作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
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猛然と、しかしやや猪突猛進気味に教室を飛び出した舞は真っ直ぐにプールへ向かった。
――ヤだ、何でこんなに胸騒ぎが!?
全速力で廊下を突っ走る。途中ですれ違った教師が何かを喚いたが、そんな事にかまってなんかいられない。そして、校舎を駆け抜けた舞はそこでやっとそれに気付いた。
妖気! プールの方から!?
下履きのまま外へ出る。焦燥感に火がついたかのように舞は急ぐ。その超人的なハイダッシュをもし陸上部のマネージャーが見ていたら泣いて入部を頼んだに違いない。
ともかく、数十秒後にはプールの前に彼女は着いた。
そして舞はその光景に目を見張る。――巨大な結界がプールの施設全体を包み込むようにして張られているのだ。
これでは出入りする事ができない。
「綾香先輩! ――真人ぉ!」
舞は声の限りに叫んだ。二人の姿も見えず、返事もない。
しかしこの中に二人はいる。
迷っている暇はない! 舞は剣を、赤い傘を構える。
――センス・オブ・ソード!
精神集中と同時に、左手で傘の取っ手から先端までスッと撫でる。すると彼女の傘は紅く耀く破魔の気を纏った洋剣と化す――!
結界が破れるかどうかは分かンないけど、やるだけやったろぉじゃないの・・・・!
舞は剣を構えて、一歩踏み込んだ。
「たあぁ――っ!!」
剣撃が結界に炸裂する。与えるダメージを一点に集中し、そこから結界を破るつもりだ。渾身の力を込め彼女は剣を振るう。
「せやあぁぁぁっ!」
三度目の攻撃で、ついに一点の亀裂が入った。そこから後は力任せに結界を破って、舞は鬼人のごとき勢いで中へと急ぐ。
彼女が中へ入るのと同時に、結界はその効力を失って完全に消え去ってしまう・・・・。
「先輩!」
中は、充満した妖気で息苦しい。集まってきたのか一緒に閉じ込められたのか、低級霊の姿もちらほらと見える。――こんな所に普通は何時間もいられない。
二人の安否が気になる。舞は邪魔な雑霊を切り払いながらその姿を探した。
その時――
「剣野!」
やつれた声が耳に入った。
――真人の声だ。それは更衣室の中から聞こえてきた。が、更衣室に向かった舞は、その光景に戦慄する。
「な・・・・っ!」
言葉が続かない。それは異常な光景だった。
更衣室に雑霊がウジャウジャ群がっている。ただ――、その数が尋常ではない。壁と言う壁、天井にもビッシリと、そして、窓や入り口では溢れた雑霊がまた中へ潜り込もうと押し合いへし合いしている。
雑霊に埋め尽くされた更衣室は、例えるならばアリに群がられた飴玉のような状態。
――その中から、息も絶え絶えと言った真人の声が聞こえてくるのだ。
「真人! 大丈夫っ!?」
「・・・・いや、あんまり大丈夫じゃない・・・・!」
舞にはまだその状況は分からないが、更衣室の奥で真人は守護結界を張って堪えていたのだ。その側には綾香が倒れている。そして、結界のスペースはじりじりと狭まっていた。
「待って、今助ける――!」
自分の体積の何倍もある雑霊の塊を前にして、舞は再び気を練る。
「はああぁぁぁっ・・・・!」
鬱陶しい入り口の雑霊を蹴散らして通路を作る。気合いと共に、無謀にも舞は更衣室の中へと切り込んだ。
いるわいるわ、更衣室の中は彼らの巣窟と化している。整然と並んだ衣類棚にも、まるでそこがマイホームだと言わんばかりに雑霊が居座っている。
舞は、入り口から真っ直ぐに二人のいる結界へと向かう。「真人・・・・っ!」
入り口からトンネルを造るようにして斬り進むと、察しのいい雑霊は身の危険を感じてか更衣室から慌てて逃げていく。
「‥‥ったく、来るのが遅いよ」
疲労困憊していても、舞に対しての口だけは達者らしい。「もう、駄目かと思ったじゃないか・・・・!」
「何言ってんの! あんたはともかく綾香先輩は何があっても助けるわよ!」
邪魔な最後の一匹を真っ二つに切り裂いて、舞は真人を促す。
「ほら、早く結界を解いてここから出てよ!」
しかし、真人は苦笑いして答える。
「それが、もう体力使い果たしちまって・・・・先輩も僕も一歩も歩けないんだ。ははは・・・・」
「えっ・・・・」
「・・・・剣野、悪いけどコイツラ全部追い払ってくれないか?」
真人の言葉に舞は耳を疑った。
――冗談じゃない! 一体何匹いると思ってんの!?
真人はじっと舞を見つめていた。彼女は、その視線を困惑気味に受け止めて意を決した。
ヤルしかない。
「先輩は――? 綾香先輩は無事なのっ!?」
結界を守る為舞は雑霊の前に立ちはだかると、後ろの真人に向かって怒鳴る。
「あぁ、気を失ってるだけだ・・・・!」
「――じゃあっ、真人はその結界を維持する事だけに集中して!!」
そう叫ぶ。多少自棄っぱちにも聞こえないでもない。
逃げる者は逃げるが、反対に怒った雑霊が大挙して舞に押し寄せる。まるで津波のように、唸り声を上げてそれは彼女に襲い掛かった・・・!
数分後――。
舞は頼朝の軍から義経を守る弁慶の如く、結界の前に陣取ったまま、繰り寄せる雑霊の攻撃から結界を死守していた。相手がいくら低級霊とは言え、数の上では圧倒的に有利である。さすがの舞もこのいつ果てるとも知れない雑霊の大軍に体力、気力の限界を感じ始める・・・・。
が、その時、天は彼女に味方する!
漸く亜由美と大地が救援にやって来たのである。二人は次々と雑霊を退けていく。それは最高に頼もしい援軍だった。そして、プールから完全に雑霊を追い払った時には、日は沈み、辺りは薄暗くなりかけていた。
セミの声もいつの間にか聞こえてくる音が変わっている。
「いやぁ、久しぶりにいい運動になったなぁ」
大地は感無量と言った(?)口調で言った。
まぁ、誰も聞いちゃいなかったが・・・・。
一方で、綾香の疲労は限界を超えてしまっていた。とてもじゃないが一人で帰れるような状態ではない。急遽彼女の母親が呼ばれ、車で迎えられて帰っていった。
もちろん、残るメンバーもくたくた。
「よし! 飯でも食いにこう!」
大地の一言でこの場は解散となり、長い一日は幕を下ろした。
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