作品名:私説 お夏清十郎
作者:ゲン ヒデ
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 見習い、として但馬屋に勤めだした清十郎は、三ヶ月もすれば仕事に慣れるのだが、その間、お夏は、使用人の一人と見ていて、清十郎に、関心はなかった。

 盆の藪入りで、皆が里へ帰って、清十郎だけ留守番で残っていた。
 清十郎は、台所へ行き、
「お嬢さま、旦那さまは、いつ戻られますか?」
「あと一時(二時間)かしら」賄いのお八重と一緒に、カマドを見ていたお夏が、振り返る。
「お取引の米屋さんから、急な注文で、二俵、米を取りに来られていますが」
「倉の鍵を取ってくるわ、ちょっと待って」

 米蔵では、お夏が立ち会う。
 ひょろひょろして、担ぐのに四苦八苦する清十郎を見て、笑った。
「見てられないわ。ちょっと退いて」
 お夏は、気合いを掛けて米俵を担ぎ上げ、流れるような足の運びで、表へ運んだ。
 あ然として見ていた、清十郎は、あわてて付いて行く。

 外の荷車に渡し終え、蔵に鍵を持っていくとき、
「私より小柄なのに、力持ちですねえ」清十郎の礼に、
「清十郎、力じゃないのよ、無駄なところに力を入れないで、必要なところに力を入れて、調子を取るの。まあ、コツだわね」父親の説明を真似た。
「わたしの仕方を見せてあげる。俵を持ち上げるときは、まず腰を……、持つときは手をこうして、……運ぶとき、足は……ハア、ハア……、清十郎、してごらん」
赤ら顔のお夏が米俵を降ろして、清十郎に促すと、六十キロは、やはり持ち上げられない。
「練習しておくのね」鍵を掛けたお夏は、去った。

 この後、清十郎は暇を見ては、俵担ぎを練習しだす。
練習の時、お夏の運ぶ姿を思いつつ真似たが、いつしか、お夏に切ない恋心を持ちはじめた。
 一月後には、やっと運ぶのが様(さま)になる。
 丁稚の音吉と一緒に、倉へ米俵を運んだとき、積み終えて、音吉、
「清さん、何だか、お嬢様が担いでいる風だね、すうと流れるように運んでいてさあ。おいらは、番頭さんから仕込まれたけど、唄の清十郎が、俵を担いだら、そんな風なのかなあ……♪いとし清十郎が……」
「音吉さん、仕事中に歌はだめだよ」清十郎は止めた。そして米俵に手を付き、ため息をついた。
「清さん、どうしたの?」
「その歌の清十郎のように、いい顔だったらなあ、と思ってさ……かなわぬ夢か」
「おいら、最初に清十郎さんを見たとき、歌の清十郎とあまりに違うから、笑うのをこらえたけどさ……」
「みんな、そうなんだよなあ」始めて会ったときの、お夏の笑う顔を浮かべた。
「でも、清十郎さんは、感じがだいぶ変わったよ。病人風が無くなったし、顔にも締まりがでてさ……」

「おい、お前たち、さっさと、店へ出ろ」番頭が、叱りに来た。
「いけね」二人は飛び出した。
 


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