作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 カズマが目を覚ますと、目の前にオオコシや船長はじめ乗務員と傭兵たちが縛られている。
「気が付いたか?」
 オオコシが目を覚ましたカズマに声をかけた。
「ああ、どうにか生きている」
「甘いな」
「面目ない」
「まあ、仕方ない、まさか、あれが女だとは思わなかったからな」
「奴らは?」
「いま、船内を捜索している」
「見張りは?」
「外に一人か二人」
 カズマは船倉に押し込まれていることを知った。
「周囲に戦闘ロボはまだいるかな」
「総員20人、戦闘で何人かを失っている。人員に余裕はない筈だ。我々をここに閉じ込めて全員で捜索しているに違いない。当然、包囲網は薄くなっている」
「コンバットロボにたどり着けばチャンスはある。この部屋を出る方法はないか」
 船長は放心したように反応がない。
「船長、なんか方法ないのか」
 オオコシが尋ねるが無視している。見かねた航海士が天井の通風口を指差して言った。
「エアダクトがある」
「どういうことだ」
 カズマは見上げて聞き返した。
「この船は、緊急時にエアダクトを伝わり、脱出できる設計になっている」
 それを聞くと、船長は突然、顔を赤くして怒鳴り散らした。
「バカ野郎。部外者に余計なことを言うな。SOSを打ったんだ。じきに軍警察が来る。それまでおとなしくしていろ。だいたいこんな役立たずな傭兵に何ができるっていうんだ」
「しかし、船長。早くしないと、山賊に積荷が全て奪われてしまいますよ」
「積荷なんかくれてやる」
 船長は無責任なことを言う。その真意を理解できず、皆当惑した。
 カズマは、盗賊にやられっぱなしでは気持ちが治まらなかった。このまま奴らを逃がせば、賞金稼ぎとしても3流の烙印を押されてしまう。
「俺は行く。奴らを逃がしてたまるか。隊長、ブーツの底にナイフが隠してある。取ってくれ」
 オオコシ隊長は体をずらし、背中で縛られた手を伸ばした。
「靴底に近い踵の辺りに小さな突起がある。それを引いてくれ」
 オオコシは言われるまま手探りでカズマの靴底を探った。指先に感じた小さな突起を引くと、刃渡り3センチ程のナイフが出てきた。
 オオコシは、慎重に親指と人差し指でナイフを掴み、カズマを縛っているロープを切った。
「よし、切れたぞ」
 オオコシが言うのと同時にカズマは立ち上がり、オオコシのロープを切った。
「隊長、今、全員のロープを外すとかえって目立つ。しばらくこのままの状態で待っててくれ」
 オオコシが頷くとそれを見ていた船長が足をばたつかせ、大声で喚きだした。
「おーい、逃げるぞ」
 オオコシは素早い動きで船長に平手を食らわすと、そのまま大きな手で船長の顔を掴んだ。鼻と口を片手で押さえられ、見る見る顔が青白くなる。オオコシは冷静な眼で観察しながら意識を失う直前に手を緩めた。船長は大きく息を吸ったが、それ以上何かをしようという気力はもはやなかった。
 カズマはテーブルに登り、天井のエアダクトの蓋を外した。
 中は狭く這いながら暗闇を手探りで進んだ。目が慣れると所々にある空気の噴出し口から光が漏れているのが見えた。エアダクトは幾つにも分岐しており、武器庫への方向をイメージして慎重に道を選んだ。
 匍匐して進んでいくと、それまで滑らかだった表面に、ごつごつとした突起を感じた。手で探ってみると、引き戸の取っ手だった。
「なんでこんなところに?」
 カズマは気になり取っ手を指でつまみ引っ張った。小さな蓋が開いた。
 中に手を入れると、ビニールに包まれた包みが幾つも重ねてあるのがわかった。
「やはりな、密輸用の隠し倉庫か」
 包みの一つを掴む。手に掴んだ感触で中身が何かすぐにわかった。
「粉だ。まさか小麦粉をここに隠すとは思えないが」
 カズマは念のため包みを破り、中身を舐めてみた。
「こいつが人に言えない、特別な荷ということらしいな。船長はこのことがばれることを気にしてエアダクトを秘密にした訳か」
 カズマは包みをポケットに入れ、エアダクトを進んだ。
