作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 ドキューン。
 突然、銃声が轟き、ミハルにナイフを振りかざした男の頭が吹き飛んだ。
 群集は凍りついたように静まった、
 ドキューン
 さらにもう一発銃声が響く。
 こんどはミハルに掴みかかろうとした男が倒れた。
「ハラダだ」
 誰かが息を飲むようにささやいた。
 大型バイクから降りてきた男が、マグナムを片手に群集の前に立つと人垣が左右に割れ、一筋の道になった。
「パパァ!」
 ミハルがその道を走り抜け、ハラダに抱きついた。
「何を騒いでいる」
「この小僧が仲間を殺した。だからリンチにしようとしたんだ」
 群集の中の男が答えた。
「そうか。だが、そいつは一人も殺していない。たとえ殺したとしても、この3人は戦闘中に死んだ。そいつに責任はない」
「だからといって、いきなり二人を撃つなんて、そんなことがどうしてあんたに許されるんだ?」
 男が怒鳴る。
「そうだな。もし仲間を後ろから撃ったらリンチに掛けられても仕方ないだろうな」
「ハラダ、どうやって責任を取る」
「責任。いい言葉だな。誰かそこに転がっている二人のポケットを探れ」
 少年の一人が恐る恐るポケットに手を入れた。
 内ポケットから出てきたのは軍の身分証明書だ。もう一人も同じだった。
「こいつらはスパイだ」
 少年は叫び、二枚の身分証明書を高々と掲げるとハラダに走り寄ってこれを渡した。
「見ての通り、こいつらは軍の犬だ。少し前に気付いていたが泳がせておいた。何が目的かと思ってね。どうやら情報収集と村の治安の悪化が目的だったようだな。ところで残る一匹はこの後どうやって動くつもりかな」
「黙れ、でたらめ言いやがって」
 ふいに男がハラダに銃を向けた。が、男の銃よりもハラダのマグナムが火を噴くほうが早かった。
 ドキューン。
 3発目の銃声が鳴り響き、眉間を打ち抜かれ男は砂の上にドサリと倒れた。
 少年が倒れた男のポケットを探ると、やはり同じ軍の身分証明書が見つかった。
 ハラダは3枚の紙切れをポケットにしまうと、バイクのトランクボックスから布袋を取り出し、砂の上にズンと置いた。
 布袋からは金貨が溢れるように落ちた。
「さあ、今夜は死者の弔いだ」
 ハラダが叫んだ。
 参列者は大声を上げて口々にハラダを讃えた。
 すぐに村に1軒だけある酒場の酒蔵を開けられ、女たちが次々に料理を運び、大きな樫木がある村の広場で酒盛りが始まった。
 ハラダの周りには入れ代わり立ち代り村人が集まり、楽しそうに話しをしている。
 大人ばかりでなく子供たちもハラダを慕っているようだった。
 ハラダはすり寄ってくる子供たちを気さくに抱き上げあやした。
 そこには軍をたった一人で殲滅した賞金首の陰はどこにもなかった。
 ミハルは酒を飲まないが、しばらく宴会につきあっていた。その横で居心地悪そうに座っているカズマの前に、数人の村人がおずおずと酒と料理を運んできた。
「息子がお世話になりました」
 中年の痩せた女が深々と頭を下る。
 誰かが、昨日の戦闘でカズマが、盗賊団を逃がしたことを語ったらしい。
 その女は猫の頭ほどもあるキズだらけのガラスのコップになみなみと酒を注ぐとカズマに勧めた。カズマは少し躊躇したが、酒を飲み干した。
 ミハルは女たちと話しをしていた。
 ふと気づくと子供たちが周囲に集まって大笑いしている。
「ミハル姉ーちゃん。捕虜が吠えてるよ」
 子供に促され、見るとカズマが真っ赤な顔で吠えている。
「ガオーツ、ガオーッ」
 子供たちはそれが可笑しくてカズマに近づく。すると、それまで眠ったふりをしていたカズマが突然眼を開けて、吠える。
「ガオーッ。ガオーッ」
「あんた、何やってるのよ」
「えっ、ああ、ガキを追っ払っていた」
「そんなことしたら、目珍しくて、ますます集まるわよ」
「そうか? ガオーッ」
 そうっと近寄ってくる子供たちの様子を横目でうかがっていたカズマがくるりと身体をひるがえして吠える。楽しそうな悲鳴が放射状に広がった。
「あんた、酔っ払ってるの?」
「いや、一杯飲んだだけだ」
「一杯でも酔っ払うの」
「そんなもんか」
