作品名:ここで終わる話
作者:京魚
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 「整列!」
 うるさい足音が一斉に止まる。途端にその場に静寂が訪れる。
 タンラートと共にいた数時間前とは見まがうほどに、辺りは風もなく雨も小降りになってきた。足を進めるなら今のうちだ。一度綺麗に整列し直し、長い列になって歩き出す。何ブロックかに別けられたグループの後ろには、物資を乗せ馬にひかせた馬車が続き、長い列を囲むように等間隔に騎馬隊がゆっくりと歩く。
 「どうだ?」
 「順調です」
 後ろを見張っていたロブは馬を速め、先頭を歩く騎馬隊に調子を聞いた。まだ開けきらぬ夜に視界がきかない。頼りは経験と洗練されたカンだけだ。
 それから二日。ロブは完璧な計画とその場その場の的確な判断により、部隊を最小限の疲労で無事目的地までたどり着かせた。
 テントを張り食事を済ます頃には再び夜が訪れる。明日の戦いに備え皆早々と就寝に入った。ロブは一人個室テントの中でランタンの光りを頼りに作戦の最終チェックを行っている。首にかけたネックレスを仕切りに手に取り、自分の存在を確認する。
 ゆらりと隙間風でランタンの火を揺らす。その光りの下で繰り返し字面を目で追いながらコーヒーを二口にふくむ。苦いカフェインが脳を刺激し始める30分を、疲労と睡魔の微量な攻撃と闘うために、欠伸を何度も繰り替えした。
 不意に紙のコップを置いた右手に、一滴の冷たい液体が落ちてきた。また雨が降ってきたのかと、ロブは天囲を見上げる。しかしテントの上面は綺麗に縫い合わされ、内側には染みの二、三しかない。
 ロブは無表情のまま暫く考え、しかしすぐに先ほどの頭に切り替えた。
 「…」
 二分程経った時、再び手と紙の上に雫が落ちてきた。不審に思い眉をひそめると、大きな粒が立て続けに落ちてくる。
 そしてロブはようやく気付いた。
 「…涙?」



 まだ死ねない。
 やり残したことがあるんだ、
 そのために、今まで必死に生きてきたんだから。




 「シェイ」
 珍しく一人でいるシェイに、同い年の友人が後ろから声をかけた。
 決して綺麗とは言えない寮の談話室に、シェイは腰をかけていた。時刻はすでに十二時を回っている。
 消灯時間は決まっていないものの普段こんな時間にうろつく者もいないため、電気は自動的に落とされるようになっているが、等間隔に設置された電気を自由につけることはできる。
 今は談話室のソファーの一角のみ安っぽい蛍光灯の明かりがついていた。
 彼はたまたま喉が渇いてジュースを買いにきた所だった。シェイ同様、友人を多く持つ彼とシェイは打ち解けている数少ない仲間だった。
 電気を消そうと近づくと、人の気配を感じた。さらに近づくとよく知った友人がため息をつきながらふたさえ開けられていない缶ジュースを両手に持ち座っていた。
 これだけ近づいても自分を認識しないので彼は不信感を覚え、肩を叩きながら後ろから声をかけた。
 突然背後から声をかけられシェイはビクッと体を大きく振るわせ、勢いよくこちらを振り返った。しかしそれがよく知った友人だとわかると、ほっと張りつめた緊張を解く。
 「驚かすなよ」
 「驚かしてなんてないさ」
 「なに?なんか用でもあるの?」
 「別に、ただ喉が渇いただけ」
 「ふーん」
 そういってソファーの間を通って、奥にある自動販売機の前に立った。ポケットを探り、小銭を取り出し音を立てて入れていく。目と人差し指を左右上下に同じように動かし選んでゆく。百パーセントと明記してあるオレンジジュースに決めた。
 落ちて来たジュースを手に、シェイの隣に腰をおろした。親指を使って缶のふたを開ける。数回喉に流し込んだ後、シェイと同じように両手でそれを腹の上に置いた。
 「なんかあったのか?」
 「…」
 「言えよ。気が楽になる」
 「別に」
 「別にってことはないだろ」
 シェイは持っていたジュースを彼に渡した。
 「お前には言うことは何もないよ」
 そう言うと、勢いよく立ち上がってシェイは廊下に向かって歩き出した。
 「おやすみ」
 二つの缶を手に、去ってゆく背中を見ながら目を薄めた。
 次に缶に目を向ける。そしてまた彼が消えて行った暗い闇をぼんやりと見つめる。
 同じ百パーセントと記されたオレンジの缶が、片方は冷たく、片方はぬるくその様がリアルに手に伝わって来た。



 わかってる。
 俺だってあいつ以外に悩みを託そうなんて思わない。
 それがあいつの場合、俺じゃなくてあの人なんだって。







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