作品名:妄想ヒーロー
作者:佐藤イタル
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「危ないよ、綾塚君! どうしよう!」
「大丈夫」
慌てだしたツキコちゃんに、僕は少しだけニコリと笑うと、彼女の手を繋いで走りだした。


……以上に屋上が広かったのは、この時の為だったのか。
「精々頑張るんだな……」
走って考えながら声の聞こえてきた方を見上げると、奴は素顔の半分を晒して、また風にマント煽らせていた。





……信じられない! 何だって! 嘘に決まってる! そんな、そんな事が……!
……――――――――プツン。


妄想の中で暴走した瞬間、テレビの電源が切れる時と同じ様な音がして、僕は教室へと帰ってきていた。
はっとして辺りを見回すと、目の前にはあの大猿が仁王立ちで佇んでいた。


「いい夢見れたか? 生徒会長さんよ」
「す、すいません……」
「……生徒会の仕事が忙しい事ぐらい、わからんでもないがな。……授業はちゃんと受けろ、いいな」
「……」
「何だ」
「……い、いえ! はい、わかりました。すいませんでした」
妄想から、夢へと切り替わった事も知らない間に、どうやら授業は終了していたようで、猿渡は僕との会話を「よし」の一言だけでまとめると、また建て付けの悪いドアを一生懸命抉じ開けて、自らの巣へと帰っていった。
しかし……意外で仕方ない。あんな猿でも、良い所はあるんだな……。少しだけ、今まで悪く言い過ぎたと思い、良心が痛んだ。


「おい」
ビクッと体が強張った。
この声……出来るなら今は聞きたくない……!
「おい、こっち向けって」


顔も見たくない!


「テンジ」
「うわっ!」
「何でこっち向かないんだよ」
井上君は僕の肩を掴んで、ぐいっと己の方へ寄せた。掴まれた肩にが、体中、異常な程にゾワゾワとした嫌な感触を滲ませてくる。
嫌そうな顔をしている僕を不審に思ったのか、彼はいつもの呆れ顔とは打って変わって、眉間に皺を寄せていた。
「どうした?」
顔を覗きこまれた。それだけでもう、今の僕には衝撃的なのだ。
そんな時、井上君ではない他の誰かから、右の脇腹をツンツンと突付かれた。もうこの状況から一瞬でも逃げ出せるなら、どんなシチュエーションでもいい! 誰か助けてくれ!
「す、すまない井上君! 前方から僕へ訪問者だ」
「はぁ?」


皺を一層深く刻んだ井上君を無視して、ほぼ冷静さを失った僕は挙動不審に前に向き直った。
突付かれた方に居たのは、勿論……
「綾塚君、ごめんね。井上君と話してたのに」
「う、ううん。いいよ。何?」
顔が焦げそうな位、自分がドキドキしていることが分かった。
だが何故だろう。見つめてくるツキコちゃんの目が、異様に輝いている気がする。


「あのね、綾塚君、さっきの授業中、夢見てたでしょ? あれね、綾塚君自分じゃわからないかも知れないんだけど……言葉に、出してたんだ」
「え……」
……まずい。非常にまずい。……あんな変な話を、聞かれていたのか?
何処となく、ツキコちゃんの顔がいつもの井上君と似てきている気がする。こんな変な妄想を繰り広げていた僕に、きっと呆れているのだろう……。


「綾塚君って……」
もう駄目だ。僕の恋心は、ガラガラと音を立てて崩壊中だ。彼女の眼が輝いている、というのも、僕の錯覚にしか過ぎなかったのだ。
僕はもう、これから聞きたくないような言葉が飛び出すであろう、彼女の口元を見ることしか出来なかった。
所詮、今起こった出来事など、遠い未来の昔話にしか過ぎないのだ。


――――――――面白いんだね。


「……え?」
彼女は微笑みながら、机の脇にある僕のカバンの、あるプレートを指さしていた。
そしてすぐ後に「昔からそれ、面白いなって思ってたんだ。あたしね、面白い人好きなんだよ」と、先程まで授業で彼女が使っていた大学ノートを開いてみせた。
……そこに描いてあった物語は、僕が妄想で見ていた物語とほぼ同じ物語だった。


「授業してる間、退屈しなかったんだ」
彼女はノートをしまうと、恥ずかしそうに「それだけ」と言って彼女の友人と一緒に教室の外へ出て行ってしまった。


これは……これは、まさか……。
「悩める子羊にも、青春シーズン到来なんじゃないか」
「……い、井上君」
いつの間にか席を立って、僕の横に来ていた井上君は、ニヤニヤしながら呟いた。
言っている事は正しいかもしれない。そう言ってくれるのも、嬉しいと言えば嬉しい。
だが、その笑い方……いや、顔だけはやめてくれ!



――――――――……赤マントのあいつと全く一緒なんだ!




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