作品名:転生関ヶ原
作者:ゲン ヒデ
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 駕籠に乗り換えた家康に従い、悠々たる歩みの徳川の軍勢は、十八日の夕刻、近江石部に着く。
 この日は、現在のグレゴリオ暦では千六百年七月二十八日である。グレゴリオ暦で、九百二十八年遡(さかのぼ)った、その日、その頃……
〔(六月二十五日)川曲の坂下(かわわのさかもと…鈴鹿市山辺?)に到りて、日暮れり、皇后(後の持統女帝)の疲れにより、輿をしばし留め休む。されど、夜空、雨降りの模様にて、休息をやめ、再度、道を進む。ここにおいて、寒く、雷雨激しく、従者の衣服濡れ、寒さに耐えられず。三重郡家(みえのこおりのみやけ……四日市市高坂部町?)に到り、小屋を焼きて、寒がる者に暖を採らせり……〕(日本書紀巻二十八、天武天皇上)
 吉野を脱出した大海人皇子一行は、困難な逃避行を急いでいた。

 石部の家康の宿舎に、豊臣五奉行の一人・長束正家が来訪し、(食事の接待の用意をしておりますので、明日は、我が城にお立ち寄りください)と申し入れる。ところが、家康の軍勢は、にわかに夜中に出立し、正家の居城・水口城を素通りしてしまった。このときばかりは、家康は、大海人皇子と同じように、脱兎のごとく動いたのである。   
 万一の暗殺を恐れたのであろう。そのことを後で知った正家は、家康に疑わたことに驚き、用意した大量の食材の前で、途方にくれたという。

 翌翌日の二十日、四日市に近付く昼過ぎ、家康は、にわかに小用を覚え、軍を休止させた。近従らが守るなか、街道の松並木そばで小用を足している。妙な気配で、横を向くと、霞につつまれた中に、古代の装備の軍勢が取り囲んでいるのが、ぼんやりと見える。   
 またも壬申の乱の幻想かと、うんざりした家康、目の前に、輿を下ろして、話し合っている人々に気づいた。声も聞こえる。
「ああ、こんな時に流産するとは……、讃良(ささら)もう少しの我慢だ。死ぬな。生きて、近江に勝ち抜き、わしと共に、この国の、争いのない世の礎を築くのだ。賢いお前なしでは、わしはどうにもならん。」
 息も絶え絶えで輿に寝ている女性に、心配そうに語る僧を、大海人皇子だと、家康は気づく。何故か、懐かしい気分になった。
「我が背、大丈夫です。桑名の郡家まで急いでください」伏した女性が、ふと、こちらに視線を向くと、驚き、叫んだ、
「伊賀! どうしてそこに?」見つめられた家康は、身震いした。
「伊賀? ここは伊勢の国だぞ」大海人皇子が、呆れる。
「いえ、そこに弟がいます」
「大友の皇子が?……誰もいないぞ。大友は、まだ近江におろう」
「ああ、伊賀の思いが幻となって、出てきたのね。いいこと、伊賀、お前は私たちを恨んむけど、仕方がないの。国の未来を、天が託(たくし)ているから、きっと私たちが勝つわ」
 言い終えて女性は上を向くと、輿が上がり進み出す。
 背後から輿に従う人物のなかで、衣服だけが歩いて、顔手足が見えない者に、家康は気づき、声を上げそうになった。
 その時、現実に戻った家康、袴を小水で濡らした。

 駕籠の中で、考えた。
(争いのない世の礎……国の未来を天が託す……、やはり、わしは大友の皇子の生まれ変わりで、今度は、わしが天の意に沿って、天下を取るということか……だが、あの衣服だけで、姿のない者……ああ、高市(たけち)皇子! 三成の前世は高市皇子か! 現世に生きているから、前世の姿は見えなかったのだろうか。だが、勝者の高市皇子が、何故、わしと共に生まれ変わったのか……、ああ、高市は、天皇になれずに亡くなったな、それで彼奴(あやつ)も、天下人になるため、生まれ変わったか。いやな天の配材よ)


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