作品名:算盤小次郎の恋
作者:ゲン ヒデ
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 その翌年、小次郎十六歳の時、ご隠居は亡くなる。
 亡くなるとき、枕元に、町役と小次郎を呼ぶ、
「小次郎、いま算盤を習っている子らに、あと半年、教え上げてから、塾を閉じてもらえぬか」小次郎が、うなずく。
 町役に、孤児を世話している寺に、整理された財産全部を寄付し、その寺にある、家族の墓に入れるようにも頼んだ。

「可愛がっておられたこの子に、何も譲らないので」町役が口をはさむと、
「この子には、将来生きてゆくための、目に見えない財産を注ぎ込みました。それさえあれば、なんとか……。小次郎、いつも持って来てくれた、清水門の名水ありがとう。あれは、どこにでもある水と同じはずだが、どこか違う。何故だか分かるか……。地下の岩砂の間を通るときに、鍛えられて、名水になった。お前さんも、少しは名水にしたつもりだが……。あの事件で、変にならずよく育ってくれた。刀は、結局は人殺しの道具、算盤は、自分だけでなく人々を助ける道具、これだけは忘れないでおくれ」

 隠居が息を引き取ると、小次郎は号泣した。


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