作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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その年の十二月初め、取引先のお武家諸家へ手分けして、米代金の支払いをする。
近くの武家屋敷へは、お夏を使いにだした。例年のことである。
今年は、清十郎が、金の運び人となる。何度も、店と武家屋敷との往復をし、最後に村上屋敷に行く。
途中、お夏は、
「清十郎、重そうだけど、大丈夫?」
「すぐそこですから、頑張ります。でも……ハーハー、米俵を軽々、運べるお嬢様が、金箱を担げぬとは、不思議ですねえ、ハーハー」息を切らしながら、清十郎が言うと、
「運ぶのが、恥ずかしいからじゃないのよ。本当に抱えられないの。コツがちがうのねえ。でも変よ。去年より重そう」
「ええ、当座のお金は、金(金貨)払いを止めて、銀(銀貨)払いをお勧めしましたが、これほど重いとは、ハーハー」
用人の案内で、屋敷の縁側へ行くと、当主が待っていた。
「お夏か、大きくなったのう。我が家で、仕事はお終いだろう。今日も、茶室に来てくれるよな。奥(方)が まだかまだかと 急いてなあ」
「はい、今年も茶を学ばせてもらいます」
「殿、まずは、金の確認を」用人が急かす。
「そうじゃな、清十郎とやら、初めよ」
縁側に、金が並べられ、用人が算盤を出して調べる、
「五百匁包み(丁銀や豆板銀を取り混ぜて、約一キロ八百グラムが入った包み)が五個、と四十三匁包みが十個で、両替商の預かり札(小切手)が、えーと、銀札一匁が三十枚と、五匁が……十匁が……で、(パチパチ)、銀で、総計一万二千匁、銭札が……百八十貫文で、今の相場の小判勘定では、二百二十九両二分相当になり、四百石分の代金の数字は合っています」
並べた金をちらちら見て、
「今年は、小判はないのか?それに去年より、売り払う米高が少なく思えるが」 弥右衛門は不思議な顔をした。
「ああ、それらは、清十郎の意見を採り入れました。相場は、銀高と銭高が進むらしく、当家が江戸表へ行く予定もなく、入り用の場合、両替ですませば、少しは節約できるか、と思います。祝儀などの交際も、小判より、銀包みで済ます方が、銀使いのご当地では、相手方に喜ばれるそうで。それから、初めての試みで、知行地からの年貢の残り百石分は、銭納で受け取っています。ですから、去年より、小判勘定で十二両一分は増えております。米高も考えると、実質は五両ほど増えています」
「その百石分は、但馬屋への払い下げ分より、安かったのか」
「いえ、直接、但馬屋が買いに行き、その代金からの支払いらしいのですが、三分(三%)割り増しでした。確かめましたが、但馬屋は、当家の払い下げより、少し低い値で、買い上げていました。訳が分かりませぬ」
「はて?……こりゃ、清十郎! 何をたくらんだ」
「いえ、米を運ぶ、手間賃を浮かせただけで」
「手間賃?」
「刈り入れたお米を、直接、米屋に運んでいただき、米代の他に、運び賃も払いましたので、多めの年貢代になったのです。但馬屋も、借り倉庫代と運び賃を始末(節約)出来たというわけで」
「? 、よくわからぬが……まあいいか、お夏、茶室に行こう」
二人が去ると、用人、
「殿と奥方はな、若き日に、幼い姫さまを亡くしたので、お夏を可愛がっておられるのじゃ。……それにしても、年貢の銭納の説明、未だによく分からぬ」
「旦那様に説明しても、最初は同じでした。わたしめは、弁が立つ方ではありませんので、申し訳ありませぬ」
現代から見れば、あたりまえの流通と納税のしくみであるが、清十郎の試みは、本人の刑死後、忘れ去られ、二百年後の明治時代から始まることになる。
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