作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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 明暦四年(一六五八)元旦、店から東の方にある総社への初詣でに、お夏は清十郎一人をお供にした。
 オミクジを開いて、お夏、
「ああ、末吉、もういやねえ」
 
 木に結びに行こうとすると、
「おなっちゃん」幼なじみの、お久が声をかけた。しっかりした中年の下女が付いている。
 二人は新年の挨拶を、型どおりして、お久が、そこらを見て回ろうと誘う。
「夕時までに帰るから、清十郎、先に帰って。……、ああ、その前に、代わりに結んでおくれ」握りしめていたオミクジを渡して、友と歩く。

 お久が、こっそり、
「お夏ちゃんは、いいわねえ」
「何が?」
「嫁に行かされる加賀屋の息子にくらべたら、あの手代のほうがましだわ。何とも言えない商人としての真面目さがあるし。わたしの家は、婿の親の金を頼りの政略結婚。おなっちゃんとこは、悠々の婿取りか……」
「いやっだあ、お久ちゃん、あんな青びょうたん(笑い)不義はお家の御法度!なのよ」
「御武家さま、じゃあるまいし、……青びょうたん?見えないけど……。あの清十郎さん、毎朝、通りがかりる両替商の店先で、両替相場を写しているでしょ。あの真剣な顔、……ああ唄の清十郎が、ここにいる! と思ったの。でも、わたしに気づいて、挨拶したとき、顔が崩れて、普通のそこいらの手代なのよ、へへへ」

 
 青びょうたんみたいだったのが、あか抜けして、手代風の色に染まっているのを、お久の言葉で、お夏は気づく。
(毎日、顔を合わせているから、判らなかったけど、人は変わるのねえ、一度、真剣な顔を見てみようか)


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