作品名:ワイルドカッター
作者:立石 東
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 人類の長い黄昏の時代。
 未来を捨て、過去を振り返る時代だった。

 灼熱の空気が崩れ落ちたビルの残骸を覆っている。
黒ずんだ外壁には灼熱の核爆発と大洪水の激流の記憶が刻まれていた。
風化がすすみ、時折、側壁が剥げ、崩れ落ちる轟音が響く。
そこには2千万人が暮らした巨大都市の面影はどこにもない。
しかし、そんな廃墟にも動めく影が見える。

 崩れかけた超高層ビルの残骸のふもとに巨大な穴が掘られ、その底に20ほどの人影が蠢いている。
 彼らはすでに20日以上もこの穴を掘り続けていた。
 シャツは汗と油で黒ずみ、掘削機を持つ腕から次々に汗がしたたり落ちた。
 男達の作業を見守るように、谷を見おろす砂丘の上に鉄の巨人が佇んでいる。
 巨人は50口径の重機関砲を肩に担ぎ、片腕に巨大な鉄斧・トマホークをだらりとぶら下げている。
 それは22世紀中期に開発された二足歩行型作業機、いわゆるロボットだった。
 通常は建設や土木工事などで使用されていたが、それは特殊任務、つまり戦闘用に特殊改造されたもので、通称コンバットロボと呼ばれている。

 体長は3メートル、鉄製の腕と脚を持ち、砂漠や山岳地帯など、道路が未整備な地域で、抜群の機動性を発揮した。最盛期には年間1000万台以上が製造されたが、現存する機体は数が少ない。ほとんどが遺跡から見つかった発掘品で、職員が壊れた機体の可動部品を組み合わせたものだ。その為、機体によって性能が大きく左右される。パイロットは機体の性能を読み取りながら操縦しなくてはならない。

 ロボットとは言うものの、コンバットロボはあくまで人間の作業を補助するスーツであり、自分で思考したり判断する人工知能はついていない。胴体の内側にコックピットがあり、パイロットはそこで操縦する。
 コックピットはシンプルな作りだ。操縦補助用の高性能コンピューターのおかげで前後左右に動くハンドルとペダルだけで、自在に操ることができる。基本的な動作をおこなうだけなら誰でも数時間の訓練で扱うことが可能だ。しかし、戦闘など複雑な動きをさせるには相当な熟練と勘が必要になる。

「くそ、いつまでこんなことしてるんだ」
 エースパイロットのカズマはコックピットで大あくびをした。
 18をようやくこえたこの若造は暇が苦手だ。
 眉が太く、瞳は自信に満ちている。少年の面影を感じるが、本人は一人前の戦士のつもりだ。
 暑苦しく退屈な3週間が過ぎ、遺跡の発掘は最終局面に入っていた。いよいよこれからが佳境だ。遺跡の外壁を破り、内部に突入する。
 隣の発掘本部テントの中で、脳天のハゲた白頭を汗でびっしょり濡らした小柄な老人が、現場からの有線電話に、大声で指示を出している。よく通る大声が今日は一段とでかい。
 その怒鳴り声を聞きながらカズマは胸ポケットからタバコを取り出し、ジッポーで火をつけると、
「カーズマーァ、油断するなよ」
 と、ゼンじいさんはテントを飛び出してきて、怒鳴った。
「了解」
 苦笑いして答え、トマホークを一振りし、毒蝿を真っ二つにして見せた。
 足元に落ちた蝿を見ながら、ゼンは、ニヤリと笑った。
「遺跡のメイン保安システムは完全に沈黙している。この発破が上手い具合にいけば地下に入る。こいつはアタリだぜ。いい予感がする」
「そう、願いたいね」
「半年は遊んで暮らせる。それだけのお宝は保障する」
「ゼンじい、そうしたら、しばらくこのクソ暑い関東を離れて、凉しいカラフトあたりで保養したいな」
 カズマは言った。
「まかせておけカラフトだろうがシベリアだろうが連れていってやる」
 ゼンじいは機嫌良く笑い、
「おい、発破屋ぐずぐずするな。ぼちぼち、穴をあけるぞ」
 と、遺跡の側面で作業をしている爆破技師のモリイに電話で怒鳴った。

 インカムでその怒鳴り声を聞いたモリイは、10ポンドのトリニトロトルエン火薬に埋め込んだ電気信管からのリードワイヤーを発電機に繋ぎ、手を大きく振り、叫んだ。
「おやじ、爆破の用意完了だ。最終確認をしてくれ」。
「おう、今、行く」
 ゼンじいは受話器を叩きつけるように置き、砂埃を巻き上げ砂丘を駆け下りていった。

 カズマ達のような発掘屋グループをこの時代の人々は悪意と尊敬を込めてワイルドカッター(山師、向こう見ずな奴)と呼んだ。発掘屋は、砂漠に点在している古い遺跡を掘り起こし、遺物の中から金目なものを見つけるのが仕事だ。連邦政府警察の犯罪手帳には盗掘屋に分類されているが、当事者たちは、あくまでも文明を再発見する聖なる仕事だと信じている。