「そんなもんて、あんたお酒飲んだことないの?」
「無い」
「じゃ、断ればいいのに」
「勧められて、断るのは男がすたる。男は何でも挑戦。俺はチャレンジャーだ」
「呆れたわ。さっ帰るわよ」
 カズマが立ち上がると、子供たちが後を追って来た。
「お兄ちゃん、もっと遊んでよ」
「このお兄ちゃんは捕虜なの、これから牢屋に入るのよ。だから遊べないの」
 ミハルが優しく諭す。
「お兄ちゃん、牢屋出たら遊んでね」
「またな」
 カズマは手を振った。
 酔って足元がふらつくカズマをミハルは肩で支えて家に戻った。
 ベッドの前で、ミハルが聞いた。
「おとなしく縛られる?それとも気絶する?」
 カズマは再びベッドに縛られた。
 天井がぐるぐる回った。
 宴会の会場から歓声や楽器の演奏が風にのって聞こえてくる。
 キッチンからはミハルの作る料理の香りが漂っていた。
「あんた、ハラダの娘だったのか」
「違う、恋人よ」
「まさか」
「どうして」
「だって、あんたガキじゃないか。ハラダとはつりあわない」
「失礼な奴、レディーに向かって」
「どうしてガキを集めて盗賊ごっこなんかやっているんだ」
「ガキ、ガキっていうけど、あんたもガキじゃない・・・ガキの方が大人より勇気もあるし役に立つわ。それにね、遊びじゃない」
「船の襲撃もハラダが裏で操っていたんだな」
「かもね」
「俺があの船に乗船していることを、ハラダは知っていたのか」
「さあ?どうかしら」
「俺を襲ったり、葬式に連れ出したり、みんなハラダの指示なのか?」
 ミハルが口を閉ざした。仕方なく黙って天井を見上ているとカズマは眠りに落ちた。
 目を覚ますと、ミハルは拳銃を分解していた。幾丁ものライフルやピストルがテーブルの上下に置かれている。ミハルは手馴れた手つきで分解し、汚れを拭い、錆び止めのオイルを銃身に塗ると再び組み立て始めた。
「眼が覚めた?」
 ミハルは手にもっていたライフル銃の銃口からカズマを覗いた。
「呆れたわ。よく眠れるのね、あんた捕虜なのよ」
「眠いときに寝るのが俺の健康法さ」
「殺されるとは思わないの」
「殺すなら、こんなに手間をかけないだろう。それにミハル、俺の名前は、あんた、じゃなくてカズマって言うんだぜ」
「捕虜のくせして気やすく私の名前を呼ばないでよ。あんたなんか、あんたで十分よ・・あっ」
 ライフルの銃身を持ったままミハルはスウっと立ち上がると窓の外を見つめた。
 遠くからエンジン音が近づいてくる。
「帰ってきた」
 その音は壁の向こうで止まった。ミハルがドアを開けると、ハラダが立っていた。
「おかえり」
 と、胸に飛び込むミハルのはずむ身体を、ハラダは太い腕で抱き抱え、透き通るような白い頬にキスをした。
 ハラダは、布袋を片手で持ちあげ、テーブルの上に置いた。
 中からは、金貨や札束が転がり落ちてきた。
「ミハル、みんなに分けてくれ。戦死した3人の家族には多めにな」
 ハラダはドカリと椅子に座ると、サングラスを外し、カズマを睨んだ。
 じかに見るハラダの目は意外なほど澄んでいた。
「さて、カズマとか言ったな。小僧、まだ、俺の首を狙っているのか?」
「ガキ扱いしやがって、今度、やればおまえの首など簡単に取ってやるぜ」
 ハラダへの反発心がむくむくと湧き起こってきた。
 カズマは自分の感情がコントロールできないことに苛立った。
「心を制御できない奴は何をやらせても、3流だ」
 小僧扱いされたカズマは、ふてくされてハラダを睨み付けた。
「さて、話しを聞こうか。まず、おまえは何者だ?」
 ハラダは改めてカズマに尋ねたが、カズマは横を向く。
 ハラダは、懐からマグナムを抜き、カズマに向けて撃った。
 弾丸はまくらを吹き飛ばした。
「これでも、しらばくれるか」
 もう一度ハラダが引き金を絞ろうとしたとき、カズマはエビのようにのけぞり、全身をしならせてスパッと起きあがる。
 すぐにテーブルの上のピストルを一丁つかむと、ミハルの腕を引き寄せ銃口を後頭部に押し付けた。
「形勢逆転だな。ミハルの目を盗み少しずつ縄を緩めておいたんだ。さあ、そのでかいモノをしまえよ」
「ほほおう、面白い奴だな。しかし、その娘は簡単に撃てないぞ?」
