作品名:自称勇者パンタロン、ずっこけ道中!
作者:ヒロ
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部屋に入った俺達を一瞥した女は、そのまま何事も無かったかのように、倒れているバッツの顔を愛しそうに撫でている。
「へっへっへ、お姉ちゃん、その『降魔の杖』を大人しく渡してもらおうか」
俺は思いっきり悪人面して女に言い寄る。とりあえず、最初が肝心だからな、相手を威嚇しておかないと。
だが、女は全然臆した様子も無く平然と俺を見つめた。
「あの、えっと……」
暫く沈黙が流れ、俺はいたたまれなくなりニコル達の後ろへとスゴスゴ下がる。
「なんだお前らは。私に何の用だ」
倒れているバッツの顔を撫でながら女が口を開く。
その問いに、ニコルがコホンと咳をし答える。
「お姉さん、その『降魔の杖』を僕達に譲ってもらえませんか?僕達はアルガニスタン帝国の者です。もちろん報酬は約束通り渡しますよ」
ニコルは懐から袋を取り出すと、中身の金貨をジャラジャラと手に取り出した。相当な額だ、俺が欲しいくらいだぜ。
服装はタンクトップに皮の半ズボンとラフな格好をしているが、女は相当に美しい容貌をしていた。長く艶やかな黒い髪がその美しさをさらに際立たせ、もはやそれは妖艶と言ってもいい。
ニコルの下手な態度に、さっきまで言っていた話と違うじゃねーかと突っ込みたかったが、相手がこの女なら仕方ないかもしれない。
「アルガニスタンだと?」
女はゆっくりと立ち上がりキッと俺達を凄い形相で睨み付けた。その姿に俺は一瞬ビクリとする。口を避けんばかりに引き伸ばし、目を血走らせて歯軋りをするその姿が、まるで鬼のようだったからだ。
「この『降魔の杖』は私の物だ。そんなはした金でやる訳にはいかないな。それに、その国の名を出してここから生きて帰られると思わないことだ」
そう言うと女の髪が突然逆上がった。部屋中がビリビリと揺れ、震源地である女からは赤いオーラのようなものが噴出している。
「な、なんだ、この魔力は?!」
あの冷静なニコルが慌てふためている。俺はゼルドを盾代わりに後ろに隠れた。あれが魔力なのかよ、目に見える魔力なんて初めて見た……。
女は片手を頭上に高く掲げると手を勢い良く開く。
「『劈く雷鳴』!」
――ズガガガーン!!
女がそう叫ぶと、突然天井から物凄い轟音と共に激しい稲妻の雨が降り注いだ。
「ひ、ひぃ!」
俺は頭を抱えながらその場に縮こまった。
「そんなバカな、ノータイムで?!」
手から魔力を放出し雷を相殺しながらニコルが叫んだ。だが、その顔はどこか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「邪魔だ!」
メイスンに蹴飛ばされ、俺は部屋の隅に転がりながら逃げ込んだ。メイスンと共に巨大な斧を構えたゼルドが女に突っ込んでいくのが逆さまに見えた。
「ウオオオオオオ!!」
凄まじい咆哮と共にゼルドは女の頭目掛けて巨大な斧を振り下ろした。女は避けようともしない。あいつらは敵と見なしたら容赦はしない。俺は予想される惨劇に思わず目を伏せた。
――ガキイイン!
だが、予想した音とは違う金属の弾かれるような音に俺は目を開けた。ゼルドの振り下ろした斧は女の頭上で目に見えない何かに弾かれ、そのまま砕け散っていた。
一瞬たじろぐゼルド。その腕を女は掴むと、見た目からは予想もつかないような怪力で片手で軽々とゼルドの体を振り回す。そして、そのままメイスンに向けて放り投げたのだ。
メイスンはそれを間一髪交わす。ゼルドはそのまま後方の壁に叩きつけられる。だが、体勢の崩れたメイスンへ女は次の攻撃を既に繰り出していた。巨大な岩が頭上から落ちてきたのである。
「なんだと?!」
流石のメイスンもこれは交わせず両足が岩の下敷きになり身動きが取れなくなった。
「よくもやってくれたな!」
怒りの表情を露にしたニコルは、女に向かってありったけの魔力を放出した。
「『銀狼の牙』!!」
ニコルがそう唱えると、天井、壁、床と四方八方から巨大なツララが女に向かって一斉に飛び出した。女は交わす間もなく串刺しになった、そう思った瞬間。
――バキーーーーーン!!
「そ、そんな馬鹿な!」
ニコルの驚愕の声が部屋に響き渡る。ツララは女に突き刺さる直前で全て叩き折られた。さっきのゼルドと一緒だ。目に見えない壁が女の周りにあるかのようだ。
この時、俺は初めてニコルの顔に恐怖の表情が浮かぶのを見た。そして、その表情のままニコルは女の放った氷に串刺しになった。ニコルの姿が、あの部屋で串刺しになっていたヘルハウンドと重なる。
「ば、化物だ……」
あのニコル達を一瞬で全滅させた目の前にいる女こそ本当の化物だった。
「後はお前だけだな……」
女は俺の方へと振り向く。俺は恐ろしくてその場を一歩も動くことができなかった。今度こそ、本当に死んだかも……。
そう思った時だった。
――ズガガガガーン!!
突然、女の背中に巨大な火の玉が直撃した。女が振り向くと、その先には氷に串刺しになったままのニコルが手を掲げていた。
「お姉さんの相手はこの僕さ……。間違えてもらっちゃ困るな……」
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