 地上の文明は、西暦2252年の巨大隕石群の衝突でほとんどが失われた。
 隕石は北米、中国、アフリカ、南極、太平洋、大西洋に大型隕石が相次いで衝突、その他、小型隕石が世界各地に雨のように降り注いだ。
 大陸部に衝突した隕石は巨大なクレーターを形成した。大洋に落下した隕石は最高2000mに達する津波となり大地を洗い、この津波がクレーターまで押し寄せるとクレーターは新しい海になった。

 激しい衝撃は地殻変動をもたらし、世界各地で火山活動が活発化した。海底火山は海水を汚し、海は死滅した。
 日本列島周辺では土地が200m以上隆起したため、列島は大陸と地続きになり、大陸棚は広大な砂漠になった。
 人類の9割が最初の隕石の直撃を受けて消滅したと言われている。奇跡的に山岳地帯やジオフロント、シェルターの中で生き延びた人々もいたが、食糧不足や環境変化に耐え切れず次第に数を減らしていった。
 さらに追い討ちをかけたのが戦争だった。生き残った人類の間で民族間、地域間対立が悪化し、戦争に発展。地上に残されていた核ミサイル、生物化学兵器を互いの領土に、全て打ち込むまで戦いは続いた。
 100年に渡る変動の時代が終わったとき、
人類の人口は隕石衝突前の1%以下に減少していた。

 西暦2350年。隕石衝突からおよそ100年がすぎ、ようやく地上は静けさを取り戻した。
 人類は再び国家を創り、失われた文明を取り戻しながら暮らしを始めたのだ。
 隕石の直撃を受けなかった古い都市の地下深くには古い時代の文明を、タイムカプセルのように残したまま眠っている遺跡があった。人類は埋もれた遺跡を掘り起こすことで文明や科学技術を取り戻すことができた。
 一時はゴールドラッシュさながらに、多くの発掘屋が遺跡を捜して砂漠を掘った。これら無名の発掘屋のおかげで、人類は様々な技術を取り戻すことができた。

 西暦2400年ごろから、世界各地で国民国家が結成された。
 政府はすぐさま民間人の遺跡発掘を禁止した。その理由は新しい科学や知識、武器や道具の発掘は、政治や軍事のバランスを大きく崩す要因となるからだった。特権階級となった政府要人たちは自分たちの地位を永久に守るため、遺跡発掘を政府の独占事業にしたのだ。 西暦2502年。民間の遺跡発掘屋は全て非合法活動だった。政府は非合法の遺跡発掘屋をワイルドカッターと呼び忌み嫌い、取り締った。 

 ゼンじいは、爆薬の状態を注意深く確認してから、
「ようおおし。爆破作業に入ろう」と、怒鳴る。
 その言葉を合図に、男達は駆け足で持ち場につく。
 カズマはタバコを投げ捨て、戦闘ロボットのセルモーターを回した。
 砂漠に甲高いエンジン音が響き、排気ガスが背中の排気口から噴出した。
「爆薬よし」
「見張りよし」
「風向きよし」
 各部署から状況を伝える声がインカムに響く。
 カズマはエンジンが調子よく回転しているのを確認して、
「コンバットロボよし」
 と、マイクに向かって言った。
「カウントダウン開始します」
 発破屋がカウントダウンを始めると、男達はゴーグルをして閃光と爆風に備えた。
 数秒後に、地響きとともに爆破音が響き渡った。
 男達の表情に緊張感が走る。
 爆破音と地響きで廃墟のビルが大きく揺れ、側壁がガラガラと崩れ落ちた。
 土煙がゆっくりと流れて行くと、コンクリートの壁にぽっかりと穴が開いているのが見えた。
 ゼンじいは穴を用心深く双眼鏡で観察した。
『保安設備が生きているなら、すぐに何らかの反応があるはずだが、それもないようだな』
「よーし、爆破成功だ。先鋒隊、カズマを先頭にゆっくり中に入れ」

 先鋒隊は危険が伴う作業だ。カズマとゼンじいのほか、腕っ節の強い若手3人組のトモジ、ヤス、ケンが担当する。3人ともカズマより年上で良い兄貴分だが、現場ではカズマがリードする。
 カズマはシールドを降ろし、コンバットロボットの左手にトマホークを持ち、遺跡の穴に入った。
 発掘屋たちは酸素マスクをかぶり、コンバットロボの後に続いた。
 そこはかつて豪華なロビーだったのかもしれない。今は、全てが焼け、剥き出しのコンクリートに囲まれた広い空間にすぎなかった。暗闇のむこうに地下に向かう階段が見えた。
「ゼンじい、階段がある」
 カズマはインカムで聞いた。
 携帯端末を見ながらロボットの後ろを歩いてくるゼンじいは指示する。
「そこを降りろ。ゆっくりな。油断するな」
「オッケー、まかせとけって」
 階段の高さと幅はロボットが歩くのに充分な広さがある。
 ヘッドライトの光を頼りに三十メートルほど降りると、鉄の扉にぶつかった。
「そこだ。カズマ、この扉を破れ」
 ゼンじいの声がインカムを通じ響いた。
 カズマはエンジンを吹かし、ロボットのパワーを最大にして押した。
 重いドアだった。
「ウリャー!これでどうだ」
 さらにエンジンを吹かす。
 機体が細かく振動し、ビリビリと操縦桿に伝わってくる。悲鳴のようなエンジン音が地下室に響かせた。フルパワーで押すうちに、ようやくギシギシと低い金属音を響かせて扉が開いた。
 
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