 しばらく進むと通風口が無くなり、暗闇になった。エアダクトは複雑に曲がったため、方向感覚を無くした。カズマは進むのを諦めしばらく耳を澄ますことにした。
 どこかから人の声が漏れて来る。カズマはその声を頼りに進んだ。
 ようやく通風口の光が見えた。穴から覗くとコンバットロボが見えた。
「ここだ。武器庫の真上にいる」
 3人の盗賊たちが武器弾薬を持ち出そうとしていた。そのうちの一人がカズマのコンバットロボを動かそうとしている。盗賊たちは戦利品の運び出しに夢中で隙だらけだ。カズマは通風口の蓋を外すと、すばやく飛び降り、近くにいた盗賊に飛びかかった。男は、拍子抜けするほど痩せており、カズマの攻撃に対していっさい抵抗もできず倒れ、気を失った。
 さらにコンバットロボを見上げている男を背後から倒した。
「こいつら、何でこんなにヤワなんだ」
 カズマはジャンプしてコクピットの男に飛びかかった。男は慌ててロボットを動かし、対抗しようとするが、すぐに男を引き摺り下ろし失神させた。
 あまりに柔な盗賊たちを不信に思い、覆面を剥いだ。14〜5歳だろうか、カズマより遥かに年下の少年の顔があった。
 意識を取り戻した少年の一人が、華奢な腕で拳銃を握りカズマを狙うのが見えた。カズマは素早く少年の手を蹴り上げ、拳銃を拾い、コンバットロボに登った。
「ミハル姉ちゃん、やられた」
 ドア付近で声がした。少年の一人が、艦橋に電話で連絡したのだ。
 カズマはロボットに火を入れ、少年たちに向かって怒鳴った。
「おまえら、死にたくなかったら、とっとこの船から出て行け」
 少年たちは銃を構えたが、コンバットロボが機関砲を構えると、慌てて逃げて行った。
 ミハルは船橋のモニターでカズマがコンバットロボに乗り込むのを見ると、マイクに向かって叫んだ。ミハルの声が船内放送で響いた。
「それ以上暴れると、この船の燃料タンクを撃ち抜く。すぐに武器を捨て降伏せよ」
 カズマは拳銃でモニターカメラを撃ち抜き、25mm機関砲を装着した。
 船橋のモニターはカズマが銃を向けた瞬間に、映像が途切れた。
 ミハルは唇を噛み、船内放送で叫んだ。
「武器庫で人質が反乱。武装していると、船内放送で叫んだ。
 その声は食堂にも流れている。
「カズマ、やってくれたな」
 オオコシは立ち上がり、全員のロープを素早く解き、飛び込んできた見張りの殴りつけ気を失わせた。
 アッパーデッキで荷物を搬出していた盗賊たちは、慌てて銃を構え階段を駆け下りた。彼らは武器庫のドアに体あたりをしてこじ開けようとしたが、ドアはピクリとも動かない。カズマがコンバットロボで部屋中の荷物をドアの前に集め、侵入を遮断したからだ。
 ようやく盗賊たちがドアを破り、武器庫に入ってきたとき、コンバットロボを乗せた貨物用リフトはすでに動きはじめていた。
 盗賊たちはコンバットロボに向けて発砲したが、後ろから音もなく近づいたオオコシに背中をとられることになった。
 オオコシは素手で楽々と盗賊たちを倒し、武器を取り上げた。
 甲板のハッチがエレベーターの上昇と同時に開いた。
 明るい光がカズマとコンバットロボの上にスポットライトのように差し込んでくる。
「ミハルねえちゃん。脱走者のロボットは、貨物リフトで上昇中」
 オオコシの手から逃れた盗賊の一人がインカムを拾い上げ、船橋に連絡した。
 オオコシは慌ててインカムを引きちぎったが間に合わなかった。
 船橋のスピーカーに盗賊の悲鳴が響いた。ミハルはマイクに向かって叫んだ。
「いま、甲板のハッチが開くわ。そこに敵のコンバットロボが乗っているから、ミサイルで破壊して」
 敵のコンバットロボのパイロットは甲板が見下ろせる崖上に移動して、ミサイル砲を構えた。
 カズマはエレベーターの中で、コンバットロボの小型コンピュータとレーダーのスイッチを入れた。船内ではレーダーは利かないため、レーダーのモニターはノイズが走っている。
 上甲板の隔壁が開いた。
