作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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 小次郎が隠居との約束の務めを終えようとした半年後になる。通っていた藩校へ、算盤を背負って、出かけた。帰りに塾へ寄るためである。
 
 その日、勝手掛かり(財政担当)の家老が、藩校の老朽化を視察に来る。
 この家老、藩財政の建て直しのため、二十一歳の若さのとき、前藩主が家老にしたが、周囲の反対で失脚し、この度の藩主の急死により、若い新藩主が、改めて、この男を抜擢したのである。それほど、この男の才能に期待をかけたのである。
 が、二十年後に再登板したこの男も考えあぐねるほど、藩財政は悪化してしていた。なにせ、膨れあがった借金が、藩の一年の収入の、四倍を越えていた。利息を払うだけでも、四苦八苦していたのである。就任して二年目だが、民政では善政諸策を推進したが、藩債を減らせる、目途(めど)は見いだせなかった。

 その日、藩校の講堂の建物を見ながら、塾頭(校長)に、
「御城屋敷の隅の建物をばらして、修理に使おう。当分はそれで済ませるか。……ん?」
 早退けで、帰りかけた小次郎と目が会う。小次郎が頭を下げ、出ていくと、
「ああ算盤小次郎か、……足軽の人殺しを目撃して、おかしくなった子は、なんとか育ったようだな。が、算盤を背負って、佐々木小次郎を気取る癖は治っておらんなあ」
「いかに侍の子とて、人が頭を真っ二つに割られるのを、幼いうちに目撃すれば、おかしくもなりましょうが、武道以外では、まともですな。この頃は算盤を持ってきませんが、今日は、算盤を、町人の子に教えに行くのでしょう」
「教えに? ……算盤の腕は?」
「教えていた老人が亡くなり、代理で教え終えて、今月中に塾を閉めるそうですが、十年も算盤を習っていたとなると、相当、覚えが悪かったのでしょうなあ。年数が掛かった分、上手なのでは」
 
 家老は、ふと思いつく、
「そうだ、新しく藩校に入門する子らに、算盤の手ほどきを、あの者にさせてみよ」
「算盤ですか」塾頭はあきれた顔をする。藩士らの片手間の算盤塾があり、藩校では、算盤を教えなかったのである。

「あの者なら、わずかな給金ですむし、これからは、算盤を使える者が、おおいに必要だ。手びき書も、あの者に任せよ」藩の財政を考えての、せこい考えに、自分ながら家老は苦笑した。
 かくして、小次郎は、藩校で算盤を教えることになり、少ない給金だが、家計の足しにはなった。そして、教え方が丁寧なので、授業を受ける藩士の子らにも評判は良かった。


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