作品名:das Licht
作者:isaku
■ 目次
das Licht



他人からすればなんてことのないコト


けれど、ボクにとっては、何よりも大切なコト



出会いは突然だった---



戦争によって空は何処までも暗く、同じ色をした鉄の塊は
群れをなし上空を飛び交い、爆撃音を響かせていた。
悪臭が漂い何が平常で何が異常なのか、判らなくなる程荒れ果てたスラム街。


少年はひたすらに走る。
腕に抱えるのはカビの生えたパンだ。
それでも今のこの時代、軍人でも裕福でもない
ましてや、貴族の庇護を受けていない少年が
パンというまともな食べ物にありつけるだけ奇跡に近い。


やっとまともな食事ができる事に、少年は感動をしていた。
通いなれた路地裏、いつもと変らぬ悪臭。
彩りに変化など無かった、だからこそ油断した。
普段ならばそんなヘマなどしないのに、人にぶつかってしまった。
それも、よりにもよってまともな服を着た人物に。

ぶつかった少年は軽く吹っ飛んだ。
発育のよくない子供だから、受ける衝撃も大きかったと言える。


「―――っ!?」

痛みの余り、声にならない悲鳴を上げその場に崩れ落ちる。
薄汚れひび割れたコンクリートの壁に背中から激突したのだ。
抱えていたカビの生えたパンは、少年の腕を離れ泥水に浸かっていたが
そんな事に目をくれている暇はない。


「――ガキか?」


今し方ぶつかった相手は男だった。
背は高く巨漢と言うにはひょろりとしていて、とても整った顔をしている。
それでも、その双眸には何処か機械じみたような光が宿っていた。
感情のない物言いに少年は体を強張らせ、これから起こるであろう事を想像した。

スラム街で子供はもっとも弱い立場にある。
強者が絶対であり、弱者は服従か死しか与えられない。
知恵を巡らせ暴力に訴え、他者を蹴落とし裏切って
自分を生かしていくのが暗黙のルールなのだ。

しかし男は手を差し出した。
まるで一度も汚いモノを触った事のない、そんな手を少年に差し出したのだ。
少年の体は余計に強張った。男の意図が読み取れないのだ。

この男は何がしたいのか、自分を立ち上がらせて
その手をとり立ち上がった後、この男は自分を殴るのだろうか。
この男が飽きるまで遊ばれるのだろうか――

「おい…生きてるか?」

「――――」

未だ声を発しない少年に痺れを切らした男は
ぐいっと少年を引っ張り上げた

「――っあ!」

「?!」

突然強い力で腕を引かれ、その痛みに声を上げた少年に
男は驚き、掴んだ腕を放してしまった。
そしてまた、少年は地面へと落ちる。


少年にとってはこれは拷問にも近かった。


「あ、悪ぃ。まだこの体に慣れてなくてな…大丈夫か?」

先刻よりも幾分か感情の篭った声で男は少年に話し掛けた
話し掛けながらも、男は自分の両手を開いたり握ったりして
何かを確かめているようだった。
少年は意味の判らないまま、要領のえない声を発していた

「悪ぃな。おれの体は半分以上が機械化されてて…あれだ。
 義体ってやつ。最近なったばかりで、力の配分がヘタなんだ」

にか、と子供っぽい笑みを少年に向けた。

体の半分以上が機械化されている?この男は軍人なのか!
慣れていないと言ってもいたし、まさか
ここの人間相手にその体を慣らそうとしているのか?!
運悪く男の前にはボクがいるし…いや、男は運がいいのか…

恐怖が少年の背中を這い回る。
男は動きを止めた少年を不思議に思い首を傾げ
一つ頷いた後、少年を抱え上げた。

「な、何を!!?」

「まぁまぁ。いいから、いいから」

ニコニコしながら男は少年を抱え
腐敗した裏路地を迷い無く突き進んでいく。
少年は自分の悪運を憂えた、『ココで死ぬのか』と。









「…大尉、ここは禁煙です。」

幾十にも交わる無機質な灰色の廊下に縦長の影を見つけ
少年は自分の上司である人物に警告を発した。

「おー。キシロじゃねーか。
 つーかローヅァでイイし。おれ堅苦しいのキライ。」

「なにが『キシロじゃねーか』ですか。
 自分の上司であり恩人を呼び捨てにはできません!
 最低限の礼儀は守るべきでしょう。ほら、大尉。
 いい加減にしないとゲード少尉の左ストレート食らわされますよ。」

煙草をのんびりとふかしていたローヅァは
「っち。石頭め。」とぶつくさ言いながらも
右手で付いていた火を消したのだ。

「あ!いくら義体だからといって、そういうのはやめた方が…」

「キシロ…お前レードに感化されてる。」

ローヅァの行動に眉を顰めながら注意を促すも
相手は悪びれもせず、口を尖らせそっぽを向いた。
まるで子供のような態度をとる上司に、キシロは少し安心した。
そして、笑いながらローヅァに言った。

「ゲード少尉には多大にお世話になりましたからね。
 軍医殿にもよくしてもらいましたし、この義体もだいぶ使い慣れました」


「そっか……お前14の時に―――」


「覚えて、いたんですか…」


キシロはスラム街でローヅァと最悪な出会をした。
そして一方的に拾われ、拾われてからの生活は目まぐるしく
まさか自分が軍に所属するとは夢にも思わなかった。

キシロが14の時、当時拠点にしていた基地で叛乱が起こった。
叛乱軍は今の軍事体制を非難し、ある部隊の解散を要求してきた
そして、ソレを鎮圧したのがローヅァ率いるその問題の部隊だった。
圧倒的にローヅァたちが有利であり三日もしない内に片がついたのだが
叛乱軍の一人が自爆テロを行なったのだ。
それにキシロが巻き込まれ、瀕死の状態に追い込まれた。

生き残る為には、失った部分を補わねばならない。
しかし、キシロにはそんな事を支援してくれる人物は一人もいなかった
今度こそ死ぬと思ったキシロだった、しかしローヅァは手を差し出してきた。


「拾ってやるよ、全部。」


その言葉を聞いた時、何故だか
無性に泣きたくなった事をキシロは覚えている。

義体を使いこなすのは容易ではない。
リハビリをしても慣れない者はすぐに拒絶反応を起こし自壊した。
キシロは何とか耐え切ってみせ、今この場に立っている。
もう泣く事はできない体だけれども、とても誇りに思っている。





「ありゃぁ印象的だったからなぁ」

「すぐに物事を忘れるのに、ですか?」

「お前、本当にレードに似てきた。」


その言葉に、キシロは笑った。



スラム街で這いまわっていた自分。
そこから掬い上げてくれた人。
自分の事を気に掛けてくれる人がいるから。
独りではなく、生きる意味を与えてくれたから。
人間らしい体温は感じられなかったけれど、確かに
差し伸べられた手は、温かく、穢れの無いものだった。


他人からすればなんてことのない言葉

他人からすればなんて事のない仕草

それでも

僕にとっては、何よりも大切なコト

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