作品名:探求同盟−死体探し編−
作者:光夜
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 本来、墓のある所に来るには、それ相応の大儀があって始めて成立するのが常。仏前と同様に、人間は精神論を語らせれば堂にでも言い繕えるだろうが、死人の眠る前に立つ以上は、その人物への敬意と、ある種の感情が必要である、と爺さんは言う。だが、その教えをそのまま鵜呑みにするのであるというならば、その教えは役に立たない。なにせ、死人は、現在留守なのだからな。
 「警察が、随分と現場検証していった跡って感じだな」
 「うん、そうだね。事件の開始を見れば、なにか見えてくると思ったんだけど、これだとちょっと難しいかな」
 墓の周囲には現場検証をしていたと思われる痕跡が多々見受けられた。立ち入り禁止のテープや、捜査していた人間たちの靴のあと、墓の周りにあるべきものではない、無意識に拾い上げてテープは丸めていた。周囲を歩く振りをして、靴のあとを新地にした。
 「優しいんだね」
 そんな、やっぱりあからさま過ぎる行動に、明が言った。ふん、別に優しさの問題なんかではない。ただ、長いこと寺の墓を見てきた人間として、違うものは違う、ダメなものはダメと、勝手に体が動いたに過ぎない。
 「俺のことは、どうでもいい。それで、少しでも何かに繋がるモノは見つかりそうなのか?」
 「うーん、せっかく光夜が平らにしてくれた土をまたちょっと掘ったりすれば、何か出てくるかもしれないね。お墓の中、外出中だけど大丈夫なのかな?」
 「ああ、とりあえず住人のいない墓は、何もしようがないからな。墓石を壊さない程度なら、いい」
 「うん、わかった」
 そう言うと、自分の周りから土を拾った棒で分けながら手がかりになりそうな物を探し始めた。時間は掛かるだろう、俺も、何かあるかもしれないと踏んでその辺りをうろつく事にした。
 墓石、暗闇でなくともその荘厳ないでたちは不気味に見え誰の目にも恐怖の類を連想させる。あまりにも均等すぎる形が、逆に自然と相まって互いを引き立てあい、雰囲気をかもし出している。御影石ということもあるのかもしれないが。
 だが、そんな墓にも住民は現在いない。中身がないだけで、墓石はこうも意味をなくす。恐怖感などない、ただの石だ。人のいない、家と同じ。何も感じなければ、なんの役にも立たない。
 「人骨と言えば、あれだね」
 と、ただ探すのに飽きたのか、明が話しかけてきた。顔を上げて明を見れば、一応は手がかり探しはしているらしい。それにしても墓の前、しかも人骨に対して何を語るつもりだ。
 「なんだ」
 こっちはそんな事など話半分に手がかり探しをする。どうせ碌でもない話に決まっている。相変わらずという以外に何がある。明は、はじめて会ったときからそうだった。一言で言えば、無防備すぎる。
確かに明と協力していれば、とりあえず俺の平穏は保障された。だがそれは明の性格を抜きにした場合に限った。明に初めて事件に巻き込まれた時、そりゃあ行動しやすいとは思った。何となくだが、思うように動けるのがよく解った。
だとしても、それは俺の望むことではない。俺はただ静かに過ごせればよかった。事件やら頼みごとを請け負うなんて言うのは、予想外、想定外、専門外もいいところだ。
だが、部長のすることに下が意見することはしない。面倒ではあるが不必要とは思えないからだ。だが、やはり安請け合いなどすることはなかったのかもしれねぇ。
明は、何を考えて俺を同好会のメンバーに入れたのだろうか。そういう考えが、無防備すぎるんだ。
「昭和の、特に国中が東奔西走していたとき、国民は何に力を入れていたと思う?」
「・・・・・コミュニケーション?」
「無きにしも非ず、かな。ほら、戦後だよ?何が必要かな?」