 ハラダはジッポーを取り出し、タバコに火をつけて笑った。
 同時に机の下でマグナムの撃鉄の音がした。
 カズマは身体を硬くした。
 ミハルはゆっくりと振り向きカズマを見つめた。
 瞳には余裕の笑みが浮かんでいた。
「ねえ、あんた。女の子を抱くときは、そんなに手荒にしてはダメよ」
 ミハルは小声で囁いた。
 カズマは生まれて初めて生身の女の子を抱きしめていることに気がつき、身体がこわばった。その隙をミハルは見逃さず、膝でカズマの股間に蹴りを入れ、ひるんだカズマから逃れた。
「ゲームは終わり。あんたの負け。だいたいその銃に弾なんか入ってないんだから、あんたも見てたくせに」
 ミハルはカズマから銃をひったくった。カズマはニヤリとうなずき、抵抗を止めた。初めから撃ち合いをするつもりはなかったが、小僧扱いされたケリだけはつけておきたかった。ハラダはマグナムを懐にしまい、
「縄を緩めミハルを人質に取るまでは評価しよう。よい動きだった。」
 と、カズマを誉めた。
 この一言でカズマは救われた気分になった。
「さあ、ミハル飯にしよう」
「おい、俺の話を聞かないのか」
「まあ、まて、メシが先だ」
 ミハルは整備中の拳銃やライフルをさっさと片付け、手作りシチューにサラダ、それに飛び切り旨そうなステーキが並べた。
「あんたも食べて。汚染された砂トカゲのバーベキューよりは美味いし安全よ」
「汚染された砂トカゲだって?あそこは汚染地帯なのか」
「そうよ。あなたの間抜けさにはあきれたわ。あそこは昔、核廃棄物を大量に捨てていたところよ。21世紀ごろ地下300mに造った施設だけど、地殻変動期に隆起して核廃棄物が剥き出しになっているの。あそこでは誰も狩をしないから、生物はたくさんいるけどみんな汚染されているわ」
「詳しいんだな」
「ちゃんと警告の看板が出ていたわ。その受け売りよ」
 汚染地帯を見抜くのは、サバイバルの初歩の初歩、それを怠ったことを指摘されてカズマは返す言葉がなかった。
「わたしがあの肉を撃たなければ、あなたは体内被曝していたのよ」
 ハラダは、二人の会話におかまいなく食事をはじめた。
「どう、おいしい」
 ミハルがもくもくと食べるハラダに聞いた。
ハラダはシチューを一口すすり、親指を立てた。二人の間で「良し」の合図なのだろう、ミハルは無邪気に喜んだ。
「どこでこんな上等な肉を手に入れるんだ」
 カズマは肉にかじりつきながら尋ねた。
「あるところには腐るほどある」
「あるところって」
「支配者のキッチンさ」
「支配者のキッチン?」
「ところでカズマ、どうして俺の首が欲しい。目的は金か?」
「別にあんたの首を狙っていたわけではない。会って話しをしたかっただけだ」
 カズマは、食べるのを止め、ゼンじいから預かったポスターを引っ張り出し、ハラダに手渡した。
「俺は遺跡発掘屋だが、お宝を目の前にして軍に襲われた。沢山の仲間が殺され、親方は、軍に捕まった。生き残った仲間達が親方を助けに行こうと言ったが俺は止めた。というのは戦闘中に親方はこのポスターを俺に渡して、あんたに会えと言ったからだ。理由を聞く暇はなかった。それでとにかく俺はあんたを探したんだ。あんたを探すには、賞金首協会に入るのが手っ取り早い、ということを聞いて、協会に入った」
「親方の名前は」
「俺はゼンじいと呼んでいた」
 ハラダはポスターを眺めながら、しばらく考え込んだ。
「なるほど。まず、メシを済ましちまおう。話しはそれからだ」
 ミハルがコーヒーを入れて席に着くと、ハラダはライターを取り出し、ポスターの隅を炎で焦がした。
「燃やすのか?」
「ま、見ていろ」
 ポスターは端からほぐれ、内側から数枚の薄紙が出てきた。それには細かい文字でびっしりと数字が並んでいる。
「なんだと思う」
 ハラダに聞かれたが想像もつかない。
「何かの暗号か」
「そうだ。ミハル、スキャナーを出してくれ」
 ミハルは棚から小型スキャナーと端末をテーブルに載せた。ハラダはスキャナーの蓋を開き、薄紙を載せた。端末のモニターがパスワードを求めると、ハラダは迷うことなく「kazuma」と打ち込んだ。
「俺の名前がパスワードか」
「そういうことだ」
 コンピュータが小さなうなりを立て分析を始めた。
