作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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「まったく、腰抜けのくせに、八重に言い寄るとは」あきれ果てた父に、
「父上、このかんざしの飾りの野路菊の文様、……わたしが小さい頃から野路菊を好きだったのを覚えていて、……それに引き替え、あの男、わたしに何一つ欲しい物をくれたことがなく、節約せよ、節約せよ、で、自分は女に金を貢いで……身勝手なあの男より、小次郎の方がましです!」
「お前は、小次郎を可愛がるが、厄介者の小次郎と夫婦になるわけにはいかぬだろう。兄夫婦に男の子も生まれているし。……しかし変だな? この頃小次郎は、商家に出かけて、土産(みやげ)をもらっているようだ。この前、井筒屋から譲られた、遠州作の釣り道具を、わしに呉れたし……お礼が欲しくて、清水井の水を持っていってはおらんが……」徒目付の性(さが)で、無意識に藩士らの行動には目を光らせていた伝左衛門は、首を傾げた。

「本人が言っているとおり、帳面の勘定の手伝いでしょ」
「勘定の手伝いで、お礼? 商人は勘定を自分でするが、はて?」
「小次郎は、何も悪いことをするはずはないでしょう」
「そりゃそうだが。……商人になり、身を立てるつもりだろうか。だが、あんな者に商人は勤まらんが」日ごろの怯えた感じの小次郎を思った。
     

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