「物だ」
それも違う、と明は抑揚もなく言う。なるほど、言うだけではなく俺と会話も含めようと言うらしい。
「物は物だけど、うん、みんな壊れているんだ。物も、家も」
「ああ、家と建物か」
「そう言う事、ともかく発展と文化の象徴はどれだけ目立った物が造れるのか、それが一番だからね。日本人は、ともかく形や見た目から入るのが特徴だし、とりあえず建物をどんどん建て直したんだ」
なるほど、確かに戦後の日本は爺さんの話やテレビの映像からも、とんでもなく新地に近い状態なのを知っている。あれは、確かに目に余る光景だった。見た目が悪ければ人間のやる気もなくなるもの、そういう意味では真っ先に見た目を取り繕ったのは最善といえたかもしれない、当時はな。
だが、それが原因かどうかは知らないが、確かに建造物の見た目はここ数年だけでも目を見張るものが多い。高層住宅や高層ビル、ともかく煌びやかに高層建築が立ち並んでいる。まあ、中身も立派といえるかは知らないがな。
「特にセメントだね。水と混ぜるだけで硬化するし、取り扱いも製造も簡単だし、建築材料として考えればとても便利なものだったんだ。だから、どこの建築材料を製造する工場は、こぞってセメント作りを中心にしていたらしいよ」
「儲けられなければ、会社は成り立たないからな。で、そのセメントと人骨と、何の関係がある。セメントは石膏と・・・・確かクリンカとか言う色んな材料の混ざったものを更に混ぜたものだろう」
「うん、そうだね。クリンカの主原料って言うのは、石灰石、粘土、ケイ石と鉄原料とか。
そういうのと、石膏を混ぜてセメントを作るんだ。けど、混ぜる前に、混ぜやすいように粉になるまで破砕したり粉砕したりするんだ。その材料を粉砕する機械は、大きなドラム缶みたいで、中で無数の粉砕装置が回転しているのとかあるみたいだね」
「・・・・・・・」
なんだ、この話、なにか先が読めてきた。
「粉砕機はとても大きくてね、作業員の人たちが大きなセメントの材料を両手で抱えて、手すりもないような不安定な足場―――――ほら、よく海賊船から人を落とすとき、飛び込み台みたいなのがあるでしょ、あそこの先端まで行って材料を投げ入れるんだ」
ああ、何となくイメージは浮かんでくる、狭い甲板みたいな手すりのない道を思い塊を運びながら、放り、投げ入れ、次の人間に道を譲る。だが、どうなのだろう、作ることを第一優先にしていたとき、人間の安全は考えられていなかったのだろうか。
「人骨、というわけじゃないけれど、昔はよくあったらしいよ。『人骨セメント』っていうのがね」
「―――――」
散策する足が、止まってしまった。そんなものは、想像したくない。なんと言った?人骨セメント?それは―――――
「手すりもない作業路、命綱なんてその当時は誰も考えもしなかっただろうね。ともかく運んで材料を作る。だから、事故だってしょっちゅうあったんだよ。粉砕の機の中に―――――」
「・・・・・おい」
「人がバランスを崩して転落するとかね」
それは、もう材料ではない。
「血も、肉も、骨も、全部がコナゴナになって、まぜこぜになって、そのクリンカの一部になってしまう。別にクリンカと混ざっても、材料の能力は落ちない。骨はカルシウムだし、肉はタンパク質、水分も飛んじゃう。だから、死んだのは悲しいけれど、会社の経営の為に、人間の混ざったセメントを使うしかなかったんだ。
死体のないお葬式、死体のない墓。人骨。このお墓みたいだね」
「・・・・言うな。もう、それ以上。確かに、そのときは必要だったかもしれないが、今はそうじゃないだろう」
ジャリ、と砂を踏みにじって苛立ちを抑えた。言いたいことは解る、だがそれは比較できない。確かに、今墓の中は無人だ。だが、そこに入るべき人骨は確かに存在する、悲しいのは一時の話だけだ。