 カズマは崖上の敵コンバットロボのミサイル砲が火を噴き、ミサイル砲が白い煙を吐いて、迫ってくるのを見ながら、ハッチが充分に開くのを待って大きくジャンプした。ミサイルがハッチを破壊した。
「ち、外した」
 敵パイロットは舌打ちすると、次のミサイルを装填してスコープを覗いた。
 甲板の盗賊たちはコンバットロボに向けて一斉にサブマシンガンで射撃を開始したが、頑丈な装甲に弾は弾かれるばかりだ。カズマは盗賊たちをコンバットロボでなぎ払った。
「味方が近すぎて、ミサイルを撃てない」
 ミハルの手元の無線機のスピーカーに狙撃ロボから泣きが入った。
「コンバットロボからみんな離れろ」
 ミハルは船内放送で怒鳴った。カズマは甲板上の敵と戦いながら、崖上の敵コンバットロボの位置をレーダーで測った。
「そこか」
 カズマはターゲットスコープを覗いた。敵は全身を岩に隠していたが、僅かに脚がはみ出していた。
 カズマはその脚を狙い引き金を絞った。
「急いで、コンバットロボがそっちを狙っている」
 敵のコンバットロボも引き金を引いた。
 その瞬間、カズマが撃った弾丸が脚を撃ちぬいた。
 敵のコンバットロボは崖から転がり落ち爆発炎上した。
 パイロットは落ちる寸前に飛び降り、岩陰に消えた。
 カズマが次の攻撃に備えようとしたとき、後ろから誰かに羽交い絞めにされた。
 ミハルがブリッジからジャンプしてカズマに飛び掛ったのだ。
 後ろにのけぞった反動で機関砲が暴発した。 
 ガッガッガッという炸裂音が響き、弾丸が岩山を砕き、数発が船体に穴を空けた。
 カズマとミハルはバランスを崩しロボットから落下して甲板上を転がった。
 主を無くしたロボットは膝を落として沈黙した。
 ミハルはカズマの上に乗り拳銃を抜くと額に銃口を向けた。
「おとなしくするのよ」
 ミハルが言い終わる前に、後ろからオオコシがミハルの後頭部を銃座で殴りつけた。ミハルは電撃に撃たれたように仰け反り、気絶した。組み合っていたカズマは、女の力が抜けた時、起き上がった。
 船長がミハルに銃を向けた。
「何をする」
「カズマ、よくやった。この女は賞金首のミハルだ。こいつを殺せば、この航路も安全になる」
 他の盗賊団も傭兵たちに捕らえられ、甲板に集められた。オオコシは盗賊たちを甲板に一列に並べ、次々に覆面をはがした。
「女がガキを集めて戦争ごっことはな」
 オオコシは少年の面影を残した盗賊たちを見ながら呟いた。
「こいつらをどうするつもりだ」
 カズマが聞くと船長が答えた。
「男はここで処刑。女は軍に引渡す。軍は慢性の女不足だ。高く売れる。当然その前に、俺が楽しむがな」
 船長は気絶しているミハルの顔を覗き込みながら、野卑な笑いを浮かべた。カズマはその顔を見て、反吐がでそうな気分になった。
「カズマ、何か不服か?女が欲しいなら、俺の後だ」
 船長はミハルの頬を乱暴に掴み、舌なめずりした。ミハルは頬を捕まれようやく意識を取り戻し、怯えた瞳で船長を睨んだ。
「眼を覚ましたな。なかなかの上玉じゃないか。こりゃ、楽しみだ」
 カズマは欲望が剥き出しになった船長の顔に悪寒を覚えた。
「こいつらまだガキだぜ、ガキを殺すことはないだろう」
「ガキとは言え賞金首だ。賞金首は生死を問わず賞金がでる。生かしておいても意味はない」
「賞金首は俺の取り分だ。おまえたちに自由にさせない」
 カズマは、女子供の盗賊に同情する気持ちもあったが、それ以上に野卑で品性下劣なこの男に従う気を無くした。
「貴様、傭兵の分際で反抗するつもりか?こっちがおとなしくしているからといってつけ上がるな」
 船長の顔がこわばった。小心者の精一杯の虚勢だということはカズマには手に取るように分かっていた。
「よし、わかった」
 カズマは頷いた。
「ものわかりが良いのが長生きの秘訣だ」
 船長は内心ほっとたのを悟られないように
尊大に言った。
 カズマはタバコをくわえ、もう何を言ってもムダだという仕草でライターを取り出した。そのライターにはロボットの遠隔操作装置が仕込まれている。カズマは火を点けてから、スイッチをオンにした。
