作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
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放課後。
さすがにこの時刻ともなると太陽もぐっと傾いて、眩しい西日がその教室に射し込むのだが、今日はあいにくの曇り空で一日中スッキリとしない。
まぁ、夏でもたまにはこんな日はあるのだろう。
――旧校舎の封鬼委員会の教室で、舞は一人、委員会のメンバー四人の帰りを待っていた・・・・。
図書館から亜由美と二人で戻って来たのだが、彼女は課外を終えて顔を見せた大地と、二人でどこかへ消えてしまった。
一人留守を任された舞。
愛用の赤い傘が、今の彼女の心境を表しているかのように、暇そうにブラブラと反復運動をしている。今、彼女は最近何気なく考てしまう事を、暇であるのが幸いに反芻するかのように考え込んでいた。
そう、それは真人の事である。
多田羅 真人――。
同じ封鬼委員会の仲間。学年も同じ。
――将来は真人が委員長を務める事になるだろうな。あたしは全然その気がないから。アイツなら十分やっていけると思う。
・・・・いつか、真人と二人で雑談した事があった。
そう、封鬼委員会に入った理由を聞かれたっけ――。
でも・・・・あたしはそれに答える事ができなかった。
何故って? ――それはあたしが人間じゃないから。
ただ、あたしを理解し、認めてくれる人がいたから、あたしはココに入った。
それに、ココにいれば無くした記憶が取り戻せるような気がしたから・・・・。
あぁ――、あたしの事を、真人はどう思ってるの?
あたしの本当の姿を事をみんなの前で話した時、真人だけは何も言ってくれなかった・・・・。
どうして・・・・?
あの呼び声は今もはっきりと耳に残っている。
真人があたしの事をそう呼んだ時、何故かドキッとした。ずっと昔に、彼にそう呼ばれたような錯覚さえ起きた。
記憶にない頃のあたしを、真人は知ってるっていうの‥‥? あの何でも知っているような視線で、あたしの事をいつも見守ってくれていたんじゃ・・・・?
だけど、それならどうして真人は何も言ってくれないの・・・・!
「・・・・ま・・・・」
うぅん、それは・・・・きっと――
「・・・・い?」
――あたしの・・・・
「・・・・記憶に――」
「舞?」
「えっ?」
いつの間にか、教室に亜由美と大地が戻ってきていた。
「あ、――亜由美先輩・・・・」
舞はゆっくりと顔を上げた。その頬に居眠りの跡が残っている。
慌てて姿勢を正す彼女。それを見て亜由美が言う
「舞・・・・大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込む。
「は、ハイ」
「三回ぐらい声をかけたわよ」
「――あ、アノ、あたし何か言ってました?」
上ずった声で舞は亜由美に聞いた。顔が赤くなっていくのを感じながら。
「・・・・そうねぇ・・・・」
亜由美はそれには答えずに、大地に視線を送った。それを受け止め、大地は肩をすくめた。
「記憶がどうしたとか」
「・・・・」
「舞、何か思い出すような事でもあったの?」
「いえ、そうじゃないんです」
先程の邪念を振り払うかのように、ゆっくりと舞は頭を振る。
――情けない話だが、舞はまだまだ他人を、人間を心底信じる事ができない。理由は、彼女自身も分からない。ただ、漠然と感じるのはやはり自分が人間ではないからだと言う事である。そして時折、彼らの心がどうしようもないくらい不可解なものに思える事がある。
封鬼委員会に入っても、それだけは変わらない。
みんな、どうしてこんなにも互いが信じ合えるのか――?
裏切り、背信、妬みや嫉妬――マイナスの感情を誰もが有しながら、人は互いを信じ合う事でそれらを乗り越えていく。
自分にそんな事ができるだろうか? 人間でない自分に。そしていつか、自分も寄り添えるパートナーを見つける事ができるのだろうか・・・・?
「舞――」
と、言う亜由美の言葉を遮って、舞は笑顔を見せる。
「すみません。もう大丈夫です。ハイ!」
「・・・・」
先輩二人は後輩の無理矢理な立ち直り様に顔を見合わせる。
「それより、亜由美先輩も大地先輩も二人してどこ行ってたんですか!?」
「え? それはその・・・・」
口籠もる亜由美に、大地がするりと口を挟む。「・・・・真人と綾香の奴、まだ帰って来てないのか?」
時計を見て呟いた。「ちょっと遅すぎるな・・・・」
「そ、そうなのよ!」
「・・・・先輩ぃ・・・・」
まぁ、確かに遅い。何かあったのか? それともよほど丹念にプールを調べているのか――?
時計を確認した舞が腰を浮かせた。「あたし、ちょっと見てきます」
傘をわしづかみに手に取る。急に嫌な予感がしてきた。それは段々大きくなって彼女の胸中に広がっていく。
「待って、私も行くわ!」
「いえ、先輩は山川先輩とさっきの続きでもして、待ってて下さいっ!」
と、言うと、舞は一人教室を飛び出した。
「ちょっ、舞!?」
――どう言う意味よ、それ・・・・!
仕方なく(?)、亜由美は大地を思いっきり睨んだ。
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