作品名:奇妙戦歴〜文化祭〜最終版
作者:光夜
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 「それにしてもよお、あいつらって何なんだろうな。そりゃあ頭の無い奴は知らないけれど、自分の意志があるってのに殺す事しか考えないなんて勿体ねえな。お前みたいに自由に生きていく力も権利もあるのに」
 「……………………」
 「しかもさ、あれだ。あれもイリスの考えで動いてんのかね、いっていることは人間じみているのに行動だけは獣、気味が悪いって言うよりも不愉快だな。不満だ、不快だ、不愉快だ。生まれて来ても不条理にしか生きられないなんてあんまりだ。そんな理念なんか捨てて記月記みたいに生きられないのかな」
 「……………………」
 廃ビルへ向かう孝太は暇つぶしのため、いや愚痴なのかも知れないがそれでも黙っていては身体に毒とばかりに記月記に話し掛けていた。別に気分が悪いとか気持ちが沈んでいるわけでもない。ただ話がしたくて言葉を発していると言う事だ。そう考えれば孝太自身生きると言う事に執着を持っているのだろうが、その話し相手は一向に言葉を発しない。孝太も気にせず会話を続けているがそれもそろそろ終わりだろう。
 「おい………」
 「でもよお、何でお前はそんなに口が達者なんだろうな。身体って人形なのに、脳があるわけでもなしだからってその知識は何処に留めるんだか―――――」
 「おいっ…………」
 「身体も神経が無いし、綿百パーセントだろ?筋肉も無い身体でさ。そうなるとやっぱ解体してみたいよなあ、神経や筋肉、脳も何処にあってコアと何処がつながっているのか―――――――――」
 「おいっ、って言ってんだろうが孝太!」
 愚痴に黙っていた記月記が不満と共に大声を出した。が、なぜかその声は幾分後ろの方から聞こえてきた。
 「あ、どうした記月記?」
 立ち止まり首を後方へやるとジタバタと暴れている熊が居た。後ろ首の部分を肩にかけた斑匡に引っ掛けられた姿は旅人が持っている風呂敷と酷似している。苛めではない、ぐったりと倒れていた記月記を(孝太がそうした)拾ったが幾分重かったので腰の刀を肩にかけて吊るして移動したのだ。その間話していたのだが、まあ彼にとって不満の元でしかなかったらしい。
 「どうした、じゃねえ!って言うかなに物騒な事を暇つぶしじみた声で言ってんだよお前はっ、それより下ろせよ!俺は干し物じゃねえっ!」
 「ああ、すまない。何せ大型のぬいぐるみは比較的重いからな。こっちの方が楽だったんだよ」
 許せと孝太は笑って降ろした。
 「ったく、愚痴は良いけど俺を解剖しようなんて考えんなよ。この高貴な身体に傷がついたら姐さんに申し訳が立たないだろうが」
 まったく、と記月記は降りると同時に体に残った砂を払う、パンパンなんて愛らしい姿は口が聞けなければ商品かも出来そうだった。まあ、今女性にこの熊が流行るかどうかなどは考える事ではないが――――――――――流行らないだろうな、だいぶ厳つい顔しているし。
 「…………………………………………………………解った、解剖は止めよう」
 そう言って孝太は夜の街を歩き始める。
 「おい待て!何だ今の間は、かなり怪しくて信用ならねえぞ孝太!おい、聞いてんのかよ、待ちやがれええええええええええええええ!」
 大声を上げて身の危険を振り払う記月記、彼の筋力は孝太以下なのでマジで侮れないほど不安なのだ。
 「冗談だよ、それより喋るなよ。ぬいぐるみが口を利いたら怪しいと思われるぞ。そんな化け物じみた熊がいたら世のテディベア業者が一斉に解雇処分だ」
 よく解らないことを言う孝太。ふん、と鼻で笑って記月記は言い返した。
 「何が怪しいだよ、このキュートで可愛くて愛らしい俺に女性の方々が退くはず無いだろうが」
 「………………………………」
 「なんか言えよ!」
 「……………………………なんか」
 キイイイイイイイイイイイ、とガラスを引っ掻いたような声で狂乱する。
 ちなみにテディベアは商品名でなくて、手作りの熊のぬいぐるみ全般をいうらしい。
 「もういい、お前がそんな非道じゃない事を祈るよ。それよりもさっきの愚痴だけどな何が言いたかったんだ」
 「ん?ああ、あれか。別に、ただ思った事を口に出しただけだ。生きていくだけの価値があるのに、ひたすらに言われた事をこなすだけなのは悲しいなと思って」
 「はあ、価値ねえ。お前、さっき俺たちの事『存在不適合者』なんて言ってたじゃないか、そんな無価値に言って捨てた奴に価値が在るなんて言われたくないが」ああ、そうだな。なんて人事で孝太は返した。それもそうだコアの事を罵るのならばここに居る記月記でさえその項目に当てはまる事になる。それを踏まえて孝太は無価値同然に言って捨てた。
 「解っている、俺がお前らの事をそう言ったのだって見た目や生きかたじゃないさ。ただそう思っただけだ。まあそれも単に脳が小さい奴は省くけど。でもお前は違うだろ、お前は力が無い分知能が人並みにあるからあっちには着かずこっちで平和に暮らそうとしている。葵がいなかったら別だろうけど」
 「でも、それを抜いても俺はお前らか一人で生きていたぜ。少なくとも争うのは嫌いだし、むざむざ殺されるのも嫌いだ」