「ごめん、無駄な話だったね」
「無駄や必要の類じゃねえよ。お前は、例えるのが下手だ、それだけのことだろう。悲しさの表現を、そんな言葉で繕うな。そんな不幸で死んで、不幸で死体がなくなることなんて、今はない。だから、何もないだけで、見つかるものは、必ずみつかる」
そうだ、そんな言葉で繕うな。砕かれた人間は、建物の一部になったかもしれない。知り合いは悲しんだかもしれない、家族は返してくれと叫んだかもしれない。だが、この墓の主は、かならず、還す。
「あはは」
「なんだ、急に」
「ううん、光夜は優しいねって、そう思っただけ」
なにを馬鹿な、と嘆息して、また手がかりを探しに戻った。
「にしても、見つからないな、手がかりなんて」
相変わらずの土気色にだんだん視力もおかしくなってきた感じがした。胴考えても、警察が調べた後で何かを探すのは、無理な気がしてならない。
「え?何のこと?」
「だから、手がかりだ。遺灰を盗んだ人間に繋がる手がかりを―――――」
「手がかりなんて、元からないよ?」
「・・・・・」
何を、言っている。なら、俺たちは何をするために土や砂ばかりを掘ったり埋めたりを繰り返しているというのだ。
「光夜、ここで見つけたものが犯人に繋がる物とは限らないよ。道を歩けば小物やゴミは腐るほど落ちているもの。僕たちが探しているのは、あくまで周囲に落ちている『何か』であって手がかりじゃない。
手がかりって言う言葉は結果論でしかないんだよ。偶々見つけたものを頼りに右往左往したら、巧い事目的に達した。そのとき、初めてその見つけたものは『手がかり』という意味を持つんだ。だから、僕たちは今、正しくは『手がかりになるかもしれない可能性を持った何か』を探しているんだよ」
「理屈屋が・・・・」
「どうとでも、でも、正しくないのは、ダメだよ」
ああ、そういえばこういう奴だった。何かにつけて理屈や正論で言葉や行動を訂正しやがって・・・・、おかげで反論できない自分が馬鹿に見える。だが、言っていることは正しい。ただ、それを柔和に伝えられないのが、こいつの悪い癖であって、欠点。
「そう言う事なら、道端に落ちている石もそうはならないのか」
「言うね、光夜。でも、石なんて不確定事項に意味はないよ。その石がもし不自然な所にあれば、人の意思に左右されたといえるけど、自然すぎるほどその場に転がっているのなら誰にも見向きもされない。むしろ、その隣に空き缶が落ちていたら、そっちに可能性を見出すよ」
必要なのは、人の意思に関わったものか否か、そう言いたいらしい。なら、ああ、確かにそうかもしれなかった。
 「だったら明―――――ん?」
 点、不意に、頬の辺りに点が灯る。それは、空からやってきたものだった。点は、一瞬だけ感じた後、大量の形となってやってきた。雨だ、空模様は確かに怪しかったが、なにもここで降ることもないだろう。
 「雨、だね。それも、ちょっと強いかも」
 「突っ立っていたら、風邪をひくな。今日はこの辺りで帰るぞ」
 「そうだね、じゃあ僕の部屋に行こうか」
 「なんでそうなる」
 「だって、ここからだと僕の住んでるマンションの方が近いよ。ずぶ濡れになるよりも一時雨宿り、ね」
 そう言うと、明は自宅の方向へ歩き始めた。マイペース、それは悪癖ではないが、俺にとっては時折、面倒でしかないがな。俺が明に伝えようとしたことは、一事置いておくことにした。俺は、土に半分埋まった『それ』を拾い上げ、ポケットにしまう。
 「光夜、早くしないと制服が乾かなくなるよ」
 「そう急ぐな、防水使用だろうが、この制服は」
 俺は明の後を追って、墓地から出て行った。

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