 ロボットは眠りから覚めたようにゆっくり立ち上がると、巨大な機関砲の銃口を船長に向けた。突然、動き出したロボットに、一同が驚いて振り向いた。
 カズマはタバコを吸いながら、
「こいつ、見た目はオンボロだが自動防御装置つきだ。俺に対し敵対する人間に攻撃するようにプログラミングされている。船長、銃を降ろしな。おまえが引き金を引く瞬間、こいつの25ミリ砲があんたの身体をミンチにする」
 自動防御装置などは、もちろんウソだ。せいぜいリモコンで操作するしかないのだが、素人を脅すには充分だった。
 傭兵たちが裏切り者となったカズマに銃を向けた。
「やめろ、ロボットが反応するぞ。なあ、オオコシ隊長。俺がウソや冗談を言う男かどうかは分かるだろ」
 オオコシ隊長が傭兵たちに銃を降ろすように合図して、言った。
「船長、あんたの負けだ。その銃を降ろしたほう良い」
「わかった。女を渡す。だから、そのロボットを引いてくれ」
「そうか、おい、女盗賊。おまえを逃がしてやる。とっとと仲間を連れて帰れ」
 カズマは少女の顔を睨みつけた。
 ミハルは唇をキッと噛み、カズマを睨みかえす。
 船長が情けない声を出す。
「ちょっと待て、逃がすとは約束してないぞ」
「嫌なら、ロボットが暴れるぞ」
 船長は、しかたなくうなずいた。
「隊長、異論はないな」
「ああ、カズマ、好きにしろ」
「女盗賊、早くここを去れ」
 ミハルがよろよろと立ち上がると少年盗賊たちは駆け寄り、手を貸した。
 盗賊たちは、ロボットとエアバイクに便乗し、船を降りた。
 戦闘で3人が死に、二人が重症を負ったようだ。
 少女はその亡骸を大切に抱えエアバイクに乗せた。
 その姿が子を失った母親のように痛々しく、カズマは胸が苦しくなった。その後姿は確かに女だった。ミハルは振り向いてカズマを睨んだが、何も言わずエアバイクを発進させた。

 盗賊団全員が退去したのを見届け、カズマはコンバットロボに乗り込んだ。
「小僧。忘れるなよ。これでおまえも賞金首だ。おまえは盗賊団と手を結び、船に攻撃を加えた上、せっかく捕らえた盗賊の逃亡を助けた。これは立派な犯罪だ」
 船長は、カズマを憎憎しげに見上げながら言った。カズマは船長の言葉を聞くと、冷たく言った。
「わかった。なんとでも報告するがいい。その代わり、俺はこの船の積荷について、連邦政府に知らせる。麻薬取引は死刑だったな」
「何を証拠に、麻薬取引などと言うか」
 声が怒りで震えていた。カズマはその顔を見て確信した。
「やはりな。おまえが犯人だな」
 カズマはロボットのコックピットに隠した包みをオオコシに投げた。
「隊長、一つ頼みがある。エアダクトの中に隠し倉庫がある。その中にこれがまだ腐るほどあるから、捜してくれ」
「フン、そんなもの証拠にはならん」
 船長がふてぶてしく言った。
「まあ、いいさ。軍警察になんとでも言い訳をするがいい。隊長、あんたもこんな奴に肩入れすると同罪でぶち込まれるぞ」
 オオコシはうなずくと、船長の腕を押さえた。
「船長、身柄を拘束する。身の潔白は法廷で晴らせ。もうじき軍警察が来るんだよな。一等航海士、ここから目的地までの運行を任せる。機関長はいるか?」
「ここだ」
 白髪の機関長が返事をした。
「エンジンは直るか?」
「ああ、一発くらっただけだ。部品の交換に1時間程もらえば直る」
「そうか、よろしく頼む。傭兵隊員は戦死した者の墓を作る。我々は船長を軍警察に渡したら、ナカミナトに向けて出航する。いいな」
 オオコシは大声で言った。傭兵部隊は敬礼した。
 カズマは、オオコシ達のやり取りを聞き終わると、コンバットロボのエンジンを吹かし、甲板を蹴った。
「カズマ、どこに行く」
 オオコシ隊長が舷側から身体を乗り出して怒鳴った。
「隊長、あばよ。来世で会おうぜ」
 カズマは笑って手を振った。コンバットロボは、崖の上にしっかり着地した。カズマは船を背中にして歩き始めた。
 目の前には果てしなく荒れた大地が広がっていた。


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