのエンジンは爆発直前だった。
「行くぜポンコツちゃん」
 カズマはコンバットロボの出力を上げた。
 エンジンが悲鳴のような泣き声を上げるが仕方がない。
 モニターを見ながら、ロボットを前後左右に動かしポイントを探った。
 クレパスまでの距離、30メートル。
 コンバットロボは何度も砂に脚をとられたが、カズマは瞬間的に体勢を修正しながら伴走した。その時、モニター内の矢印が円い点滅に変わった。ターゲットを捕らえたのだ。
「ここか?」
 見上げると、砂色に濁った排水をほとばしらせている。
 カズマはロケット砲の銃身を穴に差込み、引き金を引いた。
「くらえ!」
 排水口の奥深くが明るく輝いた。
 次の瞬間、猛烈な爆風が襲ってきた。
 カズマは、コンバットロボをスライディングさせ、排水口から吹き出す灼熱の放射疾風をかわした。
 ロボットは地面を滑り、断崖の直前でようやく止まった。
 シナノの船体は、クレパスに飛び出した瞬間、爆発を起こし、四方から火を噴き出した。やがて巨大な火の玉となって落下して行った。
 立ち登る炎を背に数十隻の救命艇が飛び立った。
 谷底から巨大なきのこ雲が立ち登り、熱風が砂漠の上を凄まじい速度で放射状に広がった。その爆風で救命艇の幾つかはバランスを崩し落下したり、艇同士が接触して墜落した。
 カズマのコンバットロボも吹き飛ばされて転がった。
 ミハルは岩陰の窪みに身体を伏せ、爆風が去るのを待った。

 しばらくしてミハルは顔をあげ、防御用ゴーグルを外した。
 顔中埃だらけだが、目の回りだけが白い。
 崖の上から立ち上がる火柱と煙を見て、ミハルはようやく勝利を確信した。
「やった。あとはパパとカズマが無事に戻るのを待つだけね」
 ミハルは頭に巻いたバンダナを外し、大きく息を吐いた。
 ほどなく傍らに1隻の救命艇が着陸した。フロントガラスに遮光シールドが貼られているため中は見えない。
「おかえりなさい、パパ。ケガはない?」
 ミハルは明るい声で、ボートに歩みよった。
 ドアが開き、中に見知らぬ男が座っているのを見て、ミハルは息を呑んだ。
 男は素早い動きで船から飛び降りると、ミハルの胸倉を掴み、引き倒した。
 ミハルは反撃する間もなく、男に顎を蹴り上げられた。
「おまえか、俺の船を沈めたのは」
 男は逃げようとするミハルの腹を情け容赦なく蹴り、少女を気絶させると、救命艇に担ぎ込み、どこともなく飛び去った。

 そのころハラダとドクターゼンは偵察機でミハルを捜していた。
 シナノから飛び立った艦載機を迎撃するのに手間取ったのだ。
 数分後、シナノの航跡近くの岩山にミハルのエアバイクと牽引してきたハラダの大型バイクが見えた。
 着陸してミハルを捜したがそこに姿はなかった。
 見渡すとミハルのエアバイクにメモが貼られていた。カトーの書置きだった。
 しばらくしてカズマが到着した。
 カズマはゼンじいの姿を見るとコンバットロボを飛び降り、駆け寄った。
「ゼンじい、無事か」
「カズマ、手間をかけたな」
 二人は互いの無事を心から喜んだ。
「ところで、ミハルはどこだ?」
 ハラダがメモを渡す。
『この娘の命が惜しければ、私の言うことを聞け』
 カズマの顔色が変わった。
「カトーの仕業だ。奴は救命艇で脱出後、ミハルを発見したらしい」
「カトーめ、昔からただでは転ばない奴じゃ」
 ゼンも苦々しく吐き捨てた。
「奴を殺さなかったのは失敗だったな」
 ハラダは、怒りを押さえて言った。
 しばらくしてクマが乗る救命艇が、カズマたちの姿を見つけ着陸した。救命艇から降りるとクマはハラダに敬礼した。
「クマ、無事だったか」
「はっ、おかげさまで」
「ここは軍隊じゃない、堅苦しい挨拶は止めよう」
「はっ」
 クマはもう一度敬礼してから、ゼンの顔を見て、無事を喜んだ。
「救命艇の無線で言っていましたが、軍がシナノ撃沈の知らせを受けて動き出しました。急いでこの場を離れたほうが良いと思います」
 クマが言った。
「わかった。俺はミハルを救出に行く。クマとカズマはドクターゼンを頼む」
「待て。俺も行く、連れてってくれ」
 カズマは地面に落ちていたミハルのバンダナを頭に巻いた。 
 ハラダは無言で頷いた。
「カトーの居場所はわかっているか?」
 カズマが問う。
「ああ、奴はアシガラの別荘にいる」
「どうして軍に戻らない?」
「シナノを沈めた責任は重い。軍法会議で徹底的に追及されるだろう。軍内部には反カトー派が腐るほどいる。奴らはこのチャンスにカトーを潰しに動く。今までやりたい放題してきた奴の悪行が明るみに出れば銃殺はまぬがれない。もはやカトーには戻るところがない。さて、軍が別荘に突入する前にミハルを奪い返す」
「アシガラなら半日の距離だ。今から出れば、夜には着けるな」
 カズマは怒りが胸に込み上げて、止まらなかった。
 ハラダは大型バイクを牽引車から降ろし、エンジンをスタートした。軍服を脱ぎ、バイクのサイドバックからいつもの上着を取り出した。カズマはコンバットロボの背中のボンネットを開けてエンジンを点検した。爆発寸前にまで加熱したエンジンが、すっかり冷えている。これならば大丈夫だと安心して、ボンネットを閉め、給油口に燃料瓶を差し込んだ。
 その時、上空に白い飛行機雲が見えた。ジェット戦闘機は高度を下げクレパスから立ち上る黒煙の上空を何度か旋回した。
「偵察機だ。すぐ本体が来る。クマ、カワゴエに俺の秘書がいる。俺のアジトは彼女に聞いてくれ。カワゴエから30キロ北の小さな村にある」
「了解。カガリさんですね」
 クマが答えると、ハラダはバイクを勢い良く発進させた。
「えっ?カワゴエのカガリ?」
 カズマは「カガリ」という名が気になったが、ハラダが猛スピードで発進したので、慌ててコンバットロボで後を追った。
 スコールの季節にはまだ早かったが、アシガラ方面に連なる山の峰には暗い雲がたちこめていた。


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