「地上最強の軍艦シナノの、おかげで世界のミリタリーバランスが微妙に狂い始めている。なにしろシナノ1隻のパワーで世界の実権を握ることも可能だからな。箱庭のような関東砂漠をうろついている内は良い。しかし、今に必ずシナノを使い他国を支配しようと考えるやからが現れる。そうなれば、この関東はまた戦争に巻き込まれる。俺はシナノの建造のことを知ると、幾度か破壊工作に動いたが失敗した。どこにも奴のウイークポイントが見つからなかった。しかし、この設計図があれば糸口が見えるに違いない」
「どうしてゼンじいは、シナノの設計図を持っていたんだ」
「それはゼンじいさんこと、ドクターゼンがこの戦艦を設計した本人だからさ」
「ゼンじいがこの船を設計した」
「そうだ」
「詳しく聞かせてくれ」
「ドクターゼンは軍の研究施設で古い遺跡の発掘を行っていた。遺跡を調査し、過去の文明の技術を取り戻すことが、彼の研究テーマだった。軍はゼンに地上最強の軍艦の建造を命じた。ゼンは遺跡から得た知識すべてを傾けて設計した。しかし、ゼンは船を完成させずに命がけで軍から抜け出した。すべての設計図を消去してね。しかし、軍は完成させた。誰かがゼンの裏切りを予想して設計図のデータをあらかじめコピーしてたのだろう。俺には、そいつが誰だか検討はついているがな」
「どうして、あんたはそんなに詳しいんだ?」
「当時、俺は軍人として、ドクターゼンの研究を手伝いながら、同時に彼を監視する役割だった」
「ゼンじいは、どうして軍から逃げたんだ?」
「ドクターゼンは、封印された技術を次々に発掘した。しかし、その技術は軍が独占し、人々を幸福にしなかった。逆に技術は人殺しの道具に使われた。その現実を見た、ゼンは思い悩んでいた。俺は彼を監視しながら、次第にその考え方に共感を覚え、ドクターゼンの逃亡を助けた」
 ハラダの話を聞き、カズマは言葉が出なかった。
「ドクターゼンは今、シナノに乗っているのか」
「捕まるのを見た仲間がいる。ゼンじいは俺に、ケリをつけると言っていた。一か八かワザと捕まったんだと思う」
「多分な。ドクターゼンとオレ、そして、カズマ、オレたち3人はけりをつけなくてはならない問題が残されている」
「問題?」
「ああ、そのうち教えてやる」
 ハラダはキッチンの戸棚を開けた。そこには無線機が隠されていた。
「キッチンからトマトへ」
 ハラダは暗号を使い誰かを呼び出した。
 すぐに応答があった。
「こちらトマトです。キッチン、電波状況は良好です」
「シナノの動きを教えてくれ」
「現在、タチカワ基地に入港中です。出航は明朝9時。ノーマルパトロールです」
 基地に紛れ込んでいるハラダの工作員らしい。カズマはいつか協会で老賞金稼ぎが言っていた、ハラダのネットワークのことを思い出した。
 ハラダは通信を終えると無線機を戸棚に戻しコンピュータの前に座った。すでに分析が終わり、モニターにシナノの3次元設計図が描かれていた。
「ブリッジの下にあるこの部屋が艦長室だ。その周辺にある個室が士官室とゲストルームになっている。ドクターゼンはこのあたりに、監禁されているはずだ」
「どうして独房ではないんだ?」
「奴らはドクターゼンを懐柔して、再び軍のために働かせようとしている。ゼンの経験と知識はどうしても欲しいからな」
「ゼンじいは軍人を毛嫌いしている。絶対に協力しない」
「そうだろうな」
「入港中なんだろ。基地に降された可能性はないのか」
「基地司令にそんな情報は入っていない。ドクターゼンが捕まったなら、軍首脳部は黙ってないだろう。ゼンのことはシナノ内部で緘口令を敷き、外部に漏れないようにしているはずだ」
「どうして分かる」
「シナノの艦長は、関東方面司令官のカトーだ。奴とは腐れ縁でね。奴はシナノのパワーを独占して、軍を掌握したいと考えている。だから、ゼンを本部には絶対に渡さない。多分、今回のこともカトーが独自に動いているのだろう。しかし、奴の神経はか細く、ヒステリー気質がある。何が起こるかわからない。救出は急いだほうがいい」
「どうやって救出する」
「今、わかっているのは、シナノは明日9時に出航して、いつもの定期パトロールコースを回るということだ」
