作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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 この光景を、偶然、空から眺めていた ある存在が、不思議がる。(おかしい!)
 その存在の意識の中で、ビデオの早送りの光景が続く。ある時から普通送りになる。
 
 江戸城、表小書院に四代将軍・家綱がいた。
 取り次ぎ係が、
「ご老中・榊原(忠次)さまの、お越しです」
 やがて姫路藩主と、一人の武士が入ってくる。
「おお、来たか、若い家老よのう。許す、もっと近うよれ」
 遠慮するような作法をしてから、近侍した男に、
「そなたの建白書を呼んだが、予は、まっこと、目から鱗(うろこ)が落ちたようじゃ。年貢などを米穀で受け、手間暇掛けて江戸に運び、米問屋に売り払ったりするのは、無駄の多いこと、よく分かった。また、蔵前での現物支給で、札差しなどに甘い汁を吸われて、家臣らが困窮するのもよく分かった。紙札(紙幣)を発行して、農民が金納を出来やすくするしくみも判った。そなたには、勘定奉行を命じる。幕府の租税制度の大改革を行うように。また、掛川一万五千石の大名に取り立てる。名も、予の一字を与える。清十郎を改め、村上左近太夫綱清と名乗るがよい」
「はは!ありがたき幸せ」あの清十郎が平伏していた。

「ところで、清十郎……ではなく、綱清、そのほうの妻女は商家の出、それはまずいから、武家から正妻をもらうように」
「おそれながら上様、それだけはご容赦ください。確かに妻は町人の娘、ですが見習いの手代風情のとき、ご主人さまから格別のご厚意で許された、娘さまでございます。主従の関係を忘れる訳にはいきませぬ、それに……」言葉が、途切れた。
「それに?」
 清十郎は、意を決したように、
「妻は、拙者にとっては、絶世の美女でございます!」
 横から、老中の忠次、
「これ、清十郎、そなたの妻は、醜女(しこめ)とは言わぬが、十人並みではないか」
 清十郎、汗をかき説明する、
「拙者、毎朝、妻に『わたしは綺麗?』と問われます。心から綺麗だと言わないと、その日は、散々なことになります。ですから、絶世の美人と、信じ込んでおります」
 聞いた将軍と老中たち、その座の者は、皆笑い声を上げた。
 
 つられて、笑い声をあげた、その存在、
(笑っている場合ではない!あと二百年のはずの江戸幕府体制の崩壊が、あの男の才覚で、五十年は延びたら、次の担当者に、どやされる)意識の映像が逆戻りする……

(あの家老が、絶えた親類に、あの男を継がせて……清十郎が勘定方に務めだし、……年貢の金納化を進めだし……最初は反対が多かったが、そのほうが得だと、納める方も、藩士も気づき、絶大な信頼を得て、二十七才で勘定担当の家老に!?、……どこで間違えて、あんな男が、この時代に生まれたのか……可哀想だが、細工をするか……どの時点で……)
            
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