 「だろうな、だからさ黎も明ももっとよく考えてその場で決定権を破棄しなければ良い生き方が出来たんだろうけどさ」
 「でも、それは結果だろ。そんないい加減な見解で俺たちに価値をつけてほしくないな」
 記月記はどこか不機嫌そうに孝太を見上げた、同時にいつの間に出ていたのか月を視界に捕らえる。
 「そうだな、だから俺は無価値同然に言って捨てたんだろうよ。結果だけ見てもあいつらに怒られるだけだし」
 無価値、そういい伏せても孝太の言動には誰も憎んでいない事が記月記にも解った、つまりはただの愚痴だったのだ。考えた末に出された小言(小さな言い訳)だったのだろう。
 「それでも、お前は別だろうな。少なくとも記月記にはそれなりの生き方があるんだから放って置いても価値が着いて回るだろうな」
 「………………………孝太?」
 自分は別格と言われ呆けた様に記月記は立ち止まった。いきなり言われたからもあるが孝太の言葉に嘘が混じっていない事に当てられたようだ。
 「はは、何だよそれ」
 呆けた顔で少し笑って孝太の後を追った。
 「………………あんがとよ孝太」
 風に間切るように記月記はそう言った、照れているのか頭を掻く姿は孝太のようでもあった。
 「うん?何か言ったか」
 その微かな声を響きのみで聞き取り記月記を見た。
 「いや、何も言ってない。それよりも急ぐんだろ」
 急かすように記月記は歩くスピードを上げる、少し首を傾げたがその疑問は吐いた息と共に笑顔に変わった。追いつくつもりで歩いたのだが記月記の歩幅は孝太の数分の一、数歩で距離は縮まり追い抜いてしまった。
 それに文句はつけず孝太も歩幅を合わせて目の前にそびえるビルを目指した。
 「で、上に着いたらどうするんだ」
 「さあな、斑鳩の加勢以外は考えてねえよ」
 「あの餓鬼が死んでいたら?どうする」
 「………………」
 唐突に孝太の声が止まる。何かを呑み込んだかのように思えたその仕草、記月記は少し言い方を間違えた事を後悔した。
 「今度から、要らないことを言ったら怒るからな」
 「む…………すまない、俺ももう少し言語を勉強する」
 「そうしてくれ、斑鳩は死なない。少なくとも寿命以外で死ぬ要素はあいつには無いさ。怪我ぐらいはするけどな」
 「………………………」
 それきり孝太は何も言わなかった。怒っていない事は歩く速さを見ればわかる、それでも幾分速度は速まったのはその逆。彼の身を案じての事だろう。
 廃ビルの前、孝太と記月木が到着した。
 「この上に、斑鳩が…………………」
 息を呑んで空に近い屋上を見上げる、耳を澄ませば剣戟のような音が届いてきた。
 「―――――――――っ!」
 居る、この上で最終戦をはじめている仲間がいる。階段に足を掛け駆け上がろうとする、が孝太は足を止め記月記に振り掛ける。人間には上がれる階段も小さな身体の記月記には大きな山になるだろう。そう考えて孝太は手を差し伸べる。
 「ん?なんだよ、俺はこのぐらい上がれるぞ」
 「………………」
 そうなのか?と孝太はあっさり手を引っ込め振り返ることなく階段を上がる、がなにやら後ろが騒がしい。振りかえればあの熊が―――――――――
 「やっぱり連れてってくれ〜………………」
 プライドもへったくれも無い、記月記は情けない声で孝太に助けを求める。「最初から言えよなっ、まったく」
 数段駆け下りて記月記をひょいと持ち上げて刀の先端にぶら下げる。片手が使えない孝太にとってこれが一番運びやすい方法なのだが少しでもバランスを崩せば記月記は遥か下となった地面へ落ちるだろう。
 (やっぱ頼むんじゃなかった……………)
 魂の抜けた表情は力を抜いた証拠なのか自然の力のみで揺られる体は今にも落ちそうで危ない気がした、そんなことにならないのは単に孝太の気が配られているからだ。
 階段を駆け上がる孝太はそれでも普通に上る速さを早めたぐらいで走っている様には見えない。体力消費を抑えるのが大前提だが孝太はこうも思っている。
 (気持ちだけで戦いに参加しても斑鳩に迷惑だ。この音を聞きながら気持ちを整えよう、そうしないと自分が抑えられない)
 戦闘狂の気が少しでも感じられれば孝太は何を置いてもそれを抑える事を優先するだろう。気持ちの昂ぶりを抑えながら一歩ず血液を集める。この階段が孝太のバラメーターの代わりなのだろう。
 階層は二十八、頂上まで二つ。ここまでくれば剣戟も微かとは言えなくなる、夜の空気に響く鉄同士の叫びはどちらが優勢かはっきり解った。
 「斑鳩、苦戦しているのか……………」
 タイラントが強い事は孝太も承知の上、それでも彼がここまで苦戦する理由が解らなかった。その所為か孝太がここまで抑えてきた昂ぶりがぶり返してきた。
 ドクン――――――――――太鼓の音と間違いそうなその響き。聞いたとたん更に重なる鼓動が聞こえてきた。
 ドクンッ――――――――――
  ドクン―――――――――――
   ドクン―――――――――――
  ドク――――――――
                      いい加減に収まれ!


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