 ハラダはキーボードをたたき、画面に関東全体の地図を映した。地図上にシナノの航路が描かれている。
「シナノのノーマルパトロールの航跡図だ。砂漠地帯のパトロールが主な任務だから、コースは大体決まっている。シナノを襲うチャンスはワンチャンスだ。この襲撃で必ず沈める」
「了解。でも仲間を集めなければ」
「俺とカズマとミハルの3人で充分だ」
「たった3人でか?」
「そうだ。3人いれば充分だ」
 カズマはたった一人で東北管区の軍事基地を壊滅させた男の言葉を信じることにした。
「襲撃ポイントはここだ」
 ハラダは地図上にマーキングした。そこはシナノの航路とオオトネ・グランド・キャニオンが接している地点だった。オオトネ・グランド・キャニオンは深さ200メートルもの谷が60キロ以上続く、大クレパス地帯になっている。
 砂漠をまっすぐ東に向かってきたシナノは正午にクレパスに突き当たり、南に針路を向ける。クレパスにシナノを叩き落してやろうぜ」
「どうやって」
 カズマが聞くと、ハラダは再びモニターに3次元図を映して説明した。
「シナノを谷底に落とすには動力炉を完全に破壊する必要がある」
「どうやって動力炉を破壊する?」
「設計図のおかげでわかったよ。シナノの弱点がな」
 ハラダは立体図の中の動力炉の部分を拡大した。
「ここがシナノの機関部だ。動力炉は完全なシールドの中に閉じ込められていて、外部からの攻撃は不可能だ」
 ハラダは、動力炉から船底に向かって降りている細いパイプをマーキングした。
「唯一の弱点がここだ。これは炉内に溜まる水を捨てる排水施設だ。ここを直撃弾で攻撃すれば内部で爆発を起こす。ただし、この排水孔は船底にある。シナノは、巡航速度60キロで航行中、2〜3メートル浮上している。その船底にコンバットロボで潜りこみ、直径30センチの穴にミサイルを打ち込む」
「スゲー、荒業だな。砂漠のデコボコを60キロで走り、ミサイルの精密射撃かよ」
「そうだ。できるな、カズマ」
「あったりまえだ。難易度レベル9てとこかな」
「できるだけクレパスの崖直前で撃ったほうがいい。早すぎると崖に落ちず不時着する可能性がある。襲撃後は直ちに離脱。失敗すれば船底に挟まれペチャンコだ。ミハルは、カズマを援護しながら艦橋を徹底的に破壊しろ。次に推力用プロペラを壊せ」
「了解」
 ミハルもうなずいた。
「俺はあらかじめシナノに潜入し、落下直前にドクターゼンを救出する」
「それだけかい?アバウトな計画だな」
「計画なんていい加減な方が成功する。あとは臨機応変だ。俺はタチカワ基地で出航前のシナノに潜入する。二人はこの襲撃ポイントに向かってくれ。予定時刻は、明日正午だ」
 カズマは、うなずくしかなかった。
「さ、こっちで武器を選んで」
 ミハルがカズマの腕を引っ張り、裏庭のガレージに案内した。鉄の扉を開き、ミハルがランタンを持って先に入った。カズマは黙って後に続いた。
 壁のスイッチを入れると、あらゆる武器、弾薬が隠されていた。協会の地下室ほどではないが、一分隊が補給も無く一ヶ月は立て篭もることも可能な量だ。奥の方に巨大な人影があった。カズマにはそれが自分のコンバットロボだとわかった。
「俺のコンバットロボも運んでくれたんだ」
 コンバットロボ用の武器も充実していた。カズマは小型の対戦車ミサイル砲を選びコンバットロボに装着した。
ミハルはエアバイクに機関砲付きの牽引車を着け、開いているスペースに弾丸とミサイル砲、対戦車ライフルなどを積み込んだ。さらにその後ろにハラダの大型バイクを積んだ牽引車を付けた。
 ハラダはマグナムに弾丸を装填し、ホルダーに閉まい、小型エアバイクに跨った。
 ミハルはガレージのシャッターを開け広げた。
 カズマはマシンのエンジンに火をいれて外に出る。排気ガスが背中の排気口から吹き出し、心地よい振動がカズマの身体を震わした。 続いてハラダとミハルがバイクのエンジンに火を入れた。それぞれのマシンが、心地よいアイドリング音を寝静まった村に響かせた。
「さて、ぼちぼち行くか」
 ハラダの合図で3人は夜明け前の荒野を走り出した。

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