作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 最近、雨という雨が降らなくなった。
 しかし曇り空は一向に回復しない。
 雨の日は、体がだるいのに…



 「僕がですか?」
 タンラートは、軍から支給された桃缶の中身を皿に移し替えながら、間の抜けた声を発した。
 「他にちょうどいい奴がいないんだ。どうせ今週は自主訓練期間だろ?」
 すぐにでも食いついてくると思っていたロブは、タンラートの反応に逆に驚いている。もちろん外見には出さないが。
 「そうですけど。いいんですか?僕で」
 「ああ、俺もその方が気が楽だ」
 今週いっぱいは、自主訓練期間だった。何かと国の行事で忙しくなるこの時期、行事への警備隊以外の軍人にまで手が届かなくなるほどの多忙さに、それが終わるまでの期間を自主的な訓練期間として少しでもスケジュールへの負担を軽くするという考えだ。毎年のことながら駆り出されるのはほとんど階級のないも等しい軍人達のため、上層部、つまりタンラート達にとっては監視のないお気楽な休暇期間となる。
 例年に比べて今年は二週間弱と短いものの、タンラートにとっては嬉しくもない退屈なものだ。だから今もこうして病室生活を送っているロブの元に見舞い口実に退屈凌ぎにきている。
 「どうぞ」
 「ありがとう」
 綺麗に皿に盛りつけた桃に、フォークを添えてロブに渡した。
 「それにお前は前にも一度世話になってるから、また新しく来る奴に一から教え直す手間が省ける」
 ロブは桃を小さく皿の上で切り分け、などはせずに缶から取り出した四分の一サイズそのままを口で噛み切った。口いっぱいに甘い香りが広がる。
 「僕は全然かまいませんよ。どうせやることもないし」
 「里帰りとかは、考えていないのか?」
 それを聞いてタンラートがわずかに目を細めた。もちろんロブはそれを見逃さない。
 「本当に人が悪いですね、あなたは。事情はどうあれ、僕が帰れない…帰らないことくらいあなたなら知ってるくせに」
 タンラートの通常の口調に、フォークを空の皿に置いた。
 「それも知りたくてな」
 ロブが窓を向いて言った。声が少し枯れていた。
 初めて彼と会った部屋も、こんな感じだった。
 向かえにもう一つベッドがあって、水の少ない花瓶と不必要な額が壁に飾ってある。少し傾いた額の後ろで、日焼けを免れた壁紙がわずかに顔を出す。
 タンラートはこちらを向こうとしない上官に、伏し目がちに、しかしはっきりと伝える。
 「わかりました。お受けします」





 「そう言えばシェイ、お前最近タナーと一緒にいないよな」
 「…別に」
 普段とは違う口調のシェイに、軽い気持ちで会話のきっかけを投げつけてきた友人は、小さく目を丸くしてみせた。
 「どうしたんだよ。怒ってんのか」
 しかし友人はかまわず廊下を歩き続けるシェイの辺りをせこせこと歩き回り、質問を投げかける。
 「けんかでもしたのか?」
 その言葉に、温厚で誰も怒った姿を見たことのないシェイが、ついに目を吊り上げた。
 「俺に話かけるな」
 「…」
 友人は目の前の出来事に目を更に丸くし直し、呆然と見入った。
 「さっさと行けよ」
 激しい変動に、恐怖を感じた友人は小さく口を開いて行ってしまった。
 シェイはその様子をじっと見ていた。彼が去って行った方行にあと五歩も歩けば、シェイはこの二週間通い、結局訪ねることのできなかったタンラートの部屋のドアにノックができる。
 しかしやはり今日も全くの空ぶりでそこを早々に立ち去った。








 さあ、そろそろはいてしまえ。

 楽になりたいんだろう?僕



 でもそうしたら、楽に伴う苦しみも背負わなければいけなくなる。





 僕は天国の存在を見せてもらった。
 なら今度は地獄かな


 どっちみち、最後に行き着くところとはなにかと、今の僕は理解しない




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